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灼熱地球  作者: 紫 和春
5/12

第5話 正気

 それから半年ほどの月日が経った。

 季節は冬になったものの、例年のように暖冬が続く。今年の冬も、全国的に見て暖かいらしい。

 川口の住んでいる地域も例にもれず、ここ数ヶ月の最低気温が10℃を下回ることはない。

 最近のニュースでは、去年に続いて南極での最高気温が26℃を超えたというニュースが取り沙汰されている。地軸の関係で気温が上がりやすい時期であるが、それでも極寒のイメージがある南極でかなりの高温を記録したことは、人々に悪い印象を植え付けた。

 その他、世界各地で異常気象が発生しているというニュースが、連日のように報道され続けている。まさに、地球温暖化が進んでいる証拠であろう。中には、地球温暖化対策のための最新の国際協定であるロサンゼルス協定より、さらに強力な温暖化対策を講じるべきという意見も出てきている。

 そんな中川口は、自分の知識と色々な技術を駆使して作った「旧時代」のバージョンアップを行っていた。

 それに加えて、これまで使っていた数ヶ月から数年の間の地球温暖化予測気象モデルを「短期間地球温暖化モデル」として運用を開始した。

 「旧時代」と「短期間地球温暖化モデル」は、もはや卒研の領域を超えており、これらを見た山下先生も半分呆れていた。

「よし、これで『旧時代』の小規模バージョンアップは完了……。それで温暖化モデルの方は……、今のところ現実と同じように動いているか……」

 目の下にクマを作り、半分感情を失いかけている川口。

 それもそうだろう。すでに4日連続で研究室に泊まり込んでいる。本当なら深夜の研究室使用許可を貰わないといけないのだが、カーテンと農業用の支柱を使って暗室を作ってしまい、光が外に漏れないようにしてしまった。

 その状態でほとんど寝ずに作業しているわけだから、もはや誰も止められない状態である。

 そんな状態であっても、川口は律儀に研究ノートを取り続けている。

「『旧時代』の予報は、現実の天気を正確に的中……。ただし最高気温の計算は誤差1℃の模様……。普通の気象予報としては十分な性能であるが、モデルの破綻も考えると、もう少し冗長性と汎用性を持たせることが課題……」

 もはや研究室の主となった川口。それを見かねた同期の友人が、川口に声をかける。

「川口、ちょっと飯でも食いに行こうぜ」

「無理。この後は温暖化モデルの調整があるから」

 研究ノートを置いて、川口は量子コンピュータに手を伸ばす。

 その手を友人が掴んだ。

「駄目だ。今のお前には休息が必要だからな。問答無用で連れていくぞ」

 そういって友人数名に体を拘束された。最近まともに食事も取っていないこともあり、川口は簡単に拉致されてしまった。

 場所は近所の居酒屋である。そこそこ安く、二十歳を超えた学生ならお世話になっている大衆居酒屋だ。

「とりあえず生4つ。あと鶏の唐揚げと軟骨の串8本、それにフライドポテトで」

「あいよっ!」

 テーブル席でがっちり逃げ道を固められた川口。そのままビールが目の前に置かれる。

「川口、卒研に熱心なのはいいけど、さすがに人間の生活捨てるのは不味いぞ?」

 ジョッキのビールを半分ほど飲んだ友人が川口に諭す。

「お前は真面目でしっかりしてる性格だからな。それに根を詰めすぎている。もう少し肩の力を抜きな。何もお前だけしか居ない世界じゃないんだからな」

「そうだよ。お前だけが背負うべきことじゃないからなっ」

「何かあれば俺たちのことも頼ってくれよ」

 その言葉に、川口はなぜか涙が出てくる。特段特別なことは言われていない。しかし協力者や理解者がいるという安心感が、川口の緊張の糸をほぐしたのは確かだろう。

「ほら、全部泣いて飲んで忘れろ、な?」

「うん……、うん……」

 川口はジョッキを持ち上げ、ビールを流し込む。

 それと同時に頼んでいた料理が続々と到着する。それらをつまみながら、川口は久々に笑ったことを自覚する。

 友人のいう通り、少し根を詰めすぎていたのだろう。

 その日はアパートに戻り、しっかりと熟睡した。

 次の日には元気になった川口が研究室にやってくる。

「さて、昨日の続きをしなきゃな……」

 そういって量子コンピュータの地球温暖化モデルを起動する。

「確か、今の所は現実通りに動いているけど……」

 その後の温暖化の影響を確認する。

 もしシミュレーション通りに温暖化が進行すれば、春にかけて世界中の氷河が大きく後退するようだ。それに伴って、海水面が1ヶ月の間に最大10m上昇する所もあるとのことだ。これ以上海水面が上昇すると、沿岸部の都市がいくつか沈むことになる。

「そういえば東京23区内には海抜0mの地域があるって聞いたことがある……」

 もし東京湾の海面が10mも上昇することがあれば、確実に東京23区は沈む。むしろ今まで何も影響がなかったのが奇跡だったのだ。

 川口はすぐさまこのことを山下先生に報告する。

「うーん、でもシミュレーションの結果なんでしょ? すぐに影響があるとは思えないけど……」

「それでもすぐに避難行動を取らないと、多くの人々が死ぬ可能性があるんですよ!?」

「そうかもしれないけどなぁ……」

 山下先生は少し考えた後、とある答えを出す。

「それなら新しくSNSのアカウントを作るのはどうだろう?」

「それは考えました。でも情報発信の規模が小さい上に効果が少ないかと」

「でも、やらないよりかはやったほうがいいと思うな。僕は学科長と気象学会に話をしてくる。あぁ、それに無駄かもしれないけど、気象庁にフォーラムから意見文を出したほうがいいと思うよ」

「それなら民間気象予報会社の気象レポート株式会社にも情報提供したほうがいいかもしれないですね」

「そうだね。気象庁と気象レポートへの意見文はよろしく頼むよ」

 こうして、川口は意見文を作成した。要約すれば次のようになる。

『この先数ヶ月は、人類の体験したことのない大規模災害が発生する。情報の拡散求む』

 これをフォーラムから送る。

「今はこれしかできないのがもどかしい……。どうにか届いてくれ……」

 川口は藁にもすがる思いでメッセージを送る川口だった。

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