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灼熱地球  作者: 紫 和春
7/12

第7話 許可

 時間はさらに経過して、6月になった。

 この間にあったこととすれば、東京23区の3割が海に覆われたことだろう。

 河川を中心に周辺地域へと浸水し、道路や住宅地、地下鉄などに流れ込んだ。地元の人や消防などが復旧作業をするものの、全く歯が立たずに難航している。

 さらに水害の影響で、上下水道の機能が停止した。その他浸水地域では、漏電対策として無期限停電が実施される。

 これらの要因も重なって、沿岸部や土地の低い場所から大勢の都民が避難を開始する。被害範囲が広大なため、避難場所が不足しだす。それと並行するように、水や食料も底を尽く。

 水や食料、その他生活必需品を輸送するための物流は、全体の半分ほどしか届かない状態になる。地上を走るトラックなどもそうだが、島国でありほとんどを輸入に頼っている日本において、港の閉鎖ほど大変なことはない。

 すでに海面が4m以上上昇している上に、ここに本来の潮汐が働くため、最大5mもの海面上昇が発生している。こんな経験はしたことない上に、埠頭の高さにまで海面が上昇してきているのだ。これでは安全な操業は出来ないだろう。

 この話が日本だけならまだ良かっただろうが、残念ながらこれは世界各地で同時に起こっている出来事なのである。特に地球の自転の関係で、赤道直下の国々は海面上昇の影響が大きくなっている。では高緯度の地域はそうでもないかと言われれば、違うと言わざるを得ないだろう。

 さて世界中がこんな調子であるから、当然の如く世界経済は数ヶ月前より悪化の一途を辿っている。あえて言葉で表すなら、大混乱というよりかは暴動に近いだろう。

 話を日本に戻して、報道はどうなっているかというと、そもそもテレビ局自体が海底に沈んでおり、放送そのものが出来なくなっていた。放送出来ている局もあるにはあるが、気象情報や災害情報を24時間放送し続けるしかない。

 このような状況下で、日本政府はただ黙っているわけにはいかなかった。政府は非常事態宣言を発令し、自衛隊に災害派遣を要請。さらに政府そのものを失わないように、霞が関や永田町の首都機能を内陸に移管する作業も始まった。

 色々と大混乱となっている中、今人々が一番欲しいものは、今後の気象や災害情報だろう。そんな中、あるアカウントが密かに注目を集めていた。

 それこそ、川口が運用している「新しい天気予報」だ。現在の所、かなりの精度で直近1ヶ月の災害予報を提供している。

 しかし、これには苦労も絶えない所がある。気象予報「旧時代」や「短期間地球温暖化モデル」の演算結果は、誰でも分かりやすいCG映像などではなく、ただ黒い画面に写された白い文字列のみである。しかも英語という厄介な言語で書かれている。

 言語の壁は問題ないとして、演算結果を読み取ることがかなり難しい。川口はこの解読作業を、「亀卜による占い」と称している。

 そんな中、川口はある決断をしようとしていた。

「うーん……。やっぱり一日の予報の回数増やしたほうがいいですかねぇ……?」

 現在の天気予報の運用を変えるという決断だ。相談相手は山下先生である。

「本当ならそれが一番いいのかもしれないね。最近のテレビやネットの天気予報は当たってない印象があるし」

「多分、旧来の気象モデルを使ってるからですね。環境が変化した今だったら、これまでのモデルでは通用しませんし」

「それはなんとなく分かる。人々の不安や被災の確率を下げるために、予報の回数を増やすのはいいことだと思うよ」

「でもそうすると、自分が3人くらい必要なんですよね……。研究室の備品の量子コンピュータを持ち帰るわけにもいかないですし、じゃあ今日から泊まり込みでって言われても大学側が許可してくれるとは思えないですし」

「うーん……。生活拠点が研究室になるのはちょっと問題だなぁ……」

 そう唸っていると、突然研究室の扉が開いた。

「話は聞かせてもらった!」

 そこにいたのは、同期のメンバーであった。

「お、お前ら! 盗み聞きしてたのかよ!」

 川口の驚きをよそに、同期たちは山下先生に提案する。

「先生、これは人を助ける重要な仕事だと思います。科学技術は人を豊かにし、人の助けになるべきです。ならこれは僕たち研究室のメンバー全員が背負ってやるべき事だと思うんです」

「それは一理ある。だからといって大学のルールを破らせるわけには……」

 山下先生が渋っていると、研究室の入口に初老の男性の姿が現れる。

「山下准教授、彼らから話は聞かせてもらいました」

「が、学科長!」

「これが多くの人を救うのであるなら、科学を志す者としては十分な理由になります。学部長や学長には私から話をして、特例として研究室を仮の居住区にすることを認めさせましょう」

「学科長……、ありがとうございます!」

 川口は頭を下げる。

 こうして研究室のメンバーを巻き込んだ小規模な臨時の気象予報センターが出来上がったのであった。

 早速川口は、気象予報や気象モデルに関する知識をメンバーに叩き込む。とにかく気象モデルを使いこなせるようにするのが目標である。

 その間に、一日一回だった気象予報を一日三回にまで増やす。

「これで多くの人が助かればいいな……」

 翌日には、学科長が学部長と学長に話をつけてきて、正式に研究室に寝泊りすることを特例として認めてくれた。これで川口たちを止めるものはない。

 それから数日後。この日、朝の天気予報をするために「旧時代」で演算をした。その結果、東京都心の気温が46℃まで上昇するという結果になった。

「これは不味い……。外に出れば確実に熱中症になる……!」

 川口は、SNSの気象予報でこの情報を書き込んだ。

『本日は東京都心の最高気温が46℃になる見込みです。外に出るのは危険です。外に出ないでください。仮に外に出る場合は、水分補給を忘れずに』

「一応警告はしたけど……」

 そうは言っても外に出る必要はある。これで助かる人が増えれば、と川口は願う。

 だが現実は違った。その日の夕方のニュースにて、熱中症が原因とみられる症状で死者が500人を超えたという報道がなされる。

 実際の東京都心の気温は、ヒートアイランド現象による熱波で52℃を観測した。さらに日本海側ではフェーン現象によって49℃を観測する。

「この気象モデルでも駄目なのか……? 俺たちの想像を軽々と上回ってくる……」

 川口はパンドラの箱を連想した。開けてしまったが最後、様々な絶望が解き放たれたような感じだ。そして祈る。その箱の底に希望が残っていることを。

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