非行少年少女らと紅の蜘蛛の糸
【至宝の守護者】
至る所から聖遺物を盗み出し、さらなる犯罪行為に利用していた彼らは、本来であれば言い訳の余地の無い犯罪者の集まりだった。窃盗という点、盗み出していた物品の重要性、何よりも、精霊から賜った品々を悪用するという、精霊達への信仰を汚す行為、どれ一つとっても言い訳の余地の無い犯罪だ。
そんな彼らを法の追求から守ったのは、彼ら自身の家柄、権力による守護によるものだ。彼らが名無しであったなら、間違いなく今既に牢獄の中で、重い刑罰を課されていたことだろう。
現在、ウーガの中で「手頃な労役」をこなすだけで済んでいるのは、彼らがとてつもなく恵まれている何よりの証拠だった。
「はやく!こんなところから逃げ出すわよ!」
が、しかし、享受している幸福という物は、なかなか当人には自覚しがたいものだった。
【至宝の守護者】の一員だったレナミリアは現在、仲間達をつれて、真夜中の逃亡劇のまっただ中だった。
ウーガで馬車馬の如く(当人の視点)働かされていたが、もう限界だった。小汚い名無し達に紛れて、ひたすらに重い荷物を行ったり来たりと運ばされるのは耐えられない!
「もう!全部カルターンの所為よ!」
カルターン、【至宝の守護者】のリーダーであった彼の「遊び」につきあった結果、自分達はこんな目にあっている。
カルターンの「遊び」に、レナミリアは比較的積極的だった。
彼女の家は第三位、高位の官位であり、そして精霊との親和性が高い。しかし、レナミリアは精霊の鍛錬は行っていなかった。精霊とのつながりを得るための鍛錬はあまりにも過酷で、彼女はそこから逃げ出した。精霊という力そのものに対する忌避感を覚えていた。だから、そんな精霊から賜った宝を、無法な手段で手にして、好き勝手に使おうとするカルターンの蛮行は、レナミリアには小気味よかったのだ。
だけど、勿論ソレは自分の安全が確保された上で行う「遊び」としては、だ。
こんな風に、罰を受けて責任を背負わなければならないなんて、聞いてない!
「ああ、もう!全部カルターンの所為よ!」
そんな風に怒りを向けられたカルターンもまた、労役についていた。リーダーであったことを鑑みて、わざわざ自分達とは引き離された上で別の場所で働いているらしい。一度、接触したこともあったが、彼はすっかり、リーダーとしてやっていた頃から比べると、気落ちしていた。
「皆がこうなったのは、ボクの所為だから」と、しおれていた姿に、レナミリアはがっかりした。【守護者】のリーダーをやっていたときは溌剌としていたのに、見る影も無い。こんな情けない男についていった自分が、惨めだった。
「さあ、こんな場所から逃げだそう!」とそう言い出すことを期待していた自分の望みは打ち砕かれた。
だから、逃げ出す。こんな嫌なことばかりな場所からさっさと逃げるのだ。自分と同じように、「もう嫌だ!」と嘆いている仲間達を引き連れて、レナミリアは脱出計画を立てた。いつまで経っても自分達を助けに来ない、家族達に期待する事も出来なかったのだ。
ところが、まあ、当然と言うべきか、その脱走もあまり上手く行かなかった。
「ここ、何処だよ……?」
「さっきも通らなかったか?」
「ねえ、レナミリア。不味いって……!」
地上の、住居区画は、ヒトが利用しやすいようにできているが、人目から隠れるようにして移動しようとすると、途端に迷いやすくなる。極めて特殊な存在であるウーガは、通常の都市とは全く異なる。彼らは同じ場所をぐるぐると回る羽目になっていた。
「ああ!もううるさい!どれもこれも全部カルターンの所為!それに……」
仲間達の不安げな声に、レナミリアはいらだち、そして背後を睨み付けた。
「アンタの所為よ!ルース!!」
「…………そうだね。ボクには、責任はあるよ」
ルース、自分達を裏切り、このような状況に押しやった元凶。彼もまた、自分達の脱走計画に同行していた。また裏切るつもりなのか、と思っていたが、彼は淡々と、自分達に同行している。泣きわめいてばかりの役立たずと比べればまだマシだけど、それでも腹が立つことには変わりない。
むかつく、むかつく、むかつく!どうしてこう、何もかも上手く行かないんだ!
レナミリアは血が上りきった頭で、頭をぐしゃぐしゃにかき回す。その時だった。
《なーなー、なにしてん?》
不意に、上空から声がした。紅と金色の、鳥のような虫のような羽の生えた、奇妙な妖精が、自分達を見下ろしていた。
「何よ、使い魔……!?」
《あそんでるん?》
「あっちいきなさいよ……!」
石でもなげつけてやろうか、と思ったが、仲間の一人が声を上げた。
「まてよ、ウーガの連中の使い魔なんじゃ無いのか?」
ぴたりと、全員が動きを止める。もしもこの脱走がばれたら、今度はどんな仕事をやらされるのかわかったものではない。彼らは恐怖に震えた。しかし、
《まよってんなら、みち、おしえてあげよっか?》
妖精は、なんでもないように、彼らに救いの糸を垂らすのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《こっちよ》
妖精の言葉に従い、レナミリアは細い通路を進む。
彼女の案内する通路は、レナミリア達がここまで通った道よりも遙かに増して、ややこしかった。時に、道ですら無い通路を進み、機関部と思われるような場所に潜り込みながら先へと進む。あっという間にレナミリア達の格好はどろどろになった。
「なあ、俺たち、騙されてるんじゃ……?」
「五月蠅いわね……だったら道を知ってる奴他にいるわけ?」
「まあ、そうなんだけどさあ……」
仲間達の弱音をレナミリアは一喝する。この期に及んで、意味の無い泣き言ばかりはく仲間達に心底うんざりだった。こんなことになるなら、自分一人で逃げ出した方がよっぽどましだった!
《なーなー》
「なによ!」
その苛立ちのまま、妖精の言葉にうなり声を上げる。妖精は気にする様子も無く、此方を見つめて、問うてきた。
《なんでにげるん?》
「うんざりだからよ!!」
叫んだ。これまでの鬱憤を晴らすかの如く、吼えた。
「やりたくもないことばっか押しつけられてる!!私は悪くないのに!!私の責任じゃ無い
のに!!」
《そうなん?》
「全部カルターンが悪いのに!どうして私まで巻き添えを受けなきゃいけないの!?意味が分からない!!!」
《そうなんかあ、たいへんねえ》
「バカにしてんの!?」
肯定されて、それでも腹が立った。
何もかもむかついていた。レナミリアは自分のコントロールを見失っていた。どうしようもなくなって、感情をひたすらにぶつけていた。それが、良くない状況であることは、彼女自身だって無意識には理解していても、止めることが出来なかった。
《んーんー》
だから、そんな彼女の狂乱を、引くでも無く、怒るでもなく、悲しむでも無く、ただまっすぐに受け入れる妖精の姿は、見た目や言葉遣いの幼さ以上に、どこか、大人に見えた。
《バカにするほど、わたし、あなたのことしらないもの》
そう言って、その小さな掌で、ぽんぽんと、やさしくレナミリアの頭を撫でる。
《ほんとうにそうかもしれないのに、バカにしないわ。だいじょうぶよ》
「…………」
そういって、そのまま案内を再開する。気勢を削がれたレナミリアは沈黙し、その後、黙って彼女の後をついていった。