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朝が訪れ、ミレーヌの計画通り、私は用意された馬に乗り、メアルーシュを連れてパープルポーン領に入った。用意されていた馬は私が乗りやすいサイズで、ミレーヌの計らいに感謝した。
それから、馬に乗ることは、一応慣れていた。今の人生で乗ったのは数回程度だけど、王妃だった頃は当たり前のように乗っていたので、体が覚えていた。なので、複雑な森の中もしっかりと進むことができた。
「パパ!」
メアルーシュが突然そう叫んだので、急いで馬を止めて周囲を見回しました。誰もいないことを確認して、溜息をつきました。
「パパいた?」
そう聞くと、メアルーシュはブンブンと左右に首を振り、安心した。
「もう、びっくりしたじゃない。」
(ユリが透明化していても、ここまでくるのに馬とか必要なはずだし、流石にいないはず。)
再び馬を走らせ、昼頃には目的地のエトワという町外れの小さな二階建ての家に到着した。その家は、穏やかな自然に包まれ、のどかな雰囲気が漂っていた。小さながらも、平民の住まいよりはるかに大きく広く、別荘のような趣があった。
家に入ると、私と少し似た雰囲気の貴族風の女性がいた。彼女は優雅な佇まいで、どこか品のある雰囲気を醸し出していた。
「え?もしかして、メイシールお嬢様でございますか?」
女性は私を見るなり、驚いた表情を浮かべた。この女性は私が2年前に雇った影武者のような役割をしている、ラズベルという名のメイドだ。
「久しぶりね。ラズベル。元気だった?」
「はい!しっかりとお嬢様を演じておりました!」
「流石ね。」
「お嬢様…とても酷い顔です。中で休まれてください。湯浴みの用意をします!」
「えぇ。お願いありがとう。」
中に入ると、ラズベルは礼儀正しく私を案内し、快適なリビングルームに案内してくれた。私はソファーに座り、メアルーシュを固定していた布を優しく外した。メアルーシュは自由に動けるようになると、私の隣に座って、好奇心いっぱいに周囲を見渡した。彼の愛らしい笑顔が部屋に明るさをもたらし、その姿を見て私の心もほっこりと温かくなった。
「パパ!パパ!」
おかしなことに、メアルーシュは変な方向に向かって「パパ」と言うようになってしまった。ユリが透明化の能力を使って私たちのそばにいるかもしれないという不安が頭をよぎった。
床を見ても、誰かがそこにいるような感じもなく、息子がみている方を触ってみても何もなかった。私は少し安心し、メアルーシュとの時間を楽しむことにした。
しばらくして、湯浴みの用意ができたとラズベルが呼びにきてくれて、息子と一緒にお風呂に入ることにした。ラズベルは親切にもお風呂の温度を調節し、お風呂場をきれいに整えてくれた。私はメアルーシュを優しく抱き上げ、温かいお湯の中に入れると、彼は笑顔で喜んで水をかけて遊び始めた。
「ママ!」
メアルーシュが私にお湯をかけてきた。
「も~。可愛いんだから。」
――――ミレーヌは無事かしら。ユリは…あの人と…。今公爵家はどうなってるのかしら。
湯舟の中で色々と考え事をしていると、ラズベルが心配そうに声をかけてきた。
「お嬢様、もう上がられてはどうですか?」
「そうね。そうするわ。」
お風呂からあがることにし、ラズベルの手を借りてメアルーシュを洗い終えると、私たちは一緒に湯舟から出た。
その後、ラズベルはお昼ごはんを用意してくれた。美しく盛り付けられた料理は、香り高く、食欲をそそるものだった。私の好物や、メアルーシュの離乳食も丁寧に用意されていた。彼女の心遣いに感謝しつつ、私たちは美味しい食事を楽しんだ。
「ラズベル、どうして離乳食が必要だってわかったの?」
「ミレーヌ様から時折、お手紙をいただいておりましたから…。」
「そう…。ミレーヌが…。」
ミレーヌは私の手紙をユリから守り、内容を確認せざるを得ない状況にいたので、こうなることを把握して色々と手を尽くしてくれたのだろう。彼女の忠実さと思いやりに心から感謝した。
「パパ!パパ!」
「ルー、パパが恋しいの?」
