ギャルに噓告白で弄ばれこの世に絶望した俺は、自ら命を絶とうとしたところをクラスメイトの氷の女王に助けられたのだが、そこから意外な展開に……!?
「フッ、諸君、今日も一日お疲れ様。明日も元気に勉学と遊びに励み、その掛け替えのない青春を謳歌してくれたまえ」
ホームルームの最後に、クラス担任の谷岸先生が、今日も時代がかった口調でイイ感じ風なことを言っている。
だがそんな谷岸先生は、体操服にブルマという出で立ちなのである(しかも胸の部分には、ひらがなで『たにぎし』と書かれている)。
谷岸先生は高身長のメガネ巨乳美女なのだが、何故かどんな時だろうと常に体操服にブルマ姿という、生粋の変態だ(三者面談の時もこの格好で、俺の親をドン引きさせていた)。
こんな人が教師で、本当にこの学校は大丈夫なのだろうか?
まあいい。
正直今の俺には関係のないことだ。
それよりも――。
「ヤッホー佐川っちー。一緒にかーえろ」
「っ!」
その時だった。
枢辺さんが俺の腕に、ギュッと抱きついてきた。
枢辺さんのたわわな胸が、容赦なく俺の腕に押しつけられている。
お、おぉ……。
相変わらず凄い弾力だ……。
スナイパーライフルの弾さえ弾き返せそうじゃないか……。
「あ、うん、帰ろっか」
「えへへー、佐川っちだーいすき!」
「っ!」
クラスメイトたちに見せつけるが如く、枢辺さんが俺の肩に頬擦りしてくる。
それだけのことで俺の萌えは閾値に達し、今にも昇天しかけた――。
周りの男子たちからの殺意のオーラで、我に返ったが……。
今から一週間ほど前。
これまでほとんど会話すらしたことない枢辺さんから、唐突に告白された。
クラスで男子人気を二分している枢辺さんが、俺みたいな冴えない陰キャのことを好きだなんて、どこの三流ラノベだよと最初はドッキリを疑ったが、あまりにも真剣な態度なので、流石に本物だと思わざるを得なかった。
俺も密かに枢辺さんのことは可愛いなと思っていたし、その場で俺たちは恋人同士になった。
この一週間は俺にとって、まさに天国だった――。
「…………」
――!
その時だった。
背中から刺すような視線を感じたのでそっと振り返ると、クラスで男子人気を二分しているもう一人である源城さんが、今日も俺と枢辺さんに、氷のように冷たい瞳を無言で向けていた。
陽キャでギャルの枢辺さんとは対照的に、源城さんは『氷の女王』の異名を持つクール系美女。
その誰に対しても素っ気ない態度とゴミを見るような氷の眼が、主にドM男子のハートを鷲掴みにしている、とか。
だが、何故あんなに敵意の籠った眼で俺たちを見てくるのか、その理由がわからない。
俺たちのバカップル加減が鼻につくとか、そんな感じだろうか?
源城さんはそんなタイプには見えないが……。
「どしたの佐川っち? 早く帰ろーよ」
「う、うん」
まあいい。
俺の彼女は、あくまで枢辺さんなんだからな。
他の女の子のことを考えるのは、失礼ってものだろう。
「ねえねえ佐川っち、佐川っちはアタシのこと好き?」
二人で人気のない高架下を歩いていると、依然として俺の腕にしがみついたままの枢辺さんに、今日もそう訊かれた。
宝石みたいにキラキラした大きな瞳が、じっと俺だけを見つめている。
枢辺さんと付き合い始めて以来、枢辺さんはこの質問を俺にするのが毎日のルーティーンになっている。
そんな枢辺さんに対して、今日も俺はこう答えるのだ。
「ああ、好きだよ。むしろ昨日よりもっと好きになってる。もう俺は、枢辺さんなしの人生は考えられないよ」
これは嘘偽りない本音だ。
最初は半ば流される形で付き合い始めた俺だが、日を増すごとに、どんどんと俺の中で枢辺さんの存在が大きくなっている。
今やもう、寝ても覚めても枢辺さんのことだけを考えている始末だ。
これが恋ってやつなんだなと、今更ながら実感している毎日である。
「そっかー、ふふ、じゃあ、そろそろいっかなー」
「え?」
な、何が……?
まさか、そろそろ俺たちも恋人らしく、ベ、ベーゼに及ぼうってことですか……!?
それとも、もっと先の――!
「よいしょ、と」
「?」
おもむろに枢辺さんは俺の腕から離れると、ニッコリと無機質な笑顔を向けてきた。
く、枢辺さん……?
