【メアルーシュ×エルレナ】1p
重ぐるしい部屋、最も嫌いな場所で私は目を覚ました。薄暗い天井が視界に入ると、体中に青あざがあり、起き上がると痛みを感じた。どうやら夢ではないらしい。
私は、本当に回帰してしまったのね…。あの話は本当だった。ブルービショップの心臓を食べると同じく回帰するという話。目を閉じると鮮明に浮かび上がってくる。夫メアルーシュとの幸せな結婚生活…。子供たちと一緒に薔薇を育てていた日々。
出所したお父様が突然襲い掛かってきて、咄嗟にルーが私を庇って倒れてしまったこと。倒れゆく最中で、ルーが私のお父様を火で焼き殺してくれたこと…。
目を開けると、現実が私を包み込んだ。再びこの暗い部屋に戻ってきてしまった。過去に戻るとは、このような苦しみを再び味わうことになるとは思わなかった。
「ごめんね…可愛い子供たち…。お母さん…貴方たちを置いていってしまったわ。勝手な親ね…。」
涙が頬を伝う中、私は愛しい子供たちの顔を思い浮かべた。薔薇の花の中で笑う姿、優しく手を握ってくれた小さな手。全てが今は遠い過去のように感じられた。
その時、不意にバンッと自室の扉が開かれた。
「エルレナ様、いつまで眠っておられるのですか?今日は大切な日です。早く準備を。」厳しい声が部屋に響いた。
使用人が冷たい視線で私を見下ろし、早く支度をするように促した。私は痛みをこらえながらゆっくりと起き上がった。体中の青あざが痛むが、そんなことに構っていられない。
「あの…今日って何の日ですか?頭を強く打ってしまったみたいで、何も覚えてないのです…。」私は自然に尋ねた。
「まぁ!なんてこと!!本日はジュエルガーデン・フィスティバルの日でございます。」使用人の言葉に、私はドキリとした。
ジュエルガーデン・フィスティバルですって…初めてルーと出会う日だわ。心の中で波が立つように、あの日のことがよみがえってきた。
「そうだったわね…。思い出したわ。昨日、お父さまに沢山しつけていただいて腕が青いの。お化粧で隠せるかしら。」私は少し無理をして笑いながら言った。
使用人は眉をひそめ、慎重に答えた。
「それは大変でしたね。お化粧でできるだけ隠してみます。エルレナ様、こちらに座ってください。」
私は鏡の前に座り、使用人が手早くメイクを施していくのを感じながら、心の中でこれからの計画を練った。今日がメアルーシュと出会う日だということは、過去を変える絶好の機会でもある。
「この青あざを隠すのは難しいかもしれませんが、最善を尽くします。」使用人は丁寧にメイクを仕上げながら言った。
「ありがとう。」
メイクが終わると、私はジュエルガーデン・フィスティバルの衣装に着替えた。ドレスのシルクが肌に触れる感触は心地よいものだったが、その下にはまだ青あざが隠れていた。
「さぁ、行きましょう。」使用人が支度を整えた私を見て満足げに言った。
その後、私は父と共にレッドナイト公爵夫妻とルーとユフィ様を迎えるために門へ向かった。父はライオンのように大きく、中身が大人の私でも怯んでしまいそうなほどの威厳があった。彼の隣に立つと、その圧倒的な存在感に飲まれそうになる。
――ルーは…私と一緒にいて幸せだったのかな?