「…パパ?」
「お嬢様、何があったのですか?」
「ごめんなさい。それは家なの。プルービショップ家の掟なの。」
「そうですか…。」
「しばらくここで身を隠すことになるわ。よろしくね。」
「はい!やっとお嬢様にお仕えできることになり光栄です!」
なんだかラズベルも逞しいわね。後はミレーヌの帰りを待つだけ…ね。
数日たっても、ミレーヌは姿を現さなかった。私は彼女の安全を心配し、不安にかられながらも彼女がここへ来るのを待ち続けた。日々が過ぎるにつれ、心配が募るばかりで、何が起こったのか理解できない焦燥感が胸を締め付けた。
ラズベルも同じように、ミレーヌがここへ来ないことに戸惑いを隠せない様子だった。
しかし、私はここから離れることはできなかった。これほどの日数が経っても、ユリドレに見つからないということはここが安全だということだろう。それでも、私の心はミレーヌの安否を案じていた。彼女が何か酷い目にあっていないことを祈るばかりだった。
「お嬢様、新聞が届きました。見ますか?」
「えぇ。」
新聞を見ると、王子が深刻な心の病のため、地方の領地へ送られたことが書かれていた。そして、次の王には生まれたばかりの第二王子ディッケルが即位するだろうと記されていた。
この記事を読んで、私の心にはさらなる混乱が広がった。王家の内情が表に出ることはまれであり、王子の心の病やその後継者についての情報は驚きだった。しかし、その一方で、新しい王が誰であるかという情報が公にされることで、王国の将来についての不安を軽減することが狙いかと考えた。
おかしい…。一度目と二度目でディッケルなんて王子は誕生していなかった。やっぱり、あれはユリが引き起こした事件だったわけね。
でも、ずっとこのままってわけにもいかないわよね。
メアルーシュがおもちゃで遊んでいる様子をちらりと見ると、彼は楽しそうに遊んでいた。しかし、突然、おもちゃが発火し始めた。
私は一瞬でその光景に目を奪われ、驚きと恐怖が心を覆った。急いでメアルーシュを守るために近くに駆け寄り、火を消そうと必死になった。同時に、駆けつけてきたラズベルにも助けを求めた。
その瞬間、不思議なことに火が消えた。
「あ…え…?」
私は一瞬、呆然と立ち尽くし、周囲の空気が静まり返ったように感じた。息子の無事を確認し、安堵の息をついた。
「良かったです…。本当に驚きましたね。でも、どうして火が勝手に…。」
「あぁ、レッドナイト公爵家の血筋だから火が使えてしまうのよ。」
「なるほど!」
「でも、まさかこんな歳から使えてしまうなんて…。」
息子の発火能力にどう対処すればよいのか、私は悩んだ。彼の身に何か起こってしまったらと思うと、心が苦しくなる。しかし、同時に彼が持つ特殊な能力について、どのように向き合うべきかを考えねばならない。
「仕方がないわね。お父様に手紙を書きます。使用人を…いや、それをすると公爵家に見つかってしまうわ。どうすればいいのかしら。」
しばらく、ソファーに座りながら考えていると、突然玄関からベルが鳴った。ラズベルは、すぐに立ち上がり、玄関に向かった。不意な訪問者に心が躍り、同時に不安も感じた。
ラズベルは玄関に到着すると、ドアを開ける前に一呼吸置き、深呼吸をする。そして、勇気を振り絞り、ドアを開けると、訪問者の姿が現れた。
ボロボロの姿をしたミレーヌが玄関に立っていた。
「ミレーヌさん!?」
ラズベルの声を聞いて、私は急いで玄関に向かった。彼女は疲れ切った表情で微笑み、口を開いたが、言葉が出ないまま立ち尽くしていた。
「遅くなり、申し訳ございません。お嬢様。」
私はミレーヌの無事を確認できた安堵で、涙が溢れてきた。彼女の姿を目にすることで、心の重しを一気に解放されたような気持ちになり、感極まってしまった。
「ミレーヌ、無事でいてくれてありがとう…」私は声を震わせながら、彼女に寄り添い、涙を流した。
彼女もまた、穏やかな笑顔で私を包み込んでくれた。
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