遊牧民の少女
気付けばタレ君は膨れたお腹を横たえていた。食べてすぐ寝て既に牛。
幸せそうな寝顔を見ていると、私も眠たくなってきた。
あれっ、この匂いは…。
トマトだ!
酸味の効いた、甘くフルーティーな香り。この私が見逃すはずがない。例え馬になろうとも忘れることはない。せめてひとかじり、たった一口でも。
ごめん、ミア。
ー・-・-
ごめんなさい、ミア。パパ。
また捕まってしまいました。今度はもっとタチの悪いものに。
目が覚めると辺りは薄暗く、洞窟の中にいるようだった。
記憶の限りだと、たらふく食べてウトウトまどろんでいたところ、トマトの匂いに釣られて歩き出した。だが、どれだけ思い出そうとしてもそこまでしか分からなかった。
おそらくあの瞬間、私は捕まったのだ。
「あいつ、思ったより肉付きがいいぞ。」
はい、脂肪です。
「トマトで寄ってくるとは。よく分かりましたね、アシュ。」
「ああ、興味ありそうだったからな。」
あの、岩にもたれ酒の代わりに水を煽っている少女はアシュというらしい。
不良ぽく振る舞っているが、悪党のおっさんたちの中で明らかに浮いている。
服装もここら辺のものではない。襟を前後に合わせ、モンゴルを彷彿とさせる衣装だ。
「プハァー。アシュちゃんはかわいいなー。のぉ、アーシュちゃん。」
「触るな。」
近づいた手を跳ね除け、刃を首に添えるまでは一瞬の出来事だった。
「まあまあ、落ち着けって。」「ボスも何やってるんすか。」「すまんすまんって。」
少女は小刀を納め、また腰をおろした。
男達はしばらく宴を続けていたが、次第ににいびきが洞窟に響き始めた。
「ねえ、起きてる?」
私が顔をあげると、月明かりに少女が歩いてくるのが見えた。
アシュという少女は私に目線を合わせるとこう言った。
「私の友となりなさい。」
困惑する間もなく、私の身体は白く光始めた。
懐かしい。この中から力の湧いてくるような感覚。
気づけば、彼女の身体もかすかに光っている。
「わぁ…、すごい魔力ね…。」
幻想的な光景も束の間。二人の光はすぐに消えてしまった。
「やはりダメか…。」
やることを終えるとまた異民族の少女は疲れたようにトボトボと定位置に戻っていった。
ー・ー・ー
まだ夜も明けきらない早朝。
「よーし。出発だ。」
私は小さな箱に押し込められ、荷車に乗せられた。
振動が身体に響く。大きく揺れてはしょっちゅう頭を打つ羽目になる。
「でもなんで私達なのでしょう。盗賊団ならいくらでもあるでしょうに。」
「だよな。」
「でも、報酬は文句なしやろ。」
「まあな。あれだけ本当に貰えるんなら、オレら盗っ人なんかやらなくても良くなっちまうな。」
「そうですね。」
あはは、と空笑いをすると、おじさんたちは押し黙ってしまった。
推測するに、この人達は雇われて私を攫ったのだろう。高額な報酬を対価に。
くさい。何かあるに違いない。
しかし、考えたところで今は囚われの身、しかも馬。どうもこうもない。
ミア、どうしてるかな。帰ったらまた叩かれるんだろうな。そもそもどうやって帰ったら良いんだ。
思考はそこで停止した。
何もすることがないのも苦痛である。
馬になってよく分かった。
学校に行かないから宿題もなければテストもない。暇を潰そうにも、ここに電子機器はもちろんない。
今はただ板の木目を眺めるくらいだ。
良い暇つぶしか。
これは馬として生きる上で死活問題となりうる。
私は真剣に考えた。
そうだ。この世界の文字を覚えるのはどうだろう。
街の看板でも眺めていたら、時間は潰せる。
でもどうやって習得しようか。馬に文字を教えてくれる人なんているだろうか。
うーんと首をかしげているうちに、一団は目的地に到着したようだ。




