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それは唇の味でした 中 ~カニバリスト・カーニバル 序~

 娘が意識を取り戻すと、そこは暗闇でした。それは夜空のような神秘的な闇ではなく、行き付く先まで黒のみで構成され、逝き着く先まで黒のみで構築された暗闇。 人間の負の感情さえも飲み込んでしまうような本当の暗闇――「『死ぬ』という事は、こんな視点なのかな?」と娘は不意に思ったのです。

 『あぁ、それならば私は死んでしまったのか』とも考えました。しかし、そこに『悔しさ』とか、『悲しさ』とかの感情が一切無かったのです。それもそのはず――あの朦朧とする意識の中、一瞬だけ見えた男を思い出すと納得できました。


 

 自然災害のような男。


 それは偶然に私を犯していった。

 それは突然に私を蝕んでいった。

 それは忽然に私を殺めていった。


「あぁ、納得しました」


 娘は呟きました。それは諦めでも皮肉でもなく、心の底からの言葉でした。だって自然災害は罪には問わせれない。只単に私の運がなかっただけなのだ。それならば納得。死ぬ事にも納得。――そう思えたのです。


「納得されたら困るよ」


 真正面から聞き覚えのある声が聞こえました。その落ちつきのある口調なのに、どこか人を不安にさせる声――あの男です。

 聴覚が正常に戻ると同時に彼女の全ての感覚も正常に戻されていきます。両腕は『何か』を持たされながらテープとロープでグルグルに固定され、口は気絶してたからか涎を垂らし、視界は布のような物に遮られ、足は裸足の状態ですが自由が効きます。

 背中に壁を、足元はフローリングの感触を感じ、此処が家の中であると分かりました。

 

 『あぁ、私はまだ生きている』。娘は安堵しました。先程の『死の実感』はどこへいったのやら……人とは矛盾だらけです。しかし、その『生の実感』は同時に『恐怖』を呼び起こすのです。身体は恐怖で硬直し、思考は恐怖で曖昧になり、これから起こりうる『恐怖』に恐怖しました。

 その中でも身体とは正直なもので、恐怖のあまり娘は失禁してしまったのです。それを見て、その男はこう言いました。


「『身体は正直だね』なんて台詞は成人向けの雑誌でしか見た事がなかったが、まさか自分がその台詞を言うとは思わなかったよ。ははっはっ! 自分の変態加減に吐き気がするね! 良いかい? 言っちゃうぞ? 変態と言われようが言っちゃうぞぉ? 『身体は正直だね』?」


 そう言うと男は本当に楽しそうに笑いました。その声は娘の鼓膜をズタズタに切り刻む様に響くのです。それにまた恐怖して、それでもまた聞こえて、そしてまた恐怖する――怖いよ。

 不意に男は笑いを止め、此方に近づいてくるのが分かりました。視界は塞がれてるのに分かってしまうのです。それはその男自身の存在の濃さというべきなのでしょうか。上手い言葉が見つかりませんが『感じ』てしまうのです。

 足は自由に動かせるのに、体が動きません。娘は胎児のように背中を丸めてガクガクと震えることしかできません。――きっと目の前には男がいるのでしょう。その存在をヒシヒシと感じます。

 そして不意に太股辺りを指で丁寧になぞるような刺激を感じました。その突然の刺激に娘は『ひっ……!』と声を出してしまいました。齢十四歳の娘には感じた事の無い刺激だったのでしょう。娘は困惑しました――そしてやはり恐怖しました。


「ん……甘いね。君はお菓子が好きだろう? しかも、これは……チョコだね! ははっは! 確かにチョコは疲れた時には良いけど摂取し過ぎだ。この年の女の子は甘い物ばかり食べてしまうからね。もっと野菜と肉を食べなさい! いいね?」


 それは男が娘の尿を舐めて言った台詞でした。その異常な行動とは不釣り合いに、いつも母親から言われてる台詞に娘は少し、本当に少し安堵するのです。

 ……母親? そう。娘の母親はどうしたのでしょう? 父親はどうしたのでしょう? 気絶した時間はどれくらいか分かりませんが、短く見積もっても二十一時は回っています。その時間なら二人はもう家に居る筈なのですから。娘はその唐突な、けど当然の質問を震える声で問いました。


「マ、ママとパパは……どうしたんですか…………?」

「んー? ママとパパかい?」

「は、い……」

「…………」

 

 男は答えてくれません。その沈黙が彼女を最悪の展開を想像させます。

 『パパとママはもう殺されているのではないのか』と。それは至極当然の考えです。この異常者なら殺りかねない……いや、殺らない方がオカシイ。けどそれを聞き返せない。だってそれを聞いたら…………。


「んっふふ。生きてるよ」

「え?」

 

 それは意外な答えでした。しかしその答えを聞いても安心なんてできません。今度は声を荒げながら娘は言います。


「ど、どこに居っ……!」

「待った待った! 駄目だよ。直ぐに怒っちゃ駄目だ。やっぱり君は栄養が偏ってるな……よぉしっ!」


 そう言うと男は、娘をお姫様抱っこして――。


「食事にしよう! 私のしがない料理で申し訳ないが、栄養だけはバッチリさ! んっふふ。味に関しては目を伏せてくれよ? それと、申し訳ないが君も手伝ってくれないか? これは楽しくなってきたぞぉ」


 そう言ったのです。

 そして、鼻歌交じりに男は娘を抱えながら歩き出しました。

 

 その時、初めて娘は自分の両手と一緒に固定されてるものが、刃物だと分かったのです。



                                              ~続く~ 

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