天敵
矛盾あるかももも
「何やってんの!?」
「......ッ!!」
甲高い声が響き渡る。というか、甲高い声しか響き渡っていない。忌々しい記憶が反応したじゃ無いか。しかし、屋敷を探し回ってもいないと思っていたがそうか。今日はあの日だったか....というより、こいつが俺の邪魔をしてくる奴らの筆頭だったためにこの日じゃ無いと色々と出来ないのだ。
「アンタ、これどういうこと?」
言いたいことは分かる。家に帰ってきたら階段で頭を下の段に足は上の段に向けて気絶してる奴、膝をついて嗚咽を漏らしながら泣いている使用人一同。
そして、そんな使用人達を見下しながら死刑宣告をして少しいい気分になっている俺。
ドアを開けた瞬間に修羅場が出来上がっていた。俺でも同じような反応をしただろう。
しかし、しかしだ。何故このタイミングでこいつが帰ってくる?。さっきからタイミングという物が俺に嫌がらせばかりをしてくる。破滅の運命とやらが決まっているそうだが、確かにこんな後出しがずっと続けば俺は破滅してしまうだろう。まぁ、この程度であれば俺の毛根が破滅するだけで済むかもしれんが。
「見て分からないのか?」
言ってから後悔した。先ほどこいつの考えていることに同意したばかりじゃ無いか。実は思っている以上に俺は全く冷静などでは無いかもしれん。
「分かるわけないでしょ!」
それは、そうだ.....。分かるわけがない。しかし、説明してもこいつは使用人一同処刑に絶対に反対してくるだろう。さらに、親類も全員殺し尽くすといえば蚊が血を吸いに来るがごとくしつこく俺の睡眠を妨害してでも説教に来るだろうし執行を命令してもこいつが「聞かなくていいわよ、こいつまた乱心してるだけだから」と執行権を持つ奴全員のところに行って俺の命令は聞かないように言い散らしまくるだろう。そのせいで、使用人一同が図に乗るようになったしその結果あの女もまんまと逃げおおせることになった。
その証拠に、ほれ見てみろ。
先ほどまで絶望していた使用人諸君が泣き止んで何事も無かったかのように整列している。階段に激突した奴もいつの間にか戻っており、背筋を伸ばして堂々としているじゃ無いか。こいつらの態度が物語っている。「義妹さまがいるときに、私たちを処分できますか?」と、義妹が現れた瞬間にこれだ。しかも、心なしか俺が召集したときよりも列が綺麗に整っているんじゃ無いか?顔も緊張しているわけでは無く仕事人の顔をしているために見ていてとても気品を感じる。これぞ、貴族の使用人というのを現わした態度である。分かっていた事だが、忌々しい記憶や、破滅の運命とやらにも加えて俺は使用人にも馬鹿にされているらしい。
「はぁー......」
俺はこの義妹が嫌いだ。いや、苦手と言うべきか?所詮跡取りでしかない俺ではこいつを勝手に処分することなど出来やしない。こいつは屋敷の中での権限が実質的には俺よりもずっと強い。味方が多いからだ。いくら俺が跡取りといえど、使用人達から嫌われていれば命令とて従わないことなど無いわけではない。まして、俺と対等とまで行かなくともほとんど同じ身分と権限を持っている義妹が味方とあれば俺の命令を聞かなくともそれが妹にとっての得となるのであれば処分されることもない。今のように義妹と使用人達は価値観が似ているため、自分が正しいと思ったことをすれば大体妹にとっての正しいと合致するのだ。結果、俺はいつも肝心なところで邪魔をされる。最近では使用人共も調子にのっていて積極的に俺の邪魔をするようになってきた。しかし、しかし、だ。いくら何でも最低限度守らなければならないラインというものは存在する。こいつの介入であの女を逃がした関係の処分は全て出来なくなるだろう。だが、倒れていた俺を放置したことは認められない。これは爵位を持つ物としての体裁に関わる。これに関しては例え義妹であっても口出しはさせん。
「あの女のことに関しては......抑えてやろう。しかし、俺に襲いかかってきたその男と誰も倒れていた俺を運ばなかったことに関しては連帯で責任を取ってもらう。」
「無視すんな!だからどういうこと!?アリア?アンタに襲いかかったって何よ!何でこの人達が責任を取るの??言いなさい!!」
「うるさいぞ、今は俺が話している。帰ってきたばかりの女はさっさと着替えに行け」
ぷくぅーっと頬を膨らませ、しかしまだこの場に居残るつもりの義妹。めんどくさい、こうなったら処分だけ言い渡して俺が退散するか....
