四極 彼がいなければならなかった理由
《この言葉を誰かが聞いていると言うことは、俺はもうこの世にはいないだろう》
リーネの周囲を旋回するように浮遊する魔導具は、あの茶屋で渡されたものであり、そこから吐き出されるのは、遺書だった。あまりにも殊勝に、真剣に吐き出された天魔の声は、途中でその事に飽きたのか《ふむ?》と呆けた声を発した。魔導具はそれを再現するように傾いた。
《んー、まあ?そうならぬように努力はするつもりではあるのだが、本当にそうなりそうなのが困りものだなあ?》
グローリアが発狂して後追い自殺しそうでアレなので、生き残る努力はする!と、軽い感じで彼は付け足した。
《白炎のダメージの回復はまだ出来ていない。僅かずつ治療していったが、間に合わなかった。まあ色々と誤魔化すが、割と弱っている。強欲の眼には通じぬだろうなあ?》
ケラケラケラと、楽しそうに自分の敗北、もしくは死を語る。無論、ただの音声ではその表情は分からないが、心底楽しい顔をしているのだろうなというのは想像がついた。
《故に、俺は自分を捨て駒にするつもりなので置き土産を残す。上手く使うと良い―――ま、俺以外の誰かが生き残っていればだがな?》
「【ほんっとうに大概よねあの大賢者……!】」
先の敵側の攻撃によって完全に崩壊した要塞の内部。崩れた瓦礫の山の中で、グレーレの自立魔導機に守られたリーネは顔を歪め、笑う。既に彼女の前に王の姿はない。崩壊の最中、グレーレから受け継いだ仕事を完全にこなしたリーネは疲労困憊になりながらも、決死の思いで立ち上がった。
グレーレから預かった仕事は、まだ終わってはいない。
《【天魔】の貸与、上手く行ったらレポートをよろしくな》
「【一千枚でもくれてやるわよ!!】」
魔導機から送られてくる無尽の魔力を受け、リーネは叫んだ。速度に次ぐ、白王陣のもう一つの問題点、莫大なる魔力消費による燃費の悪さ。それが解消されたならば、怖いものは最早ない。
「王よ、お願いいたします!!!」
偉大なるアルノルド王に付与した白王陣にさらなる魔力を込めるべく、リーネは叫んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
崩壊した迷宮に突如出現した光の巨人――――否、巨神を前に、大罪竜グリードは驚いていた。
『あら、コレは凄い』
と、いうよりも、シンプルに感嘆していた。
【天賢】は太陽の結界の維持という重大な役割を担う反面、攻撃手段はシンプルだ。【太陽神】という、信仰の結晶をその場に顕現すること。ただし、その力は大抵は一部のみだ。拳であったり、脚だったり、身体のパーツを部分的に出現させるに過ぎない。
だが、今、グリードの前に神の肉体は完全に顕現した。
しかも、それだけであるならまだしも、大幅な強化を受けている。
『強化込みとはいえ、歴代の王達でも、ここまで力を引き出せたのは――――ぐ!?!』
「【天罰覿面】」
評している間に、拳は飛んできた。その巨体にも関わらず、あまりにもその速度は速かった。反動で迷宮の壁がかち割れる。
天の賢、と名付けられているにもかかわらず、あまりにも直接的な暴力に、グリードは身構えることも出来ずにそのまま壁にたたきつぶされた。
『っが……!!』
「【天罰覿面】」
更に、左の拳がたたき込まれる。無論、先ほどともなんら変わらぬ破壊力だった。骨が砕ける。肉が引きちぎれる。世の名剣魔剣よりも尚研ぎ澄ませていた指刀が全てへし折れる。肉体の再生は可能だろうが、指の方は難しいだろう。頑張って研いだのに、残念だった。
だが、嘆いてばかりもいられない。グリードは手の甲を巨神に向け―――
「【光―――】」
「【天罰覿面】」
放った魔眼は突き出された掌底に弾き飛ばされ、そのままグリードの身体ははじけ飛ぶ。
