カナンの砦攻略戦③
「何やってやがんだこの役立たず共が!!!」
カナン砦に居座る盗賊団のボス、ガダは怒りに声を震わせていた。
島喰亀の襲撃騒動から戦勝ムードに浮かれていた仲間たちを尻目に、彼はとんでもない禁忌に触れてしまったことに対する恐れと、能天気にバカ騒ぎをする仲間たちに怒っていた。
そして事のすべてをなしたあの“死霊術師”に対して憎悪していた。
元々彼ら盗賊団は常に飢えと魔物の脅威に襲われる中、必死に生きる追放者の集団だった。その日食べるのにも苦労していたのは確かで、細々と、他者の蓄えをわずかに掠め取るようにして生きていくだけの狡い盗賊だった。
それを、あのどこから来たのかも分からない死霊術師は劇的に変えた。
魔物の脅威を排斥し、馬の死霊兵による移動手段まで用意して、活動範囲を劇的に広げ生活を豊かにした。仲間達はあっという間に死霊術士の男に心酔した。
が、元々リーダーだった彼は死霊術師のことが信用できなかった。あの男が来てから自分の肩身が狭くなった、というのが理由ではない。
――我が“神”の御力をもってすれば、罪深き貴様らも必ずや救われよう
あの男の言う“神”に当てはまる存在は、唯一にして太陽の神ゼウラディアしかない。
だがあの男は一度たりともゼウラディアへの信奉を口にしない。ならばあの男の言う神とは【邪神】だろう。それがガダには不吉だった。
ガダは自分がクズの悪党であると自覚している。外道であるとわかっている。だが、外道でも道は道だ。クズは屑なりの道理があって法則がある。
しかし、あの死霊術師はどこかの道に立っているようにすら思えなかった。どこまでも落ちていくかのような奈落の闇しか感じない。だというのにバカな部下たちはバカだから、死霊術師をセンセイセンセイと頼っているのだ。彼からすればたまったものではなかった。
島喰亀の襲撃も猛反対したのだが、それも他の仲間たちの賛同に潰され、決行された。
そしてこの襲撃騒動である。
ほら見た事か、と叫びたくもなるが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。このままではバカどもの巻き添えを喰らって自分が死ぬ。
「さっさと捕らえろ!!殺せ!!数はたったの二人なんだろう!!」
「でもボス、アイツラまるでこっちの位置がわかるみてえに!!」
「だったらそれがわかるような魔術使ってんだろ!バカか!!」
罵倒する。仲間達の頭が悪すぎる。なぜこんなにも考えなしなのか、と怒りをにじませるが、そもそもこんな場所にまで流れてきた奴らの頭がいいわけがなかった。
冷静になれ、とガダは自分に言い聞かせる。仲間たちには頼るな。どうせ役に立たん。襲撃から戻って以降ずっと部屋で引きこもってる死霊術師も同様だ。自分しか頼るやつはいないのだ。
「数はこっちが上回ってんだ!!数で囲え!!先回りを―――いや」
そこでふと、怒りに煮えていた彼の頭にアイデアが降ってわいてきた。怒りに満ちていた彼の思考はクリアになり、そしてニタリと顔が自然と邪悪に歪んだ。
「丁度いいエサがあんじゃねえか」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
カナンの砦1F、崩壊した正門へと続く中庭の道を横切る途中
「右方から敵影、後方からも来ています」
「動きが変わったな」
依然として、盗賊たちの囮となるべくして戦闘を繰り返すウルとシズクは、敵の動きの変化に気が付いた。先ほどまではただ此方を探し回り、そして発見次第突っ込んでくる、という実に単純で愚直な行動を繰り返しており、故にウル達の戦術の格好の餌食となっていた。が、今は違う。
「恐らくは此方の存在に気づいても、すぐには追いかけてきません」
「仲間を呼びながら、此方の道を塞ぐように距離をとる……か」
此方の探知能力に気づいたか?
勿論、その場合もウル達は考慮していた。敵に頭の回る者がいれば、相手の位置が見えているように動き回るウル達の感知能力の異様さにすぐ気が付くだろう。
最も危険な死霊術師以外にも、知恵者の一人や二人いたとしておかしくはない。
故に、この動きは予想の範囲内である。
とはいえ、予想していたから問題ないと言うわけでもないのだが、
「相手の数は5人です。恐らくですが死霊兵も動員されています。強引な突破はあまり望ましくありません」
数の優位を完全に押してきている。1人、2人なら即攻撃即離脱も叶うだろう。が、4、5人ともなると速攻で倒しきるのは難しい。死霊兵も邪魔だ。足が止まれば周囲にいる他の盗賊たちに横から殴られる。そうなれば終わりだ。装備の充実は圧倒的にウル達が上だが、数の優位には叶わない。囲んで棒で殴られればなぶり殺しだ。
「距離を取りつつ、攻撃で少しでも数を減らすしかない……か」
この盗賊たちの動きが知恵者の指示として、では何を狙っているのか?
