六輝竜神
相克の儀式は止めることは出来ない。
アルノルドはその事を戦いの最中、理解していた。敵の準備した儀式の強度はあまりにも高い。いくらかの欠損や破損が起ころうとも、何一つ止まらない。こちらがこの決戦のために準備を進めていたのと同様に、相手もこの儀式の準備を進めてきたのだろう。
敵の儀式の進行を止めることは出来ない。それは覚悟した。
儀式の完了後、どう攻略をするか。その事に焦点を定めた。途中、“介入”があったとはいえ、結局は最初想定し、覚悟したとおりの状況になった。
『【六輝解放】』
そして、その判断は間違いであったかも知れないと、既にアルノルドは若干後悔しはじめていた。
グリードが唱えた瞬間、グリードの背の光輪が回転を開始した。
回り、光を放つ。その放たれる魔力のみで空間を圧し、叩き潰す。身体が引きちぎれそうな感覚を、アルノルド王は受けていた。まだそれは攻撃ですら無かったにも関わらず、その圧力で身体が、迷宮が、軋みを上げる。
雑務を担当していた者達を途中で置いてきて良かった。
攻撃でも何でも無いこの魔圧を受けただけで、無防備な者は圧死する。
そんなことを考えている内に、グリードは飛んできた。応じて、アルノルドが拳を握る。
「【天罰――――】」
『【――――覿面】で、いいのかしら?』
膨大な魔力でもって拳をたたき込む、技術も何も無いアルノルドの技、それを放つ前に、真正面から“逆にそれが飛んできた”。強欲の竜は、その全身にアルノルドの持つ光と同じ輝きを纏わせて、殴りつけてきた。
「っが!?!」
『私、割と根に持つタイプなのです。お礼させてください―――ね!』
拳が飛ぶ。壁に叩きつけられる。ラッシュは止まらず、叩きのめされる。守りを固めても、貫くかのよう拳が隙間にたたき込まれる。天賢王は武術に精通しているわけではない。一方で、グリードの拳術は達人のそれだ。熟達した者の技だった。
天賢の技が、正しい使い手たるアルノルド以上の精度でもって跳ね返ってくる。
「っがはあ!?」
『良いですね。暴力的で、大変素晴らしい―――――さて』
「【愚星咆哮】」
地下迷宮の建造物にたたき落とされ、瓦礫の山に沈み込んだアルノルドを支援すべく、ブラックの咆哮が奔る。闇をグリードは素早く回避した。決して受け止めようとはしない。グリードを捉えられず闇は背後の瓦礫に着弾したが、ブラックは笑みを深めた。
「ッハ!!そのザマになっても【愚星】は効く―――!?」
『ええ、そうかもしれませんね、当たるなら』
その魔王の眼前に、グリードは突如出現する。転移、と魔王が気づき、応じるよりも早く、不可視の力が魔王の身体を握りしめて、壁に叩きつけ、貼り付けにする。
ウルが使用していた色欲の力、よりももっと純粋で自由な、魔力による掌握が魔王を捕らえた。愚星で力を崩すが、何重にも拘束は重ねられ、解けない。
グリードは小さく微笑んだ。
『その状態で当ててご覧なさい』
「性格わるっ―――――!!!?」
返答するよりも早く、魔王の身体は壁に引きずり回され、そして地面に叩きつけられた。ちょうど、アルノルドと同じ位置。狙いが分散せぬよう、容赦なく的確に、グリードは動く。
『【六輪】』
光輪が再び輝き、光が放たれ、叩きつける。迷宮がさらなる軋みをあげ、砕け散る。既に崩壊寸前であった階層が更に砕けて、軋み、崩落する。そのまま王二人を圧死させるべく、グリードは一気に光を放った。
死ぬ。
全身が軋みを上げる音をアルノルドは聞いた。だが、打開しようにも身動き一つ取れない。このままでは終わる、と、顔を上げると、グリードの背後に黒い流星が飛んだ。
『あら』
「アハ」
攻撃を中断し、グリードは振り返る。黒いドレスが舞い、鏡が散る。悍ましき、六輝の完成を前にしても尚、鏡の精霊は変わらず嗤う。
気がつけば、鏡が周囲に展開する。その全てから黒い槍が番えられていた。
「あはははは!!!!」
『【六輝・破界】』
それらの鏡を、グリードは空間を砕き、鏡ごと破壊する。五轟の竜の時よりも遙かに無駄なく、刃が物質を両断するように、空間を切り裂いた。
だが、砕いた瞬間に、周囲に新たなる鏡が出現した。その全てがグリードを睨んでいる。圧倒的な力を得た六輝の竜神すらも、簒奪の力で飲み込もうとした。
『【破邪竜拳】』
その欲望を、グリードは回避せず、正面から砕いた。
金色の籠手がその手に精製され、鐘の音が鳴り響く。一斉に鏡が砕け散り、粉砕する。簒奪の鏡がきらめいて、雨のように散らばり、そこに映すものをデタラメに簒奪していく。しかしその中心にいたグリードは傷一つ無く、そこにあった。
「綺麗」
ミラルフィーネは、そんなグリードを見て、うっとりと微笑みを浮かべた。
奪い、我が物とする【簒奪】。その性質は、その源とも言うべき大罪、強欲の竜を相手にすらも向けられる。その光輪を、まるで輝ける宝石を眺めるような瞳で見つめ、笑った。
「ねえ、ちょうだい?」
『あら、強欲ですね。あげませんよ』
グリードは嬉しそうに笑った。
六輝と鏡は再び衝突する。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その激突の下方にて、瓦礫の下に埋もれた魔王は、グッタリとしながら口を開いた。
「……おーい、アル、生きて、っか?」
「死にそうだ」
