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「離婚は構いません…ですが…私を殺さないで下さい。国を出ます!!だから…。」
そこは王宮や実家に比べるととても小さな部屋で、回りの家具も豪華とは言えなかった。私、メイシール・パープルポーンはパープルポーン家の分家のレオル・パープルポーンと結婚し、幸せな毎日を過ごしていたはずだった。
「だめだ。パープルポーン家の豊穣の力は浮気者には使えなくなるんだ。」
「はい!?」
「特殊能力を引き継いだ者だけが当主から直々に教えられる秘密だ。君は今ここで死ぬのだから秘密を言ってもバレやしない。」
「どうして…。」
「どうして?それはこっちのセリフだ。君が先に浮気しようとしたんじゃないか!!!俺は見たぞ!!随分と他の家門の男の事情を根掘り葉掘り調べていたようだな。隠密情報ギルドまで頼ってね。」
男は机の上に山積みにされた書類を床へとぶちまけた。その激しい行動は、彼の怒りと苛立ちを如実に示していた。
「待って、でも私…浮気はしてないわ。この屋敷から滅多に外へ出ないし。男性を引き入れた事もないわ。」
「あぁ…。そうなんだよ。俺が何もかも間違ってた。でも、もう無理なんだ。アリシスを愛してしまったんだ。心から…。」
レオルは、美しい紫の髪と深みのある紫の瞳を持っていた。その容姿は、まるで夜空に輝く星のように神秘的で魅力的だった。だが、今はとても不吉な色に見えてしまう。
(だめだわ。気が狂ってるわ…。)
メイシールは必死に逃げようと部屋を抜け出そうとしたが、再び暗殺者の手によって命を奪われてしまった。その無念さと絶望が彼女の心を貫き、意識は次第に薄れていった。
―――――――
――――
しばらく天蓋を見つめていた。
見慣れた実家の天蓋ベッド。自身の小さな手。体が縮んでいる違和感。
「もう何もかも終わりよ。」
―――私はこの家から出られないのかしら。そうよ。自力で稼いで小さな別荘を買ってそこでずっと一人で暮らせば良いんだわ…。でも、それでは…家族が心配する…わよね。社交界だって参加しなければ家に迷惑がかかるし。
コンコンと控えめなノックが聞こえ、メイドのミレーヌが入ってきた。
「おはようございます。お嬢様。」
「えぇ…。」
「どうされましたか?まだ具合が優れませんか?」
「まだ?」
「昨日、お医者様がいらっしゃったではありませんか。」
「昨日?」
「お…嬢様?」
「…ミレーヌ。今、何年?」
「え!?昨日も聞いていらっしゃいませんでしたか?王歴810年です。」
―――王歴810年ですって?10歳だわ。でも、昨日も?もしかして、前回の死に戻りの1日後に戻ったのかしら。
「ごめんなさいね。少しまだ混乱してしまって。心配しないで、大丈夫よ。」
彼女は先ず、美しいレースのカーテンから柔らかな光が差し込む部屋の中で、メイシールのベッドから起き上がるよう促した。次に、ミレーヌは優雅な手つきで、美しい装飾のついた鏡台の前にメイシールを導き、彼女の髪を梳かし始めた。髪を整えた後は、華やかなドレスを選び、メイシールの身に着ける手助けをした。その時、足首の鎖のタトゥーが2つ青白く光っていることに気付いた。
――――もしかして、戻ったら青白く光るのかしら。だとすればお父様は…何度戻ったというの?
