五轟② 強欲なる者
大罪迷宮五十五階層 地下空間
魔王の策略―――と評するにはあまりにもあんまりな暴走―――により、巨大な爆発に飲み込まれた。大罪竜エンヴィーが蓄えた破壊のエネルギーは凄まじく、そのエネルギーは戦いが始まった直後、グリードが地上で引き起こした迷宮の改変によって地下に収められていた無数の迷宮建造物を容赦なくなぎ払い、破壊し尽くし、地上部と変わらない破壊の荒野と化した。
大量の瓦礫が積もりにつもったその一部が崩れる。腕が突き出て、この破壊を巻き起こした張本人であるブラックが顔を出した。彼は「あーしぬかとおもった!」と自分の身体についた土煙を払い、そして足下を見る。
「ふむ、よっしゃ」
彼の足下には、グリードの身体―――正確には、彼女が使っていた"鎧”の残骸が焼け落ちていた。先の破壊を、この程度の規模にとどめきり、迷宮の形を保った最大の功労者の残骸を魔王は踏みにじり、魔王は笑った。
「はっはー!どーだ見たか!俺の天才的な策りゃ「【天罰覿面】」おごぁあ!!?」
その魔王の横っ面を天賢王はぶん殴った。本気のグーだった。魔王は縦に3回転くらいしたあと瓦礫に頭から首を突っ込んだ。魔王はそのまま首をすっぽぬいて、自分をぶん殴ってきた味方に抗議の声を上げた。
「なにするんじゃい!!」
「「こっちの台詞だ」」
アルノルド王と、その彼に片腕で抱えられるようにしていたウルは揃って答えた。
「あれ、ウル坊じゃん。なんだお前、死にに来たの?」
「今まさにお前に殺されそうだったよ……ありがとうございます。王」
ウルはアルノルド王に降ろされて、ため息をついた。まさか、外に出た直後に爆発に巻き込まれて死にそうになるとは思いもしなかった。自分に気がついたアルノルド王に守られたのは、運が良かったと考えるべきか、悪かったと考えるべきか判断に困った。
「構わない。だが今は、離れていろ」
アルノルド王は頷き、指示を出す。ウルは少し眉を顰めた。
「邪魔でしょうか」
自分の能力を高く見積もってはいない。全くの役に立たないと断じられるのであれば、しつこく食い下がるつもりはなかった。この戦場では意地なんて張っても何の役にも立たないという事は分かっている。
だが、天賢王は首を横に振った。
「いや、手伝って欲しい。僅かでも、可能な限り、手を貸して欲しい…………が」
そう言って、彼は頭上を見上げる。魔王もそちらを見上げている。
爆発の中心にて、未だ存在する影が一つ。未だにそこにあった。それが輝き、身に覚えのある凄まじい光を放った瞬間、3人はその場から飛び退いた。
「今は、近くにいると、死ぬ」
「―――了解」
グリードは未だ健在で在ることをウルは理解した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
魔王の謀略は、全滅のリスクを引き換えにしただけの成果を確かにもたらした(その事実を認めると確実に魔王が調子をこきはじめるので絶対に口にはしないが)。
強欲の身に纏っていた肉体、あるいは“鎧”を破壊することに成功した。これでようやっと―――
「やっと、心臓か」
『―――――ほんとうに、酷いですね』
そう、やっと、竜の【心臓】を、晒すに至った。
『正直、好きじゃ無いのです。この姿。だって、ねえ?』
破壊された鎧の“中身”は、小さかった。単に小さい、というだけではない。まるでヒトの子供のような姿だった。外装のような異形とも思える場所は異常に少ない。衣服のように変形した翼は、まるでドレスのようだった。
だが、瞳だけは、違う。まるで星空のように、輝く瞳だけは、明らかなる異形だった。
『いい年して、こんな姿、恥ずかしいじゃないですか?』
「確かに、まだガワの方が色っぽくて好みだな」
「どのみち、悍ましいことに変わりは無い」
ブラックは笑い、アルノルドはため息を吐く。少し離れたウルは鎧を失って剥き出しとなった強欲の【心臓】を見つめ、奇妙な納得を得ていた。
「最大の強欲は……子供か」
視て、焦がれて、望み、得る者。無邪気なる強欲の化身だ。
先ほどまでの身体が鎧であるなら、今の姿は弱点を晒しているに等しい。状況としては優位に傾いたはずなのだが、ウルはそうは思えなかった。
『一応断っておきますが、二度目はありませんからね』
鎧を身に纏っていたときよりも更に増して、威圧感が凄まじい。
『貴方たちを守って死ぬくらいであれば、身を守って時空の狭間で転移の術を研究した方がマシですので』
既に取り出していたのだろう。鎧についていた光の魔眼を口にくわえ、飲み干す。光の魔眼が少女の手の甲に出現する。やはり有する戦力には変わりは無く、健在だ。
「残念。ま、爆弾はもうないけどなあ」
「二度目はこっちもご免だ…………だが、これでようやくお前を殺せる」
『あら、そう簡単にいくでしょうか』
