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ある夜、ユリが部屋に入ってくると、私は微笑んで彼を迎えた。
《こんばんは、ユリ。》
「こんばんは、メイ。ご機嫌いかがでしょうか?本日はお会いできることを心から楽しみにしておりました。」ユリはわざとらしく敬語を使い、軽くお辞儀をした。
《その敬語、本当に必要?》
ユリは笑いながら肩をすくめた。
「まぁ、少しは面白いかと思いまして。」
《確かに、少し面白いかもしれないわね。》
ユリは一瞬笑顔を見せたが、すぐに真剣な表情に戻り、「メイ、少し真剣な話をしても構いませんか?」と尋ねた。
《えぇ、別に構わないわ。》――なんだろう?領地か何かの相談かしら。私は少し緊張しながら答えた。ユリは真顔に戻り、椅子に腰を下ろした。
「メイはまだ、俺を避けて生きるおつもりですか?」
《その予定だけど?》
「こんなにも親しくなったのに?」
《でも、私はアナタを不幸にしてしまうもの。》
「不幸に…ですか。よく考えてみたのですが、不幸になるのは俺ではなくメイの方だったのではないですか?」
《…どうかしら。結局ユリドレ様は私の愛を鬱陶しそうだったから…。》
「ですが、アナタが聞かせてくれた中で何度かアナタを抱きしめて涙を流していたのでしょう?」
《えぇ、まぁ。友人が亡くなったようなものでしょう?》
「いえ、今の俺ですら友人が酷い目にあったり死んだりしても涙を流すことはないでしょう。俺は母にそういう教育をされて育っているので…」
その時、外に雨が降り出し、雷が鳴り始めた。部屋の中が一瞬暗くなり、稲妻の光が窓を照らした。ユリの言葉と同じように、外の天候も私の心をかき乱すようだった。
「メイ、俺はアナタが話してくれた未来の話を聞いて、アナタがどれだけの苦しみを経験してきたのかを少しずつ理解してきたんです。」
《でも、それは過去のこと。私はもう、あなたを追いかけることをやめると決めたの。》
「それでも、俺はアナタと話す時間が楽しいと感じているんです。アナタが俺を不幸にすると思っているかもしれませんが、実際にはアナタが孤独に苦しむことの方が多かったんじゃないですか?」
私はユリの言葉に驚きと戸惑いを感じた。彼の冷静な分析が、私の心の奥深くにある痛みに触れたようだった。
《確かに、私は孤独だった。でも、それは私が選んだ道だから…。》
「それなら、これからは違う道を選ぶこともできるんじゃないですか?メイ、俺はアナタが過去にどんなことをしてきたかを知っても、今のアナタを嫌うことはない。アナタの話を聞きたいし、アナタと共に未来を築きたいんです。」
ユリの真剣な眼差しが私の心に響いた。彼が私の過去を受け入れ、私と共に未来を歩もうとしていることが、私にとってどれほどの救いになるのかを感じた。
《ユリ、あなたがそう言ってくれることがどれだけ嬉しいか、分からないわ。でも、私はまだ怖いの。あなたをまた傷つけてしまうかもしれないと思うと…。》
「大丈夫です、メイ。今…俺が言った言葉に嬉しいと仰ってくださいましたね。なので、俺は今からアナタの記憶を消し去ります。」
《え?何を言ってるの?ユリ…。そんなことできるわけないじゃない。》
「できるんです。この1年、ずっと研究してきました。アナタから俺の記憶を消し去る方法を。」
《冗談…よね?いつもの冗談でしょ?ユリ。》
雷がゴロゴロと鳴り響く中、ユリの目には決意が宿っていた。
「いえ、俺はずっと嫉妬していました。未来の俺…いえ、回帰前の俺に。俺は今アナタに惹かれています。アナタは今、ずっと欲しかった俺を…俺の心を手にしています。このまま俺と一緒に未来を歩みませんか?」
《…それは子供の一過性の気持ちに過ぎないわ。こんな…沢山の罪を犯してきた私と一緒に歩むべきではないわ。》
「なら…仕方ありませんね…。俺がアナタの前から消え去ります。メイの記憶を全て奪って…ですが。」
《待って!?どういうこと?》
「ブルービショップの回帰能力は他殺されること…でしたよね?想像するだけで吐き気がしますが、俺がいない人生を体験するのも良いでしょうね。そして…最後には俺を選ぶように今から策略と陰謀をもってメイを手に入れます。」
《何を…言ってるの?》
「メイが俺にしたように、同じことをメイにします。」
《無理よ!!回帰能力を持たないアナタに、そんなことできるわけがないじゃない。》