ブルービショップ家の人間は最後に必ず幸せになると言われている。ここに戻って来たということは…ルーの運命の相手は私じゃなかったのかな?今なら…アナタを手離してあげることが…できる…のかな。
門の前で待っていると、レッドナイト一家が姿を現した。
「ようこそ、レッドナイト公爵夫妻。そしてメアルーシュ様。ユーフィリア様。」父は微笑みながら迎えた。
私はレッドナイト一家を見て涙が出そうになった。――お義父様…お義母様…ごめんなさい…。私は…メアルーシュ様を不幸にしてしまいました。その思いが押し寄せてきたのでグッと唇を噛んで堪えた。
「お招きいただきありがとうございます。」とユリドレお義父様が礼儀正しく応じた。
「今日は皆さんに楽しんでいただけるよう、準備を整えております。どうぞごゆっくりお過ごしください。」父は公爵たちに一礼し、私を紹介した。「こちらは私の娘、エルレナです。どうか仲良くしてやってください。」
私は優雅にお辞儀をし、いつもの完璧な微笑みを浮かべて挨拶した。
「今日はご一緒できて嬉しいです。どうぞお楽しみください。」
「エリー。」突然、ルーが私をエリーと呼んだ。心臓が一瞬止まったように感じたが、動揺してはいけない。ルーはとても鋭いから気付いてしまう。
「まぁ!私の愛称をご存知なんですね。」私は微笑みながら答えた。しかし、心の中では波立つ感情が押し寄せていた。
ルーの目は私を見つめ、まるで私の心の中を覗き込むような鋭さがあった。やっぱりルーも回帰してるんだわ…。気づかれないようにしないと…。
「ハッハッハッ。娘を気に入ってくれたようですな?どうぞ、庭園の方へ。」父がレッドナイト公爵一行を案内し、美しい薔薇園の中を歩き始めた。
《エリー…。どうして君まで回帰しているんだ?》ルーのテレパシーが届いて咄嗟に聞こえないふりをしてしまう。
「メアルーシュ様、今何かおっしゃいましたか?」私は笑顔を浮かべながら言った。
《脳に直接届いてるはずだ、聞き逃すなんてことないはずだけど?》彼のテレパシーが再び響く。
「えっと…ごめんなさい。何が何やら…。あ、そうですわ。メアルーシュ様、薔薇のお花はお好きですか?」私は話題を変えるために、ルーの隣へ行き話しかけた。
「俺はエリーが好きだよ。」ルーは微笑んで答えた。
「ハッハッハッ!メアルーシュ君はうちの娘に一目惚れされたようですな。二人で向こうの薔薇でも見てきたらどうかな?」と父が言った。するとルーが私の手を握り、「行こう。」と紫色の薔薇が咲くエリアに連れられた。
「エリー、俺の心臓を食べたんだな?」ルーが真剣な表情で尋ねた。
「し、心臓?なんのことでしょう?」私は動揺を隠しきれず、目を逸らした。
「エリー、嘘をつかないでくれ。俺にはわかる。さっき、俺たち家族に挨拶をした時、君は俺の名前を呼んで俺だけに挨拶するはずだった。なのに家族に向けて挨拶をした。俺はエリーの全てを覚えてる。」彼の言葉に心が嬉しくなって泣き出してしまいそうになった。けれど唇を噛んで堪えようとした。
するとルーが優しく私の唇をさわり、「その癖はダメだと何回も言っただろう。」と優しく言った。
「メアルーシュ様が…何を言っているのか…私には理解できません…。」私は声を震わせながら答えた。
「エリー。俺は君を放してあげられないと言っただろう。」ルーは優しい声で言い、私の手をしっかりと握りしめた。
「メアルーシュ様は難しいことばかりおっしゃいますね…私もどう返して良いのやら…。」私は困惑しながらも、彼の手の温もりに心が揺れ動いた。
「エリー、君も俺も、互いのことを覚えているんだ。もう一度やり直そう。今度こそ、孫の顔を見るまで生きよう。ユフィやレノだって、そうやって幸せになっていったじゃないか。」ルーの言葉に心が揺さぶられた。ついに私は涙をこらえきれずにポロポロと涙を流してしまった。
「ルー…私は…他に好きな人がいるの…だからアナタの心臓を食べたの…だから…もぅ…私のことは放っておいて…。」そう言って、私は屋敷へと走って逃げた。苦しくて…辛くて…愛する人に嘘をつくことが辛すぎて…。
涙が溢れ、視界がぼやける中、必死に走り続けた。心臓が激しく鼓動し、呼吸が乱れる。屋敷の中庭に辿り着き、大きな木の下で足を止めた。背中に痛みが走り、息を整えようと深呼吸を繰り返す。だが、心の中の痛みは収まらない。
「どうして…どうしてこんなに辛いの…」私は呟きながら膝を抱えて座り込んだ。目を閉じると、ルーとの幸せな日々が浮かび上がり、さらに胸が締め付けられるような思いがした。
「どうして…どうしてこんなに辛いの…」私は呟きながら膝を抱えて座り込んだ。目を閉じると、ルーとの幸せな日々が浮かび上がり、さらに胸が締め付けられるような思いがした。
けれど、この時代に戻って来た私にはやらなければならないことがあった。父を…殺すこと。そして我が家門に囚われている多くの人々を救うことだ。
やはり、終わってしまうのは、あまりにも悲しいので、メアルーシュとエルレナの物語です。