「全員減俸14ヶ月。その男は停職4ヶ月だ。当然その期間の給料は払われない。」
「今回だけだ。次同じ事があったら今度こそ全員消えてもらう。」
その言葉とともに一斉に頭を下げる使用人一同。と、同時に脱兎のごとくエントランスの階段から2階の自室に向けて逃げるように退散する俺。
「ちょッ!待ちなさいよ!!私話聞いてな.......」
知らん。お前は玄関から入ってきてその近くに陣取っていた。そして、俺は階段のすぐ手前。ドレス姿のお前が俺を捕まえるなど不可能よ。
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部屋につき、急いで扉を閉める。内鍵をかけて誰も入ってこれないようにする。危なかった。甲高い声が響き渡るというのがトラウマになりそうだ。まだ、サンプルは少ないが響き渡る度に忌まわしい記憶に変化が起きている。先ほども普段の俺ならば腹が立ってしょうがない場面であったがあいつの声を聞いた瞬間に起きた異変によりそれどころでは無かった。再び鋭痛が蘇ってくる、それはいい。問題は痛みと同時に沸いてきた情動。とても安心するような、懐かしいような.....不覚にもあいつを見ているだけであいつ自身に触れたくなるような情動。それが止まらず。後少しでもあの場にいればどうなっていたのかも分からん。だが、何よりも底の知れぬ悲しみ。初めて記憶を思い出したときの行き場のない悲しみの行き先。それがあいつだった。今なら分かる。あいつを見た瞬間に何故か悲しみが止まらなかった。必死で取り繕っていたためになんとか表情には出なかったと思うが、使用人達の処分をあまりにも軽くしてしまったのもそれが原因だった。
今は、もう涙が止まらない。
こんな姿を誰にも見せる訳にはいかないために自室にて鍵を閉めて閉じこもっている。
何故だ?何故こんなにも....
あいつのことを考えるだけで涙が止まらない。いつもは罵ったり軽い言い合いになったり初めて出会ったときはこの俺に対して格闘で挑んでくるような相手だった。そのとき、運悪く男の弱点に攻撃が衝突して別の意味で涙が止まらないような事件はあった。しかし、そんな物じゃない。断じて違う。あいつが、今ここにいることにとても安堵するような感情。そして、同時にあいつ一人のことをひどく恐れている。あいつに触れたくなる衝動。分からない。生まれ変わる前の俺は何を知っていた?何故あいつを見るとこんなにも感情があふれ出す?俺の破滅の運命とやらにあいつが関わっているのか?何故あいつのことを見るとこうも安心する.....?これから先、あいつに何かあるのか?
その瞬間だった。
腹の底から別の感情が湧き上がってきた。
憤慨。
確かに腹の底から湧き上がってくるのを俺は感じた。俺の腹に火山を見た。地下からマグマがせり上がってきて火口から噴き出しそうになる。今の俺と全く同じだ。
あいつに何かが起こると考えただけで怒りがどんどん上ってくる。目の前も真っ赤になっていき思わず、近くにあるもの全て破壊したくなる衝動に襲われる。いかん、いかんな。
何故だ?何故こんなにも腹が立つ?使用人達に腹が立っていたときとは比較になどならない。あいつが苦しむ姿を想像するだけで怒りのボルテージが限界をあっさりと突き破ってくる。たった一人の女を想像するだけでプラスとマイナスの強い感情が次々と湧き上がってくることは異常の他ない。変態だろう。しかし、感情の強さを具現化できるのであれば今の俺は間違いなく伝説の中に登場する悪龍エストヴェーザを小指で殺すことが出来る。それだけ感情が高ぶっている。思わず、我を忘れそうな程。
落ち着け、何も起こっていない.....さっきもいつものように絡んできたじゃ無いか。どっちが跡取りだと言いたくなるほど堂々と......絡んできたじゃ無いか。
あいつのことを考えてはいけない。我を見失いそうになってしまう。考えないことが出来んとしてもやらねば.....
あの女「フィーア」のことを想像するだけで俺は簡単に取り乱してしまう。
どうやら、知らぬ俺にとってフィーアはとても大事な存在という事だろう。しかし、いかんせん今の俺にとっては迷惑でしかない。苦手な相手のことを考えるだけで身に覚えのない感情が次々と沸いてくるのだ。しかもかなり強力な感情だ。本当にあいつに何かあった場合、冗談抜きで小指でエストヴェーザに挑みに行きそうになるくらいには。
ようやく、感情を抑え込む。極力これからはあいつにはあまり関わらないようにしよう。少し会って喋ったくらいでこれだ。長時間一緒にいたらどうなる事か全く分からん。あいつに対してこびを売るような真似は死んでもしたくないのだ。あとで我に返ったときに殺してくれと名も知らぬ何かに語りかけるようなことにはなりたくない。
―――あいつは俺にとっての天敵だ。
脱字、矛盾等あれば教えてくんろ
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