強欲の竜は笑う。まだまだ底知れない。だが、そう感じる事そのものが、グリードの策略で在ることはもうウルもいいかげん理解していた。言葉も笑みも、相手を惑わし、精神力を削り、追い詰めるための手札の一つ。
無尽蔵ではない。それだけは確かなのだ。
ウルも槍を身構える。どこまで役に立てるかまでは分からないが、僅かでも、王たちの背中を押さなければならない。
そうして、一瞬の硬直が生まれた。
誰も動けずにいた。強欲の竜も、魔王も、天賢王も、ウルも。決闘で対峙するように、動き出すきっかけを待っていた。
「―――――――!」
そしてそれは間もなく訪れた。それを引き起こしたのはその場にいた誰でも無かった。連続した破壊音がソラから落ちてくる。全員が自然と見上げて、そしてそれを見た。
「大変だ」
『あら、大変』
「いや、マージーでえらいことになってんなオイ」
五十五階層の上層から、それは落下してきた。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
『A――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!』
鏡の精霊と、五轟の竜との激突。
「うっわあー……」
ウルは気が遠くなった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
五轟の竜と簒奪の精霊の戦いは、熾烈を極めていた。
それは最早、生命体同士の戦いとすら、言い難かった。二種の全く異なる災害、天災が一直線にぶつかり合ったに等しい、現象だった。
『A――――――――――――――――!!!!』
竜が鳴く。最早本来の形状すらも喪失し、異形と化した竜が鳴く。ただその動作のみで、竜の周辺の“空間”が砕けて、ひび割れる。光でなく闇を見る魔眼が混じったことで、最早その竜が視て、砕くのは物質に限らなくなった。
世界そのものを、まるごとに砕く。文字通りの異次元の破壊者と成り果てた。
「ウフフ、アハハハハハハハハ!!!!」
だが、それに相対する鏡の精霊もまた、異常だった。
鏡から次々と取り出される魔眼は瞬く間に鏡によって映し出され、黒い翼によって強化され、増殖する。巻き起こされる破壊の渦は途切れることなく、竜の身体を焼き続け、破壊し尽くす。空間をまるごと砕き、一部の鏡を破壊しようとも、その攻撃が止むことは無い。
攻撃は多様で、全くの無秩序だ。
魔眼が閃き、風の刃が飛び、水が締め付け、多様な魔道具が現象を引き起こし、魔剣が降り注ぎ、回避したかと思えば鏡が全てを反射して背中を穿つ
何でもありだ。これまで彼女が経験してきた激闘が、死闘の全てが糧となっていた。強欲は相手を視て、学んで、培うが、簒奪はもっと直接的だった。強欲竜達の力すらもそのまま自分の力としてしまうのだから。
結果として、両者の激突が引き起こされる破壊の嵐は、最早誰にも抑えようが無かった。
『A――――――――――――!!!!』
竜が鳴く。途端、一切の予兆無く、ミラルフィーネの手がはじけ飛ぶ。不可視の手が、彼女の身体を打ち抜いた。指がへしまがり、ねじれる。
「アアアアッッハハハッハハアハハハハ!!!!」
ミラルフィーネが笑う。その瞬間、虚飾の翼が強く輝く。一瞬で鏡が広がり、そこから出現した無数の【竜殺し】が竜の身体を貫いて、次々に打ち砕いた。
壮絶な壊し合いだった。双方にまるで己を顧みる意思は見当たらなかった。目の前の敵対者を破壊することだけに全力を尽くしていた。
『AAAAAAAAAAAA―――――――――――!!!!』
竜が更に鳴く、魔眼でミラルフィーネを睨み付けたまま、突撃する。その異様なる腕でその身体をひっつかみ、壁に叩きつける。激しい音と振動が迷宮を揺らす。そのまま全力で暴れ狂うミラルフィーネを壁に縫い付けようとした。
「ちょうだい!!!アハハハ!!!!」
が、鏡が閃き、ミラルフィーネを抑え込んでいた竜の腕が消し飛ぶ。そのまま魔眼をまるごとに飲み込んで、今度こそ我が物にせんと簒奪の力が奔った。先ほど、腹を内側から破られた事実などまるで恐れる事は無い。悍ましいまでの強欲っぷりだった。
しかし【五轟】の力で、鏡の射線空間がひび割れ、砕ける。在らぬ方角へと簒奪の力は歪み、跳ねた。光線のように迷宮の壁を奔って、奪い取る。失われた迷宮の壁の奥には虚空と奈落が広がっていた。
『AAAAA!!!!!』
五轟の竜はその隙を狙うように、魔眼でミラルフィーネそのものを破壊せんとする。だが、ミラルフィーネの姿は先の攻防の一瞬で姿を消していた。五轟の竜でも捉えれぬ移動、転移の移動術であると【五轟】の竜は悟り、咄嗟に背後を振り返る。
「【開門】」
背後でミラルフィーネは、再び鏡を展開していた。精緻で美しい、破壊の輝き。白王の魔法陣、終局の魔術が五轟の竜を睨みつける。そしてそれは即座に放たれた。
『本当に、やりたい放題ですね』
そこに、強欲の竜は割って入った。