此方の役割は陽動だが、敵も道を塞ぐようにして誘導しようとしている。ではどこに誘導しようというのか?事前の調査と魔導書で地形の知識は得たが、それ以外の知識の利は当然向こうにある。罠が仕掛けられている可能性も―――
と、そこまで考えた所で、シズクから呼びとめる声がした。
「相手の誘導しようとしている場所がわかりました」
ウルは咄嗟に助かったと顔を上げた。が、彼女の表情はあまり晴れ晴れとしたものではない。良い情報ではないらしい、という身構えをしながら、ウルは彼女の持つ魔導書をのぞき込んだ。
シズクが指さすのは、ウル達もいる砦の一階。ウル達の進行方向の先にある一室だ。その部屋には少なくとも10人以上のヒトがいることを魔導書は示していた。
待ち伏せか?とも思ったが、違う。待ち構えるにしてもここまでの数を見るからに狭い部屋で待機させるのは不可解だった。ではここに集結してるヒトの影は
「恐らくですが、盗賊たちにつかまった人々が此処に押し込められています」
「人質を取るつもりか…?」
ならば、急ぎ駆けつける必要がある。ウル達の目的の一つは人質の確保である。攪乱が第一の目的であったとしても、見捨てる選択肢はウルにもシズクにもない。が、
「人質は助けられるかもしれませんが、相手の思惑は防げないかもしれません」
彼女の言葉の意味を、ウルは理解していた。しかし、それでも人質の部屋に向かわないわけにはいかなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ボス!あいつら“奴隷部屋”まで先に着いちまいますぜ!!」
部下の一人が唸る。人質を利用する、という彼の言葉は頭の悪い部下たちでもなんとか理解はできたようだが、それ故に侵入者たちの動きの速さに焦っていた。奴らは速い。恐らく魔具か魔法薬の補助を使っているのは明らかだった。
だが、
「いーんだよこれで」
そう。これでいいのだ。
奴らは真っ直ぐに人質の部屋に向かっている。やはり此方の動きを察する探知の魔術か何かを利用しているのは間違いない。だが、此方に先んじて人質の下に一直線に向かうというのは、要は自分たちに人質が有効であると自白しているようなものだ。
「そんなに人質助けたきゃ行くがいいさ。逃がすも守るもままならんだろうがなあ」
で、あれば後は容易い。奴らの足を封じるのも、人質を利用し奴らを屈服させるのもだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……成程」
その様子を見たウルの第一声がこれだった。納得を示す言葉は、しかしそこに多大な、そして不快な感情が込められていた。眼前の光景を見れば真っ当な感性を持つ誰もがそうなるだろう。シズクを言葉を発さず閉口しているが、その目は悲しみに歪んでいた。
盗賊たちがウル達を此処に誘導した理由はそこにあった。
「いだい……いだい……」
「たす、たすけて……」
「……っああ……」
この部屋にいた誰もが悲惨な姿をしていた。綺麗な召し物だっただろう、今は血と泥にまみれたそれをもうしわけ程度に体に羽織りながら、体は鎖に繋がれ、体の彼方此方には切り傷と打撲痕、島喰亀の事件からまだ一日と経っていないにもかかわらず、彼らが待ち受けていた境遇は惨いの一言に尽きた。
分かりきっていた事ではあった。島喰亀襲撃なんていう真似をしでかした連中に、今更人質の扱いをどのようにしようと怖いものなどなにもないのだ。だが、実際に直面すると心が掻き毟られるような痛みと怒りを覚えるのは抑えられなかった。
「治療を行います」
「頼む……さて」
人質の現状は想像がついていた。だから治療の準備、回復薬の用意は可能な限り行なっていた。だが、彼らを治療するという事は足を止めるという事だ。先ほどのように逃げ回って誘導を行い、隙を見て反撃するような真似は出来ない。“足跡”のメリットはすべて潰れる。そして、
「気配、多数」
シズクから預かった“足跡”の地図、今ウル達のいる人質の収容された部屋を盗賊たちが囲っている。先ほどまではこちらを避けるようにして距離をとっていた盗賊たちが此方に距離を詰めていた。間もなくこの部屋に集中する。そうなれば数の暴力に押されて間違いなくこちらが死ぬ。そうでなくとも人質を守りながら戦うのは不可能だ。
要は追い詰められた。ではどうするか。
―――物事は事前準備が9割がた事の行く末を左右する
「……全くだな。ディズ」
ウルは嘆息し、そして竜牙槍を捻った。
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