近くの瓦礫の山から、アルノルドの声がした。声は淡々としているが、無事では無かろう。
「だよなあ……どうなっとんじゃい、アレは」
「あれでは、【太陽の結界】による封印も、吹き飛ばすな……地上に出るのも容易だろう。我々が負けたら、イスラリアの最後だ」
魔王も現在、身体の至る所を【台無し】にして戻そうとしているが、傷の数があまりに多い。【神薬】で魔力を回復するが、こんな攻撃が続けば、早々に底をつく。
ダラダラと戦うわけにもいかない。なんとしても勝機を見いださねばならなかった。
「付けいる隙が、無いわけでは、ない」
「まことに~?」
「グリードは、その性質上、自身の力の向上に意識を割きすぎている。だから、直接やつは前に出た。自身を高める。その可能性を見逃せなかった」
毒竜の壊滅寸前の危機の時も、グリードは前に出なかった。それは、あの時点ではこちらが完全撤退の択を残していたのもあるだろうが、“相克の儀”が出来なくなる事を嫌ったというのが大きい。
強敵との戦いによる敗北と死、それを経由した特殊な【魂の譲渡】による強化の儀式。
自分を高める。我が物とする。その好機を強欲は捨てられない。
「そうして得た、膨大な力に、経験が追いついていない。グリードにとっても、今の姿は紛れもない未知だ」
「ま-、それでもお前よりは天賢の使い方上手かったけどなー……怒るなよー、事実だろーが」
「……加えて、属性のバランスが完璧な調和を保っていない。そのバランス調整と修繕に力を割き続けている。持久力が低い。これまでのダメージの蓄積含めて、回復魔眼の在庫は、最早潤沢では無い―――――筈だ」
「そうだといいねえ……」
勿論、そうなる危険性をグリードは理解しないわけでは無かっただろう。だが、それでも望み、目指さざるを得なかったのは、それがグリードの性質だからだ。
そういう点は、確かに隙と言えなくもない。
「……だが」
瓦礫の山からアルは立ち上がる。彼の身体には未だに輝きが満ちていた。【天魔】とレイラインの力の接続は未だに保たれているらしい。その強固さに感心した。
「どのみち、手数が、足りない。ミラルフィーネは、暴れてくれているが、連携は出来ない。“視られ”はじめてきただろう。そろそろ攻略される可能性も高い」
「援軍……期待できるかねえ……?」
ブラックは、チラリと、アルノルドから視線を逸らし、その周辺に意識を向けた。大半の戦力が戦闘不能に陥った中、なんとかちょろちょろと生き延びて、藻掻いている“坊”を考える。
「流石に、彼に期待するのは、無茶ぶりがすぎないか」
「そりゃそうだ。だが、まあ」
アルノルドの至極真っ当な指摘に、魔王はニタリと楽しげに笑う。
「大穴のどんでん返しは、俺は嫌いじゃなくってなあ?」
「お前、それでいつもギャンブル負けてるだろ」
「おいこら泣いちゃうぞ?」
『あらあら遊戯は一日一時間までってお母さん言いましたよ?』
「「だれが母さんだ」」
二人は突っ込むと同時に飛び出した。ミラルフィーネの巻き起こす落雷と、グリードの光輪が二人のいた場所を跡形も無く消し飛ばす。徐々に、崩壊した建物の跡形すら無くなる。この地下層も上層と同じ、隠れる場所も、休める場所も無い死域へと、変わりつつあった。
必然的に、決着は間近へと迫っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
どうする?どう動けば良い!?
迷宮地下へと落下したウルは、激しい激闘が繰り広げられる地下空間にて、己の無力さをかみしめて、駆け回っていた。
あの謎の介入による一幕を経て、再び戦闘は再開した。そしてその結果は―――おおよそ、分かり切っていたことではあったのだが―――既にウルの手出し出来る領域を大幅に超過していた。竜の権能、怪物めいた戦闘力。それすらも一蹴に伏すほどの地獄が展開している。
手出しのしようが無かった。下手に前に出てなにかをしようとしても、一瞬で消し炭になるか、それを庇われて、更に足を引っ張るかのどちらかだ。
隠れ、潜む。それがベターだ。それはウルも理解していた。
なんとか上層に戻り、戦闘不能になっている味方達の救助に当たった方がよっぽど賢明だと、それも分かっていた。
―――どうすれば、いいの
だが、それでいいのかという疑問が、脳裏に過る。煮えたぎり、燃えるようなものが、内側から湧き出てくる。
今もエシェルは上空で戦っている。そんな中、ここまで好き放題させられて、すごすごと、逃げ隠れて、それでいいのか?
「……落ち着け」
身体の痛み、最悪の窮地、精神の疲労、あらゆる状況が冷静さを損なわせている。ウルは自分がまともな精神状態ではないと自覚した。動くにしても、今ではない。絶対に今じゃ無い。
歯を食いしばり、状況を見ろ。
意地は大事だ。精神力は最後の最後に力を与えてくれる。だがその力は、不可能ごとを一瞬でひっくり返すようなものでは無い。与えるのは最後の一押しであって、それまで培ってこなかった者に、突然の大どんでん返しは与えない。
ウルは深呼吸を繰り返して、今は状況の見に徹した。光輪の破壊を避けるように移動しながら観察を続け、そしてそれを見た。
「―――――やあっばあ……!?」
蒼い髪の少女、ユーリ・セイラ・ブルースカイがふらふらと、迷宮の通路の奥から這い出てしまっているのを。