「もう別れよ、アタシたち」
「――!!」
あまりにも何でもないことのように言うので、俺は言葉の意味を理解するのに、数秒の時を要した。
わ、別れよう……?
今、別れようって言ったのか、枢辺さんは……。
「な、なんでだよッ!! 俺たちあんなに、上手くいってたじゃないかッ!!」
思わず声を荒げる。
心臓に直接冷や水を掛けられたみたいに胸が苦しくなり、キーンと耳鳴りがしている。
ドス黒い靄が、じわじわと俺の全身を侵蝕していくかのような感覚がした。
なんで……!!
なんでなんでなんでなんでだよ、枢辺さん……!!
「アッハー、まーだ気付いてなかったんだー。アタシの告白が、噓告白だったってこと」
「…………なっ」
う、噓告白……。
そんな……、まさか……。
「だ、だってあんなに熱烈に、俺のこと好きだって……」
「だーかーら、それが全部演技だったって言ってんの。そういう理解が遅いとこ、マージでウザいんだけど」
「……!」
髪の毛をイジりながら溜め息交じりにそう言う枢辺さんは、とてもさっきと同一人物とは思えない。
むしろ人外の、悪魔のような存在と対峙しているかのようにさえ感じる……。
これは悪い夢か……?
夢なら一刻も早く覚めてくれ――!
でないと――!
「な、なんで……、そんな酷いこと、するんだよ……」
俺はやっとの思いで、そう絞り出す。
口の中はカラカラで、正直声を出すことさえしんどい。
「んー? まあ、強いて言うなら趣味? アタシ、アンタみたいな冴えない童貞の陰キャを、からかって遊ぶのが好きなんだよねー」
「…………は?」
趣味?
人の心を弄ぶ、悪魔のようなこの所業を、趣味って言ったのかこの人……?
や、やっぱりこの人は、人間じゃない……。
こんな人が、人間であっていいはずがないじゃないか――!
「そういうわけだから、明日からもう話し掛けないでね、マジキモいから。じゃーねー」
「あ……あぁ……」
最後に壊れたオモチャを見るみたいな視線を俺に向けてから、鼻歌交じりに枢辺さんは去って行った。
「あ……あぁ……。ああああああああああああああああ!!!!!!!」
キーンという耳鳴りだけが、いつまでも俺の耳に残っていた――。
「……ハァ」
気が付くと俺は、山奥にある切り立った断崖の先端に、一人で立っていた。
ふと見下ろすと、そこには遥か遠くに、ゴツゴツした無機質な岩肌だけが広がっている。
この高さから落ちれば、痛みを感じる暇すらなく即あの世行きだろう。
だが俺はそれでも構わない。
この刺すような胸の苦しみと、頭がおかしくなりそうな耳鳴りを消せるなら、そっちのほうが百倍マシだ――。
「……さようなら」
誰にでもなくそう言って、俺は崖から飛び降りた――。
「――佐川君ッ!!」
「っ!!?」
その時だった。
重力に従って落下したはずの俺の身体が、ガクンと空中で止まった。
「――!? み、源城さん……!?」
慌てて見上げると、源城さんが右手だけで、俺の左腕をギュッと掴んでいた。
な、何故こんなところに源城さんが!?
いや、それよりも――!
「手を放して源城さんッ! このままじゃ、源城さんも一緒に落ちちゃうよッ!」
俺が死ぬのはまだいい。
だが、俺なんかを助けようとして、源城さんの命まで失ってしまったら、とてもじゃないが俺は死にきれない――!
「大丈夫……! こう見えて私結構……、鍛えてるか……らっ!」
「なっ!?」
その華奢な身体からは想像もつかないほど、源城さんは力強かった。
源城さんはその細い右腕だけで、俺の全身を見事に引っ張り上げたのである。
す、凄い……!
「フゥ、間一髪だったわね。怪我はない、佐川君?」
「あ、うん。お、お陰様で……」
「そう、ならよかったわ」
一仕事終えたとばかりに、右手で耳にかかった髪を掻き上げる源城さん。
あまりの状況に頭が追いついていないが、とりあえず何から訊くべきだろうか……。
「……源城さんは、なんでこんなところにいたの?」
「……佐川君のことを、ずっとつけて来たからよ」
「え?」
つけて来た??
俺のことを??
「あの子にフラれて、随分思い詰めてるみたいだったから、もしかしてと思って」
「――!」
そんな――!
じゃあ源城さんは俺が教室を出たところから、ずっと後をつけてたってこと!?
なんでそんなことを……。
も、もしかして源城さん、俺のこと……!
