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「お嬢様、これを…。」
ミレーヌはそう言いながら、手渡された包みを私に差し出した。
「これは?」
包みを開けてみると、そこには白い宝石が埋め込まれた美しいアンクレットが入っていた。
「それは足にはめておくと、発火の特殊能力を封じることができるんです。レッドナイト家の特殊能力者は、幼少期に必ずそれをつけて過ごすそうです。そうしなければ、感情の起伏によって能力が発動し、周囲が火の海になってしまうというんです。」
「ミレーヌ、これをどこで?」
「私はレッドナイト家のしきたりを学ぶ際に、そのことを教わっていました。ですから、一度公爵邸に戻り、必要なものを持ってきたのです。追撃を防ぐ際には、小さな傷を負ってしまいましたが、大したことではありません。尾行もしっかりと振り切ってきました。」
「ミレーヌ…ごめんなさいね。こんなことに巻き込んで…。」
「いえ、大丈夫です。でも、ブルービショップ家の特殊能力とは、そんなに危険なものなのですか?」
私は彼女の突然の質問に驚いた。今まであまり気にしたことがなさそうなのに、急に聞いてくるなんて…。
「えぇ。とても危険よ。」
「そうですか。私は問題が無ければ、ユリドレ様に正直に話して、誤解を解いてしまえばいいと思うのですが…。」
「誤解じゃなかった時、大変なことになるわ。それに…もう彼が恐くて仕方がないの…。」
そう、ミレーヌの言う通り、今すぐにでも誤解を解きたい。誤解だって、内心どこか思っていたりもする。けれど、あの小さな赤ちゃんの髪色と、あの微笑みを思い出すと…恐くて聞けない。
「お嬢様、すみませんでした。何かお辛い事情が他にあるのですね。私は少し、身なりを整えてきますね。」
「えぇ…。ミレーヌ!」
「・・・?」
「ありがとう。」
「私は、お嬢様の味方ですから。」
その後、ミレーヌはボロボロの身なりを整えるために、私の指示で空き部屋に向かった。しばらくして、彼女はメイド服に着替えて戻ってきたが、その姿にはいたるところに切り傷やほころびが見えた。
私は彼女の姿を見て心配そうに顔を見合わせ、口ごもる言葉を探していた。彼女は微笑みながらその場に立ち、私に安心させるように微笑んだが、その笑顔には疲労と苦悩がにじみ出ていた。
「今日はもうゆっくり休んでいいわ。」
「いえ、そういうわけには…。」
「ラズベルがいるわ。安心して。」
「お任せ下さい。」
ミレーヌは私の言葉に耳を傾け、最終的に疲れた表情を浮かべながらも、頷きを見せた。
私はミレーヌが休息を取る間、早速メアルーシュの足にアンクレットをはめた。
「これで安心だね、メアルーシュ。」
私は彼に微笑みかけながら、彼の小さな手を握りしめた。彼は無邪気な笑顔で私を見つめ、私の心を癒してくれるかのように感じられた。
しかし、その時、とんでもないものが目に飛び込んできた。メアルーシュの手首に現れたタトゥーを見て驚いた。それはユリの足首にあるのと同じ透明化の能力を示すものだった。
「これは…」私は戸惑いながらも、メアルーシュの手首を見つめながらつぶやいた。
「お嬢様、どうかされましたか?」
ラズベルが心配そうにのぞき込む。私は咄嗟に息子の手首のタトゥーを隠した。本来タトゥーは一人に1つだ。2つ現れるのは極まれで、それは隠しておかないと、良くない何かに巻き込まれる心配があった。
「ううん、なんでもないわ。それより、暇だから刺繍でもしようかしら。」
そう言うと、ラズベルが刺繍をするための道具を取りにパタパタと去って行った。
私はラズベルの後ろ姿を見送りながら、息子の手首のタトゥーを隠す方法を考えた。刺繍をした布を手首に巻いておけば、誰にも気づかれずに問題を解決できるだろうと思った。
――こんなにもユリの知恵が必要だなんて…。この状況、どうにかしないと…。
