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灼熱地球  作者: 紫 和春
3/12

第3話 結果

 時は流れて7月。そろそろ梅雨も明けるころである。

 例年通り、東京ではヒートアイランド現象も相まって、実質的な気温が50℃近くまで上昇するという危険な状態にあった。

 川口が住んでいる地域も、南から小笠原気団が張り出してきていることもあって、非常にムシムシとした状態が続いている。

 そんな中川口は、課題である論文の読み込みを進めていた。川口の論文は「台風がもたらす高潮の予測」というものである。複雑な力を持ち合わせた台風に対し、人工衛星によって撮影された雲の画像から、風速や海面水位の情報を取得し、沿岸地域の高潮警報の発令に繋げるというものだ。もしこの技術がうまくいけば、地震発生時の津波の精密な情報も予測することが出来るそうだ。

 気温が下がり始める夕方ごろ、川口は量子コンピュータでのシミュレーションの結果を確認する。あれから何度かシミュレーションするが、結局は熱暴走や異常な数値によるエラーを吐いてしまっていたのだ。

「さて、今回はうまくいったかなぁ?」

 演算速度を極端に下げ、なるべく負荷をかけないようにするという力技で、今回のシミュレーションを行った。

「頼むよー、演算だけで1週間もの時間を使ったんだから……」

 そういって演算結果を確認してみる。

 量子コンピュータの演算は少し特殊なものだ。仮に「1+1」という計算をさせたとき、量子の重ね合わせを利用して複数の演算を同時に処理する。ここで1024個のビットで同時に処理出来たとして、その結果は一つに定まるとは限らない。1024個のビットのうち、半分の512個が2を、さらに半分の256個が1と3を算出したとして、最初の「1+1」の回答は、「2が50%、1と3が25%ずつ」という、実に曖昧な出力をするのである。これを最終的に人間が見て、「答えは2である」という回答を得るのだ。

 本来の量子コンピュータの計算方法はもっと複雑であるが、大雑把に言えばこのようなものになる。そのため真偽は不明だが、一部の科学者からは「量子コンピュータの答えは占い師や呪術師に通ずる」なんて言われることもあるのだ。

 今回川口が使った量子コンピュータは、分岐型重ね合わせシミュレーションというものである。いくつかの分岐が発生した場合、確率の低いシミュレーションを切り捨てて行う。大学生などが行う研究では最もスタンダードな演算処理方法である。

「さてさてー……、結果はっと」

 プログラムのコマンド画面を開いて、演算結果を確認する。結果は当然のように英語で書かれており、それを読むという作業が出てくる。定型文のように表示されるものの、これを解読するだけでも一苦労だ。

「えーと……、AVERAGE TEMPERATUREが……31.5?」

 この項目は、地球の平均気温を示している。つまり、平均気温が31.5℃であることを表しているのだ。

「……ん? 平均気温が31℃?」

 2068年現在の地球の平均気温は、おおよそ16℃前後。それを考えると気温が上昇しすぎている。

「海面水位の上昇が……+240m!?」

 この海面上昇は白亜紀に相当、もしくは超えている。言い換えれば、氷河や氷床のほぼ全てが溶け切った状態だ。

「人類の経済活動を大きく抑制した場合のCO2排出量でも、大気中の二酸化炭素濃度が22倍!?」

 現在の人口を上限100億人にしていたとしても、森林の減少や海中に溶けたCO2の放出が加速し、結果として大気中の二酸化炭素の量が増えていることになる。

 その他、海水面上昇に伴った海流の変化や、太陽の活動の影響といった要因を除いたとしても、地球の未来はかなり温暖な気候になると予測しているのだ。

「こ、これの経過時間は……?」

 時間設定をしていたためなんとなく嫌な予感はしていたが、川口はこの条件になるまでの経過時間を見た。

 答えは、「MONTH=24」である。

「24ヶ月……」

 川口は完全に固まってしまった。たった2年の間に海面が数百m上昇し、地球の平均気温が30℃を超え、二酸化炭素濃度が現在よりも何十倍にもなるのだ。

 とてもじゃないが、一介の学生である川口には受け止められない現実であった。

 そんな時、川口の驚いた声に気が付いたのか、山下先生がやってくる。

「どうした、川口。変な声が聞こえてきたが……」

「せ、先生……、これ……」

 先ほどの衝撃が強すぎて、ほぼ固まった状態でパソコンを指す川口。

 山下先生がパソコンを覗き込むと、少し険しい表情をした。

「うーん、これはまたすごい結果が出たね……」

 腕を組みながら、川口のほうへ向き直る。

「ただ、そこまで深刻な話じゃないと思うよ。今回の演算結果の確率は16%。外れる確率のほうが強いって見方も出来るね」

「そ、そうですか……」

 川口は落ち着きを取り戻す。

「でも、こういうのは理想的な状況になるとは限らない。これは現状のまま、理想の状態で進んだ場合の結果だからね。もし隕石の落下とかあったら、この通りにはいかない。その他さまざまな要因が複雑に絡み合って結果となるからね」

「でも先生。これは結果として出ているんですよ。降水確率0%だからといって雨が降らないとは限らないじゃないですか」

 その時、暗雲が立ち込めるように、雷の音が聞こえてくる。

「確かにそうだね。この未来が起こらないように、祈るしかなさそうだ」

 そして振り出す夕立。警報級のゲリラ豪雨だ。

 しかし、これもまた日常である。その日常がいつまで続くかは、誰にも分からない。

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