「チッ、とんだ邪魔が入ったもんね」
「――!」
その時だった。
どこからともなく枢辺さんが現れ、俺と源城さんに、敵意の籠ったドス黒い視線を向けてきた。
枢辺さんまで、何故ここに……!?
しかも今の言い方は、まるで……。
「もういいわ。ホントは自殺した魂が喰いたかったけど、もうメンドいから、自分で殺すわ」
「っ!?」
な、何を言ってるんだこの人……!?
「ハァァァ……!」
「――なっ!?」
その時だった。
枢辺さんの額から、鬼みたいな禍々しい二本の角が生え、両腕がゴリラみたいに屈強に膨れ上がった。
そして両手の爪は、猛禽類みたいに鋭く尖ったのである。
なんじゃこりゃああああああ!?!?
「死ねぇッ!!」
「――!!」
枢辺さんはその太く鋭い手刀を、俺に突き出してきた――。
あ、あぁ……!!
「佐川君ッ!」
「ッ!!!」
が、寸前のところで俺の前に立った源城さんが、代わりにその手刀を腹部で受けたのである――。
手刀は腹部を貫通し、源城さんの血で真っ赤に染まっていた。
「源城さんッッ!!!」
慌てて源城さんを抱きかかえる。
「……け、怪我はない、佐川君?」
「――!」
また君はそうやって……!
こんな時まで、人の心配ばかり……!!
「それよりも、源城さんがッ!!」
源城さんの制服が、見る見るうちに赤く染まっていく。
ああ、この出血じゃ、もう……。
「あっはっは、こりゃ丁度いいや。目の前で自分を庇ったクラスメイトが死んだら、またアンタも死にたくなるっしょ?」
「……!」
急に上機嫌になった枢辺さんは俺たちから距離を取り、暇を潰すかのように、その太い腕で器用にスマホをイジり出した。
な、何なんだよこの状況は……。
「……佐川君、アイツに気付かれないように、コッソリ私の話を聞いて」
「――!」
源城さんは枢辺さんに一瞬だけ視線を向けてから、小声でそう言った。
源城さん……!?
「で、でも、このままじゃ源城さんが……」
「……私は本当に大丈夫だから。……今は話を聞いて」
「は、はい」
源城さんのあまりの威圧感に、思わず息を吞む。
「アレはね――【夜叉】と呼ばれる存在よ」
「夜叉……!? 夜叉って確か、人間の肉を喰らうって言われてる、妖怪みたいなものだっけ?」
そんなファンタジー世界の化け物が、実在してたっていうのか……!
「ええ、でも実際に夜叉が喰らうのは肉ではなく、人間の魂なのよ」
「魂……」
「中でも自殺した人間の魂が、夜叉にとっては一番のご馳走だそうよ……」
「……そ、そんな」
だからさっき枢辺さん――いや、夜叉は「自殺した魂が喰いたかった」と言っていたのか。
――なんて醜悪な存在なんだ。
そうやって人の心を弄んで、死に追いやり、その魂を喰らう。
まさしく悪鬼羅刹じゃないか……。
思わず夜叉のことを睨みつけると、夜叉はソシャゲのガチャを回している最中だったらしく「イェーイ、SSRゲットー」とケラケラ笑っていた。
「私の家は代々夜叉を討伐することを生業としている、退魔師の家系なの」
「退魔師……!」
いよいよ本格的にファンタジーの世界になってきたな……!
……そうか、源城さんが俺の後をつけていたのは、退魔師としての仕事のためだったのか。
「ガハッ! ゴホッ!」
「み、源城さんッ!」
源城さんが激しく吐血した。
「源城さんの事情はわかったよ! だから今はまず、病院に行こう!」
「いえ、この傷じゃもう間に合わないわ」
「そ、そんな……」
俺のせいで源城さんが死んだら、それこそ俺はまた自殺してしまうかもしれない……。
「でも一つだけ、助かる方法があるの」
「え!? そうなの!?」
よ、よかった!
「ただそのためには、佐川君を過酷な運命に巻き込むことになってしまう……。佐川君は、それでもいい?」
「――!」
いつもは氷のように冷たい源城さんの瞳は、まるで恋する乙女みたいに潤んだものになっていた。
――この瞬間、俺の中の何かに火が点いた。
「ああ、構わないよ。どうせ一度は捨てようとした命だ。俺の残りの人生は全て、源城さんのためだけに捧げるよ」
「フフ、ありがとう、佐川君。――ではこれで、【契り】は成立ね」
「え?」
契り?
