女王様の結婚事情
竜吞ウーガの女王、エシェルの立場は酷く複雑だ。
立場上は、彼女は衛星都市の管理者、即ち第一位相当の地位にいる。ウーガがグラドルの属国、衛星都市国という立場にある以上、そうなる。しかし彼女自身は第四位の官位である。
それは、前のグラドルの支配者であるカーラーレイ一族の無茶苦茶な采配の影響、負の遺産ともいえる。本来まかり通るはずのない人事が行われてしまった結果だった。
取り急ぎ彼女の官位を第一位、ないし第二位へと昇格させる方針で話は進んでいるのだが、まだ時間がかかる。独立したラーレイ家がいきなり第一位に昇格させる特例をどのように設けるか、検討がなかなか進んでいない。
結果、第四位の都市支配者という奇妙な存在が誕生した。しかも彼女は正規の鍛錬を積んだ神官ですらない。ウーガという前代未聞の都市国、その特異点の象徴となってしまっていたのだった。
そんなわけで、各都市国との会食が行われると、必然的に彼女の周りにはヒトが集まる。
純粋にコネクションを築きたい者もいれば、彼女自身に興味をもった野次馬根性の者もいる。低い官位でありながら都市を支配する不届き者と嫌悪を剥き出しにする者もいれば、侮って、彼女を取り込んでウーガを支配しようなどと目論む者までいる。
彼女は注目の的だ。
そして困ったことに、エシェルはこの手の会食に全く慣れていない。
過去が過去だ。真っ当な官位の教育がすっぽりと欠落してしまっているが故に、彼女には経験も知識も無い。勿論、賢明に学習を続けているが、ここまで複雑怪奇になってしまった彼女の立場と、それを利用しようと目論む百戦錬磨の老獪達を相手取るにはまだまだ全く経験が足りない。
結果、会食などの時はフォーメーションが形成される。
メンツにもよるが、シズクとカルカラを中心に、リーネやレイ、時にディズなどが彼女を中心に集まって、エシェルに近づく者達を、的確にいなして、時に応対することで彼女に近づけまいとする、防御壁を造ったのだ。つまるところ、彼女に直接接触させずに、ボロを出させないようにとする苦肉の策なのだが、なんとかそれで乗り切っていた。
だが、弊害、といって良いかは不明だが、このやりとりを続けた結果、エシェルにはさらなる風評がつきまとうこととなった。
深紅のドレスを身に纏い、意味深に微笑み、誰も近寄らせない高嶺の花。女王の玉座から、グラドルを含めたあらゆる国々を翻弄する女。カーラーレイの血筋を引きながらも、その壊滅から逃れ、遺産の全てを簒奪した姫君。
恐るべき、竜吞みの女王、簒奪女王エシェルと。
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【衛星都市リッカ】パーティ会場 貴賓室にて
「づーかーれーだあああ!ウルゥゥウ……!!!」
「はいはいよしよし」
そんな女王が、灰の英雄相手に駄々をこねながら情けの無い顔でくっついている光景を見たら、世間はどう思うだろうか。まあ、間違いなくロクな想像はすまい。
本日彼女のバリケードを担当していたレイはやや苦い顔になった。少なくともこの光景は絶対に外部の者達に見せてはならないと決めた。
「というか、めちゃくちゃぐいぐい来ようとする奴らもいて、アイツら何なんだ!」
「貴方に近づいて、あわよくば結婚しようって輩でしょう?」
同じく、今回のバリケード役だったリーネが答える。確かにそういう輩の姿は見受けられた。確かに、エシェルと結婚すれば、ウーガという巨大移動要塞都市との繋がりは一気に深くなる。それを狙おうという輩が増えるのは必然の流れだった。
「え、嫌だ」
「即答」
が、当人はこの有様である。
「ですが、女王の年齢的に、そろそろそう言った話を進めてもよい頃合いかと」
一応現在、彼女の臣下としての立場にいるレイがそう忠告すると、女王はそのままウルに思い切り抱きついて、真顔で断言した。
「ウルと結婚する」
「おお……」
外に漏れたら危険な発言が次から次に飛び出してくるのでレイは軽く目眩を覚えた。
「まあ、黄金級になったら出来る…………のか?」
一方で、そんな大胆なる告白を聞いてた当のウルはといえば、それほど動揺しているようには見えなかった。ぐりぐりと押しつけてくる彼女の頭をソファの上で撫でながら、のんきに首をかしげた。
「微妙なところですね。イレギュラーとイレギュラーがくっつくとなれば、どういう不要な問題が起こるかわかったものではないです。場合によっては、ストップが入るかも」
「別に表立って結婚できないならそれでいい。ウル以外誰とも結婚しない」