更に攻撃は続く。壁に叩きつけられたグリードの身体を、光の巨神が引っつかむと、迷宮の壁へと押しつけるようにして引きずり倒し始めた。グリードの身体よりも先に、迷宮全体がえぐれ始める。そして、無造作に神の手はグリードを放り投げた。
ズタボロに削り取られたグリードは無防備に放り投げられる。激痛に悶え、姿勢を整えようとした彼女は、その投げられた先に、新たなる神の拳を創り出して、身構えるアルノルドの姿を見た。
「【天罰覿面】」
『貴方、それしか、技、無いの、ですか?』
「無い」
アルノルドは即答し、宙へと放り投げられたグリードに手刀をたたき込み、地面にたたき落とした。はじけ飛ぶ。平地となった迷宮の地面にクレーターが発生する。
その結果、物理的な距離が開く。ようやく一連のラッシュが終わったかと思ったが、その安堵よりも早く、グリードの視界が目映く輝いた。
「【天罰覿面】」
上空で神の瞳が顕現する。輝ける瞳は、そのまま熱光を放ち、落下したグリードを追撃した。衝撃でひび割れた地面の底が抜け、塞いでいた地下空間への穴が空く。全身を焼かれる痛みに堪えながら、グリードは地下深くへと落ちていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「やーっとアルが起きたか。ったく。このまま終わるかと思ったわ!」
迷宮が揺れ動き、変動していく最中、ブラックはやれやれとため息を吐いた。
アルノルドが起きない限り、この戦場はどうあがいてもグリードに優位だった。ハッキリ言って、戦いようが無い。とっかかりもない、メタ読みの攻略法が絶無の、文字通りの最強の竜。
それを打倒するには、こざかしい策では無意味なのだ。
とっかかりの一切無い巨大なる崖、それを超えるには、それ以上の力しかない。
だからこそ、アルノルドは他の七天に任せることも出来ずにここに来たわけで、その彼が早々に落とされかけたのには本当に冷や汗がでた。
だが、目を覚ました。時間稼ぎと治療、その二つの仕事を残されたメンツは完璧に果たしたらしい。ならば、
「俺もちゃーんとやらねえとなあ?【愚星混沌】」
ずるりと、虚空から闇が溢れ、魔王にまとわりつく。アルノルドの姿とは対局の暗黒を纏い、落下していくグリードを追いかける。すると途中、やたらと目映く輝くアルノルドが、魔王の傍に合流した。
「遅れた」
「本当にな、寝ぼすけめ……っていうかなんか目映くね?お前」
「ああ」
アルノルドの姿はやたらとぴかぴかと輝いていた。天賢の力だけでは無く、恐らくその背に刻まれた、レイラインの魔法陣の力であろうというのは間違いないが、それをみて、アルノルドは納得したように頷いた。
「神の威光だ」
「物理的な話だったんだぁそれぇ……ま、良いか」
大分とぼけた言動をしている。が、つまり、本調子らしい。ブラックは納得した。
「これでギリッギリ五分だ。さて、どう転ぶかね」
「勝たねばならない」
「マジメだねえ、アルは。負けるのも楽しまなきゃ、ギャンブルは続かねえぜ?」
「賭け事は好かない、な」
アルノルドが身構える、拳を振るう。ブラックも同様にまとわりつく闇を盾のように展開した。奈落へと落下していく強欲の竜からの遠距離狙撃がとんできた。早くも体勢を整えたらしい。本当に、可愛げが欠片もない最強だとブラックは笑った。
相克が進んだ四極の竜は未だに健在であり、此方の戦力も順調に削られ続けている。本当にどちらに転ぶか、どちらが破綻するかもわからない状況。その焦燥感と高揚感を魔王は楽しんだ。
「はっは!良い地獄だ!お前も楽しめよ!ウル坊!!」
ここにはいない後輩に呼びかけながら、魔王はやたらと目映い相棒と共に、奈落へと落下していく。
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『VA』
「楽しめるわけねえだろ、くそ魔王……!」
遠ざかる彼の言葉を耳にしながら、ウルは絶望的な声と共に、四極の竜と相対していた