104p
目を覚ますと、私は見知らぬ部屋の天井を見上げていた。胸の中には混乱と驚きが渦巻いていた。自分がどこにいるのか、何が起こったのかを理解できなかった。
「メイシール嬢。目を覚ましましたか。」
その声は酷く冷たく、ぶっきらぼうだった。だが、よく見るとユリドレ様で、しかも隣に上裸で横たわっていることに気付いて驚いて起き上がると、自分も服を着ていないことが分かり、急いでシーツを深くかぶった。
「な、え!?な!?…て、天国!?…ここは天国ですか?」
どこに目をやったらいいのか分からなかった。天国よね、天国だわ。ユリドレ様とこんな…隣にいるはずないもの…。私がかばって死んじゃって、そのあとユリドレ様も処刑されてしまったんだわ…。
「メイシール、落ち着け。ここは天国ではない。」
ユリドレ様の冷静な声が、私の混乱を少しずつ和らげた。私は深呼吸をし、彼の言葉に耳を傾けた。
「ユリドレ様、これは一体どういうことですか?私は…確かにあなたをかばって…。」
ユリドレ様は軽くため息をつきながら、冷たい声で説明した。
「あなたは昨日、頭を強く打った…。記憶が混乱するかもしれないと医師も言っていた。俺と結婚し、子供もいるのが思い出せないのか?」
その言葉に、私の心はさらに混乱した。彼と結婚し、子供までいるという現実が信じられなかった。
「え…?ユリドレ様と…結婚…?」
「そうだ、メイシール。俺たちは夫婦だ。あなたが記憶を失っているのは分かるが、これが現実だ。」
私は急いでシーツを深くかぶりながら、自分の心と体が揺さぶられるのを感じた。この現実が信じられない一方で、ユリドレ様の言葉には確かに真実味があった。
「でも、私は…あなたをかばって死んだはず…。それが最後の記憶で…。」
ユリドレ様は眉をひそめ、私をじっと見つめた。
「メイシール、あなたの記憶は混乱している。俺たちが共に過ごしてきた時間を忘れているのかもしれないが、俺たちは確かに一緒にいる。」
その言葉に、私は少しずつ現実を受け入れ始めた。ユリドレ様と共に過ごした時間が本当に存在するのだろうか?その時間の中で、私たちはどんな関係を築いてきたのだろうか?こんな幸せなことあってもいいの?
「ユリドレ様、私の記憶が混乱していることは分かりました。でも、もう一度…全てを教えてください。私たちの関係、子供のこと…。」
ユリドレ様は、私の手を握りしめた。
「分かった、メイシール。これから一つ一つ思い出させてあげる。まずは子供たちに会ってみよう。
「ユリドレ様、私の記憶が混乱していることは分かりました。でも、もう一度…全てを教えてください。私たちの関係、子供のこと…。」
ユリドレ様は酷く面倒そうに溜息をついた。その生々しさが、本当にユリドレ様とそういう関係になって人生を歩んできたのだと実感させた。
「分かった、メイシール。まずは子供に会いに行くぞ。」
「はい。」
ユリドレ様が近くにあるベルを鳴らすと、見覚えが無いのに見慣れた使用人たちが入ってきた。彼らは手際よく私を風呂に入れ、服を着せ、髪を整えてくれた。その一連の流れが、まるで長い間繰り返してきた日常のように感じられた。
準備が整った私たちは隣の部屋に移動した。そこには、髪の毛が青く、瞳が淡いピンク色をした男の子がベビーベッドにいた。
「私の…子供?」
「そうだ。名はユリシール。」
「ユ、ユリシールって…。」
「俺とメイシールの名を分けた名だ。」
ユリドレ様の言葉に、私は息を呑んだ。彼の言葉が現実味を帯び、私たちの絆を感じさせた。ベビーベッドの中で無邪気に微笑むユリシールの姿が、私の心に温かさをもたらした。
「ユリシール…私たちの子供…。」
私はそっと手を伸ばし、ユリシールの小さな手を握った。その瞬間、胸の奥で何かが弾けたような気がした。母親としての感情が湧き上がり、涙がこぼれそうになった。