カルカラが補足するが、それでも彼女は一切ぶれなかった。ウルにのしかかるようにしながら、彼の顔を見つめて、ハッキリと断言した。
「傍にいられるなら、奴隷でもペットでも構わない」
彼女の目は据わっていた。ウルはそんな彼女に動揺することもなく、「そうかい」と頭を撫でた。
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「想像以上にヤバい関係ね。貴方たち」
「大分マシになったんだけどな、これでも。普段は落ち着いてるし。今日はかなりストレスもたまってたんだろう」
それから暫くした後、疲れていたのだろう。エシェルはウルの腕の中で眠ってしまった。彼女を起こさないように膝枕するウルはそんな彼女にも慣れた様子だったが、途中からウーガに加わったレイには慣れないところも多かった。
ウルと女王の関係には未だにつかめないところが多い。女王の好意はあまりにもあけすけ直球だが、どちらかというとわかりにくいのはウルの方だ。
「本当にする気あるの?彼女と婚姻」
「エシェルを守るのに必要ならそうするが」
試しに問うてみると、ウルはウルで即答した。
「そういう覚悟はあると」
「どうあれ、そうすると決めたからな。翻さんよ」
まあ、こういう男である。一度決めたら断固として半端な所業はしない。だからこそあの砂漠も越えられたのだろうが、しかしこういった方面でもその性質に変化は無いらしい。
とはいえ、多くの問題が見え隠れするエシェルの結婚だ。そう簡単に決めて良いものではないとおもうのは、元々自分が天陽騎士だったからだろうか、と、レイは少し悩ましげにため息をつく。
「貴方は良いの?女王の身内なのでしょう?」
カルカラに確認すると、彼女は平然とした表情で頷いた。
「私は、彼女の願いを果たすだけです」
「なんというか、極端な意見ばかりね。貴方は?リーネ」
「……まあ、色々思うところもあったけど、いいんじゃない」
白王陣に関わらなければ常識的なリーネも、今回は自分の味方ではなかった。
「一応、貴方は真っ当な官位持ちでしょうに。忌避感とか無いわけ?」
「彼女の事情はある程度聞いてるでしょう」
リーネは肩を竦め、眠っているエシェルを見つめた。その視線は優しく、労るようでもあった。
「親兄弟姉妹の意向に従って必死にやって、その結果全部から裏切られたのがこの子よ」
彼女の事情は確かに断片的に聞いている。様々な陰謀に翻弄された結果、血族の大半が死亡する等という壮絶極まる境遇を経て、今の状態にあるという話も。
「世界はこの子を守ってはくれなかったのだから、その世界の常識とやらを無視する権利はあるわよ。少なくとも、真っ当に守られて育った私が常識を武器に殴りつけるような真似、しちゃいけない」
彼女の言うことは、理解できないわけでもなかった。
自分もどちらかと言えば、社会の常識、世間に守られなかった側だ。勿論だからといって邪教徒の様に闇雲な復讐を仕出かそうなんて考えることは無いが―――なるほど、苦言を口にしてはいたが、彼女がウルと結婚するようなことになった時のことを想像してみても、自分の中に忌避感は皆無だった。
「はぐれものばかりね。ウーガは」
「貴方もね」
そう言われて、しっくりきて、落ち着いた。開き直りとも言うが、彼女がどういう選択をした後でも、彼女を守るのが自分の仕事だという割り切りを得た。
まだ、此所に所属して短いが、居心地はよい。良くしてくれる場所に報いたいと思うのは人情だろう。
と、そう思っているとノックが聞こえてきた。扉が開くと、レイの上官に当たる大男が顔を見せた。
「ジャインどうした」
「女王は……寝てるのか、まあその方が良いな」
彼はエシェルの姿を見て少し安堵したように頷く。
「……エシェル関係?」
「ラビィンから連絡が来た。第二位のボンボンがウーガに押しかけてきたんだよ。竜吞の女王と結婚してやってもいい、ってすっげえ上から目線でな」
その場にいる全員が顔を見合わせる。タイムリーな話題、もといトラブルだった。
「どう対応する?適当に追い散らすだけなら、塩でも撒いておくが」
「女王は、そこの英雄以外と結婚する気は皆無みたいよ」
「んじゃ、情け容赦なく砂糖けしかけるかね」
レイの言葉に、ジャインは即座に応じ、音も無く静かに扉を閉めて出て行った。エシェルはむにゃむにゃとウルの膝を枕に心地よさそうに眠り続けるのだった。
後日、無礼にもやってきた第二位のボンボンは、シズクによって文字通り骨抜きにされて、その男の実家からなぜか感謝の手紙が送られたりなんだりと騒がしかったが、当の女王には一切その情報が届くこと無く、そのトラブルは収束したりしたのだった。