「やってみせます。何千通りもの策略を練り、必ずどこかの人生で俺はメイを手に入れます。」
《じゃあ…今、この時のアナタはどうなるの?》
「さぁ?…なら、俺と歩みますか?」
《ダメよ。アナタの人生を邪魔するわけにはいかないの…それに私...もう生きることすら辛いの。》
「なら…仕方ありませんね。俺を選ぶまで…回帰し続けてください。メイ。」
私の心は恐怖と絶望でいっぱいだった。ユリの言葉が信じられず、その決意が本気であることに気づいたとき、私は自分の過去の行いの重さを再認識した。
「愛しています…メイ。」
《待って!!ユリはやっぱり子供だわ。浅はかよ。》
ユリが何かを私にしようとしている手がとまった。
「…。」
《だって、一人で考えたら間違えるかもしれないし無駄なものもあるはずだよ。私を使って考えるのはどう?》
「嘘をつかれた場合どうすれば?」
《…。》
「ですが、確かに浅はかでした。この1年の愛しい時間を忘れられるのはとても辛いですね。」
《でしょう!?》
「ネタバラシをしたいとも思えてきました。」
《そうよね。》
「なので、ある一定の期間まで記憶を消して、メイの行動を監視します。」
《え!?》
「行動パターンを学習した後に記憶を戻してからメイを殺して俺も死にます。これでメイにも記憶を残すことができますね。」
ユリは恍惚とした笑みを浮かべた。
《まって…何を言ってるの?…そうとう狂ってるわ…。》
「俺もメイがしてきたことに、同じことを思いました。ですが…この鎖1つ1つが俺に向けられたものだと思うと…嬉しくてどうにかなりそうです。」
ユリの言葉に私の心は引き裂かれそうだった。彼が狂気に駆られたように見えたその瞬間、私は自分がいかに彼を歪ませてしまったのかを痛感した。彼の瞳には純粋な愛と共に、深い闇が宿っていた。
《ユリ、お願いだからやめて…。》
「メイ、俺はアナタを救いたいだけなんです。アナタがこれ以上苦しむことがないように、アナタを守りたいだけなんです。」
《でも、その方法は間違っているわ。あなたも苦しむことになる。私たちが共に幸せになる方法を見つけましょう。》
ユリの目に一瞬の戸惑いが浮かんだが、すぐに冷たく硬い表情に戻った。
「メイ、これが必要な犠牲というものです。」
《どうしてそんなことを…。》
「アナタが俺にしたことを同じように返すことで、罪の意識を軽くしてさしあげたい。そして、最終的にはメイが俺を選ぶことを信じています。さて、鎖の数は覚えました。この数が増えていれば俺の計画は進んでいるということです。まぁ、この考えは1つの分岐点として、アナタを好きになった瞬間に考えたことですけどね。」
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―――――
大人になった私は、アジャールと結婚しており、アジャールとの間に子供ができないことに苦しんでいた。周囲のプレッシャーに押しつぶされ、生きることが辛く思える日々を過ごしていた。
そんなある日、大人の姿のユリが突然私の記憶を戻した。そこで私は別の人生にいることに気が付いた。
「ユリ…アナタ…。」
ユリは私に激しい口付けをしてきた。しばらく長い間、それが続き、唇が離れた。
「お分かりいただけましたか?アナタは俺以外と子供を作れないということを。」
「…え?…そうなの?」
「はい。異国の血が混ざったアナタには子供ができにくいのです。兄君もそうでしょう?」
「言われてみれば…。でも、それならどうしてもっと早くに…。」
「記憶を持った状態のアナタは俺を真の意味で愛してくれないと思ったからです。そして、その記憶を次の人生に持ち越して欲しいと思っているからです。次の人生からは記憶を戻すことはないと思ってください。俺はもう既に全てのストーリーを書き終えています。アナタが赤子に回帰しない限り…全てがうまくいくはずです。」
ユリの言葉に驚きと絶望が入り混じり、私は何も言えなかった。その後、ユリは冷たく微笑みながら私に近づいた。冷静な手つきで剣を抜き、私の首に向けて振り下ろした。
その瞬間、私は再び暗闇に包まれた。ユリの冷たい刃が私の命を奪った。私の人生はまたしても終わりを迎えた。しかし、ユリの言葉が心に残り、彼の愛と狂気に翻弄されながらも、私は新たな人生に回帰していった。
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