ユリドレ様の鋭い眼力でじっと見つめられて、本気だと分かるが、本当にここは天国ではないだろうかと思ってしまう。
その後、私たちは食事をとることになった。驚いたことに、ユリドレ様は私を膝の上に乗せて、私が口にする食事を全て一口ずつ毒見をするかのように食べてから私に食べさせてきたのだった。
「ユ、ユリドレ様?…これが日常ですか?」
そう聞くとユリドレ様は一瞬固まった。そしてすぐに咳払いをして答えた。
「あぁ、そうだ。君にどこまでの記憶があるか知らないが、これが俺たちの日常だ。」
ユリドレ様の言葉に、私は戸惑いながらも頷いた。彼の目には少しばかりの不安が見えたが、すぐに冷静な表情に戻った。
「は、はぁ…。そうなんですね。」
私の中でむず痒い嬉しさと戸惑いがあった。ユリドレ様の行動が、私に対する深い愛情と共に、彼自身の不安や恐れをも示しているように感じた。
食事の間、ユリドレ様は一貫して私に寄り添い、私の世話を焼いてくれた。その細やかな配慮と愛情が、私の心に深く染み込んでいった。彼の手から食事を受け取るたびに、夢をみているような幸せを感じられた。
食事が終わると、ユリドレ様は私を優しくエスコートし、外へと連れ出した。
「メイシール。今のアナタがどれだけのことを覚えているのかわからんが、今のアナタに合わせたいと思う。どこまで覚えている?」
そう聞かれてドキリとしてしまう。何も覚えていない上に別の人生の記憶があるだなんて絶対に言えないわ…。
「そう…アナタと初めて言葉を交わした庭園…まで…かしら?」
「庭園?俺にそのような記憶はないな…。」
間違えたーーー!!
「あっ!違いました。えっと…」
私が戸惑っていると、ユリドレ様は俯いて体を小刻みに震わせていた。きっと、怒ってるんだわ!!適当なことを言ってしまったから!!
「あの…。」
「いや、結構だ。では、メイシール嬢とお呼びすれば違和感ないでしょうか。」
「あ…はい。そんな感じだったと思います。少し、しっくりきます。」
「では、これからメイシール嬢が行きたい場所へ行きましょう。どこへ行きたいですか?」
「ど、どこへと言われましても…。」
辺りを見渡すと遠くの方に馬が見えた。その瞬間ユリドレ様が馬に乗って颯爽と狩りをしている姿を思い出した。
「あ、馬に…乗ってみたいです。ユリドレ様と…。」
「馬…ですか?」
「あっ、すみません。今のはなかったことに…。」
「いえ、乗りましょう。そういえば出会った頃に俺に一目惚れしたと仰っていたのを思い出しました。一緒に乗りましょう。」
ユリドレ様は優雅に私をエスコートし、馬の方へと向かった。そのエレガントな姿に、私はますます彼の魅力に引き込まれていった。
――本当にここは天国ね。
ユリドレ様は手際よく馬の準備を整え、私を優しく助けて馬に乗せてくれた。その後、自らも馬に乗り、私の背後にしっかりと腰掛けた。
「では、出発しましょう。」
彼の手が私の腰に回され、安心感が広がった。馬がゆっくりと歩き始め、私たちは広大な敷地を進んでいった。風が心地よく吹き、周囲の景色が美しく広がっていた。
「メイシール嬢、こうして一緒に馬に乗るのは初めてですね。」
「そうなんですね…でも、なんだかとても心地よいです。」
――なんだか…心が本当に満たされるわ…。ユリドレ様の温もりを感じられて安心する…。
彼の優しい声と温かい手の感触が、私の心を癒してくれた。この瞬間が永遠に続けばいいのにと願わずにはいられなかった。
「ユリドレ様、ありがとうございます。」
「もちろんです…メイ……シール嬢。アナタの望みを叶えるのも夫の務めですから…。」
その言葉に、私は胸が熱くなり、涙がこぼれそうになった。
――夫。本当に私はユリドレ様の妻なの?
だとすれば、神様…こんなに素敵な夢を見させてくださってありがとうございます。
読んで下さってありがとうございます!
お手数かけますが、イイネやブクマをいただけたら幸いです。モチベに繋がります( *´艸`)