しばらくして裁縫道具を持ってきたラズベルはリビングのローテーブルにそれらを置いた。
「お待たせしました。」
「ありがとう。」
彼女の手際の良さに感心しながら、私は彼女の隣に座り、刺繍を始めた。
「そういえば、お嬢様。どうして奥様ではなくお嬢様なのですか?」
「うーん、年齢のせいかしら?ミレーヌがね、ずっとお嬢様って呼んでたから、なかなか癖が抜けないって言っててね。公爵家の他の使用人達は奥様呼びよ。」
「あ…それは失礼しました。奥様。」
「ううん。いいの。ここではお嬢様でいいわ。」
「畏まりました。」
私に背を向けてソファーに座る息子がやけに大人しいので、不思議に思った。彼の異変に気づき、私は彼の様子を心配しながら、そっと彼のそばに近づいた。
咄嗟に体を動かして、そこに誰もいないかを確認した。
周囲に誰もいないことを確認すると、私は息子の様子を再び注意深く見つめた。彼の静かな様子が、何かを感じさせるものだった。
「ルー、パパがいた?」
息子がブンブンと左右に首を振った。
「お嬢様?」
「ううん、気のせいみたい。ごめんなさいね。少し敏感になってしまってるわ。」
席に戻り、再び刺繍をし始めた。
息子の様子を気にしながらも、ソファーに戻り、再び刺繍を始めた。
夜になり、ようやく完成した刺繍入りの布を息子の手首に巻いてあげた。
彼の小さな手首に優しく包むように布を巻き、刺繍の美しさが彼の手首を飾ると、私はほっとした溜息をついた。これで彼の特殊能力が他にもあることを誰にも知られることなく、安全に隠されるだろう。
でもどうして手首なのかしら。普通は足首に現れるはずなんだけど…。ユリの言っていた染色体異常というやつかしら。
ここへ来てから、新聞や色んな本を目にするようになって、わかったことがある。ホワイトホスト王国は鎖国国家で、異国人との交流はほとんどできないようになっていた。唯一、レッドナイト公爵家と先を見通すほどの直感力のあるブルービショップ伯爵家のみが交流を許されていた。その理由は、ホワイトホスト家が能力を石に閉じ込めた魔石とやらを異国に売る商売をしていて、その時の護衛につくのがレッドナイト公爵家とブルービショップ伯爵家の人間だったからだ。
でも変ね。どうしてゴールドキング公爵家はそこに介入しないのかしら。一番大きな勢力だと思っていたけれど。私が王妃だった時はレッドナイト公爵家より、ゴールドキング公爵家を一番に警戒していたわ。
そして、王妃の時の経験と外の情報を照らし合わせて、やっとわかったことがある。王妃だった時、ホワイトホスト王家の謎の商売に驚いていたのよね。まさか、あんな商売をしてるだなんて。属性魔力を封じ込めた魔石は異国では高く売れたのだ。その魔石を使えば異国にはない力が使えてしまい、とても便利だそうだ。異国だけではなく、それは平民たちにも売られていて、日常生活にも使われていた。貴族は税金を納めるのではなく、魔石を収めなければならなかった。ブルービショップ家は閉じ込められるものがないから、変わりに税金を納めていて、実家にいる時は全くそういうことに疎かった。
魔石の存在は社会全体に影響を与え、人々の生活に深く浸透していたことが分かる。その力があれば、異国でさえも通常では得られない利益が得られるということで、人々の関心と需要が高まっていた。
「知ればしるほど、ここはおかしな国ね。」
「そうですか?お嬢様、そろそろお休みになられてはいかがですか?」
「そうね。」
私は彼女の言葉に微笑みながら、ソファーで大人しくしていた息子を抱っこして寝室へ向かった。この奇妙な国の秘密や謎について考えながらも、彼女の安全と安らぎが最優先であることを心に留めた。
けれど…心の奥底では…未だ私はユリを求めていた。彼に触れられたいし、声を聞きたい。…例え死んでしまったとしても…。
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