「……ん」
「っ!?」
その時だった。
おもむろに源城さんから、キスをされた――。
ふおおおおおおおおおお!?!?!?
源城さんの唇、や、柔らかい……。
「なっ!?」
すると、俺と源城さんの身体が、眩く光り出した。
何だこれ!?
「何!? ま、まさかお前、退魔師か――!!」
やっと俺たちの異変に気付いた夜叉が、露骨に狼狽している。
やはり夜叉にとって退魔師は、天敵なのだろうか?
「あっ!」
源城さんのお腹の傷が、逆再生映像みたいに治っていく。
凄い!
【契り】には、そんな効果があるのか!
「さあ佐川君、一緒に夜叉を倒しましょう」
「は?」
一緒、に??
「――!!」
その時だった。
源城さんの身体が光の粒子になって拡散し、それが俺の身体を包み込んだ。
んんんんんんんん????
「こ、これは――!!」
足元の水溜まりに映った自分を見ると、俺は変身ヒーローのような、カッコイイ全身鎧を身に纏っていた。
なんじゃこりゃああああああ!!!!
『これが私たち退魔師の究極奥義【退魔鎧変化】よ。私たちは自らの身体を退魔用の鎧に変化させ、契った相手に纏わせることができるの』
鎧から源城さんの声がする。
確かに全身から力が溢れてくる――。
これなら、俺でも夜叉に勝てるかもしれない――!
「チッ、そんな見掛け倒しに、このアタシが怯むと思ったら大間違いだよおおお!!!」
「――!」
夜叉が物凄い速さで突貫して来て、またしても右の手刀を突き出した。
――だが。
「遅い!」
「なにィ!?」
俺はその手刀を、紙一重のところで躱した。
【退魔鎧変化】のお陰で、動体視力と反射神経も上がっているらしい。
ヨシッ!
「これは、源城さんの分だあああああ!!!!」
「ごはあああああ!?!?」
そして渾身の右ストレートパンチを、夜叉の腹にお見舞いした。
夜叉はそのまま数メートル吹き飛び、後方の巨大な岩に激突した。
す、凄い……。
これが、俺の力……?
『佐川君、油断しないで! まだ終わってないわ!』
「え?」
「クッソガアアアアアア!!!! 死ねえええええええ!!!!」
「――!!」
夜叉の口が口裂け女みたいに、醜く裂けた。
そしてその喉の奥から、ドス黒いエネルギー波のようなものが放たれた。
なあっ!?
「あああああ!!!」
『佐川君ッ!!』
俺はそのエネルギー波を、真正面から喰らってしまった。
全身をハンマーでブン殴られたみたいな、激しい痛みが襲う。
『佐川君ッ! 大丈夫ッ!?』
「あ……あぁ……、俺なら大丈夫だよ。それより、源城さんこそ大丈夫?」
見れば鎧のところどころが、黒く焦げてしまっている。
この鎧は源城さんそのものなわけだから、むしろダメージは俺より源城さんのほうが上なのでは?
『私なら……大丈夫、よ……』
そう言う源城さんの声は、明らかに苦しそうだ。
そりゃそうだよな。
自分の身体が、これだけ傷付けられているのだから。
これが源城さんの仕事とはいえ、なんという過酷な使命を背負ってるんだ、源城さんは……!
「ケッケッケ、ギリギリ耐えたか。だが次はどうかなぁッ!」
「――!」
再度夜叉が、さっきのエネルギー波を放つために大口を開けてきた。
クッ、またあれを喰らったら、今度こそ――!
『佐川君、あれに対抗するには、こちらも奥の手を使うしかないわ』
「奥の手!?」
というと!?
『コードを直接あなたの脳に送るわ。ブツケ本番になってしまうけど、何とか成功させて。――あなたならきっとできるわ、佐川君』
「み、源城さん……」
頭に直接、呪文のようなものが流れ込んで来る。
これを唱えればいいんだね源城さん。
何故源城さんがこんなに俺のことを信頼してくれているのかは謎だが、今の俺にできるのは、源城さんの想いに全力で応えることだけだ――!
俺は左右の手のひらを揃えて、前方に突き出した。
「久遠の嘴
冥府の雷
贖罪の冠
華の宴
亡者を誘う女神の息吹
浄化の光が終焉を告げる
――退魔秘奥義【浄化ノ曙光】」
俺の両手から、光り輝くエネルギー波が放たれた。
それが夜叉の漆黒のエネルギー波と、真正面からブツかった。
「ハッハッハ―!! 甘いんだよおおおお!!!」
「……くっ!」
だが、僅かに夜叉のパワーが上回っているらしく、徐々に押されている。
このままでは――!