部屋を出る時、メイシールの視線はデスクの紙に引き寄せられた。そこには、初めて戻った日の夜に書いた家門の情報が書かれた紙が置かれていた。
「これは…。」
メイシールは考え込んだ。
―――やっぱり、レッドナイト公爵家のユリドレ・レッドナイトを狙うのが良いかもしれない。彼なら、8年後くらいに狩猟大会で起きる事故で死んでしまうだろうし、彼が浮気する心配もない。社交界でも、彼は警備の総指揮をとっていることが多く、情報ギルドでの調査でも女性の影はなかった。
けれど、現在何の接点もなければ歳が10も離れていて、とても接しにくい。どうにか、回帰前の知識で彼に近付かないといけないわね。
「お嬢様、朝食に遅れますよ!」
「え、えぇ。」
食堂へ向かうと、家族が揃っていた。お母様とお父様、そして久しぶりに顔を見るシリルお兄様もそこにいた。彼らの笑顔に、私の心はほっと和んだ。
食事が終わり、部屋を出る際、私は父に「2つ目が光ました。」と耳打ちした。すると、父は一瞬顔色を変え、とても怖い顔をした。彼の表情からは、深刻な事態に対する警戒心が伝わってきた。
父に腕を掴まれ、不意に執務室に引きずられた。私は驚きと不安で心がざわつく中、父の怒った顔を見つめた。
「今度は誰にやられた。」
「パープルポーンの分家の…。」
「いや、いい。知っているんだ。」
「知ってる?…お父様、まさか!!」
「昨日の私は知らなかった。だが、今日の私は知っている。いいか、未来は些細な事で変わってしまう。絶対に内容を口外してはならん。」
父は泣いていた。私を強く抱きしめて、とても悔しそうに泣いていた。生きるのが少し面倒に感じたけれど、やはり大事に育ててくれた父や母を裏切りたくないという気持ちがあった。だから、今度は間違えてはいけない。
「お父様、少し協力してほしい事があります。」
「なんだ?」
「ユリドレ・レッドナイトの欲しがっていた土地をお父様に購入して欲しいのです。」
「なっ…お前も知っているだろう。レッドナイト公爵家の当主は狩猟大会で…」
父はしまったという表情を浮かべ、自らの手で口を塞いだ。その仕草からは、何かを口に出す前に後悔している様子が伝わってきた。
「やはりお父様もご存知なんですね。私は彼なら、浮気する事もなく私を自由にしてくれると思っております。」
「…確かにな。そうかもしれん。私が知る限りでも、彼とお前が結婚した覚えはない。だが、お前はそれで幸せか?」
「このループから抜け出せるなら、そこに幸せかどうかは関係ありません。」
「そうか…。それほどまでに…。わかった。協力しよう。」
父の協力を得て、ユリドレ・レッドナイトが欲しがっていそうなものを先に購入する計画に出た。そうすれば接点だけは作る事ができるだろうと思ったのだ。
だが、それは奇しくも失敗に終わった。
―――――――
―――――
「私が愚かでした。」
「いや、お前のせいではない。私達はやり過ぎたのだ。」
親子で鎖を1つ光らせる事になってしまった。
先取を続けていると、流石に腹を立てたユリドレが暗殺者を雇い、父と私が殺されたのだ。情報の共有が危ないという事を身を持って知る事となった。
「だが、方向性が正しいのは確かだ。お前は12歳。間違ったのはそれ以降という事になる。」
「でしたら、恐らく、近日開かれる王宮でのお茶会でユリドレと婚約を取り付ける必要があるという事ですわね。」
「だが、現実的ではない。何故この時に戻ったのだ。」
「いえ、ユリドレと接触できる唯一のチャンスが確か、このお茶会だったはずですわ。お父様、申し訳ありませんが、またご協力いただけませんか。」
私は父にユリドレと二人きりなるチャンスを作ってほしいとお願いした。これ以上、父を関わらせてはいけない。絶対に上手くやってみせる。だって私、大人ですもの。
私が12歳という事はユリドレは22歳。レッドナイト公爵家の情報はなかなか手に入らない。全て事後報告による情報が多かった。
丁度もう生きるのにも疲れてきたし、はっちゃけた事をしてみるのも良いわよね。何度体験しても死は恐怖でしかなかった。痛みも悔しさも悲しさも全て覚えている。
チラリと窓の外を見れば、青い鳥が空を自由に舞っていた。その美しい姿に目を奪われ、私は自由が欲しいと思った。その鳥のように、広い空を自在に羽ばたくことができれば、私の傷ついた心も解放されるような気がした。
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