『負けないで佐川君! わ、私は……、佐川君のことが……、す、好きだからああああ!!!』
「――!!!?」
源城さん!?!?
嗚呼、身体の奥底から、自分でも信じられないくらいの力が溢れてくる――!
「う、うおおおおおおおおおおお!!!!」
「なぁっ!?」
【浄化ノ曙光】の直径が、倍くらいに太くなった。
その光は、瞬く間に夜叉を飲み込んでいく――。
「あ……あ……あ……そんなあああああああああああ!!!!!!」
光が収まると、そこには塵一つ残ってはいなかった――。
か、勝った……のか?
「うお!?」
その時だった。
【退魔鎧変化】が解除され、元の身体に戻った源城さんは、その場で倒れてぐったりしてしまった。
「源城さん! 源城さんッ!!」
慌てて源城さんを抱きかかえ、呼び掛ける。
「……わ、私は大丈夫よ、佐川君……」
「源城さん……」
そう言う源城さんの顔色は、明らかに悪い。
あれだけ強大な力を得る【退魔鎧変化】は、やはり使用者に相当な負荷が掛かるものなのだろう……。
「でも、あなたが無事で、本当によかったわ……」
「……!」
源城さんは春の日差しのような柔らかい笑みを浮かべながら、俺の頬に左手を添えた。
この瞬間、今さっきの源城さんの「佐川君のことが好きだから」という台詞が頭をよぎり、俺の全身がカッと熱くなった。
あれは、いったい……。
「フッ、やはり私の読み通り、君たちの相性は抜群だったようだな」
「――!」
その時だった。
どこからともなく、一人の人物がこの場に現れた。
「た、谷岸先生!?」
それは俺たちのクラス担任である、谷岸先生だった。
相も変わらず体操服にブルマという出で立ちである。
この人は、放課後もこの格好なのか!?
いや、それよりも、今「読み通り」って言ったかこの人……?
「谷岸先生は、私の上司にあたる方なのよ」
「源城さんの!?」
と、いうことは……!
「フッ、その通り。教師というのは世を忍ぶ仮の姿。私の本職は、全日本退魔師協会千葉県第六支部の支部長なのさ」
「――!」
全日本退魔師協会……!
退魔師ってそんなに大規模な組織なんですね?
「ようこそ佐川、退魔師の世界へ。これから世界の平和のために、共に夜叉と戦おうではないか」
「あ、はぁ」
改めて考えると、随分と大事になってしまったものだな。
まさか平凡な高校生だった俺が、正義のヒーローになってしまうとは。
「では、谷岸先生がいつもそんな格好をしていたのは、退魔師としての仕事の一環だったんですね?」
例えばその体操服とブルマには、聖なる力が宿ってる、とか?
「フッ、いや、これはただの趣味だ」
「あ……、そうですか」
ただの趣味だった。
「フッ、それにしても、まさか初めての【浄化ノ曙光】が、あそこまでの威力が出るとなぁ」
「え?」
谷岸先生は顎に手を当てながらニヤニヤしている。
あれってそんなに珍しいことなんですか?
「も、もう、支部長、からかわないでください!」
「いやいや、これから退魔師として働いてもらう以上、佐川にも【退魔鎧変化】の仕様は知っておいてもらわねばならないからな」
「そ、それは……、そうですけど……」
源城さんはもじもじしながら、頬をピンクに染めている。
か、可愛い……!
「えーと、それで、その仕様というのは?」
「フッ、いやなに、単純な話だ。退魔師が【退魔鎧変化】する際は、契った相手に対して、愛情が深ければ深いほど、その力が増すのさ」
「……なっ!?」
あ、愛情……!?
つ、つまり……、それだけ源城さんは、俺のことを……?
「も、もう、あまり私の顔見ないでッ!」
「あ、はい。す、すいません」
耳まで真っ赤になってる源城さんは滅茶苦茶可愛かったが、そのご尊顔を拝むのは、今はまだ我慢するとしよう。
俺たちには今後、たっぷりと時間はあるのだから――。
「フッ、これにて一件落着!」
あ、最後はあなたが締めるんですね、谷岸先生?
拙作、『塩対応の結婚相手の本音らしきものを、従者さんがスケッチブックで暴露してきます』が、一迅社アイリス編集部様主催の「アイリスIF2大賞」で審査員特別賞を受賞いたしました。
2023年10月3日にアイリスNEO様より発売した、『ノベルアンソロジー◆訳あり婚編 訳あり婚なのに愛されモードに突入しました』に収録されております。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)