三竜⑩ 敗北
「はっは!大当たりだ!気分が良いねえ?隠れて敵の伏せ札をぶち抜くのは!!!」
即座に戦線から離脱し、姿を隠していた魔王は、自らが瞬殺した土の眷属竜の死骸をグズグズに破損させ、哄笑していた。その様を、下から見上げていたロックはあきれ顔になった。
『たんのしそうじゃの~あの魔王。しばいてええカ?』
「手伝おう。後でな」
ジースターの魔術は空振りに終わったが、その結果土竜を引きずり出して、魔王が土の竜をほぼなにもさせぬまま落とすことに成功させたと考えれば、悪い結果ではなかった。問題は、要塞を取り囲む水竜がまだ健在な点だが……
『――――――』
しかし、その水竜は何故か今は少しおとなしい。幸い、というべきなのかもしれないが、やや不気味だった。ロックは警戒し身構えていると、上空では状況が動いていた。
『あら、ブラック坊や。お久しぶりですね』
「俺を坊や呼ばわりしてくれるのはお前だけだよ。グリードおばあちゃん?」
グリードが、魔王と接触した。
グリードの後方では、ディズとシズクが距離を置いている。グリードに追撃をかけないのは、そうすれば死ぬからだろう。現状、グリードと正面からやりあっていけるのはユーリだけだった。
会話をして、ユーリが回復する時間をくれるというのなら、それに越したことはない。
『また、ズルをしようとしたのですね、ブラック』
その此方の魂胆を見抜いているのか、それすらもどうでもいいのか、グリードはブラックに向かって言葉をなげかけた。
『貴方、とても賢いから、なんでも出来てしまうのでしょうけれど、大抵の試行錯誤を飛び越えて、結果をつかみ取ってしまうのでしょうけど』
言い方はどこか、口うるさい母親のようだったが、無論、グリードがそんな生やさしい存在であるわけもない。ブラックも、既に哄笑を止めて、眉をひそめた。意図を読み切れない。というのが伝わった。
ロック達も同じだ。この会話の狙いは――――
『そういう、ズルばかりしていると、痛い眼見るって、言いませんでしたか?』
「――――マジか」
そして、その変化に真っ先に気がついたのは、やはりというべきか、ブラックだった。彼は自分の傍でぼろぼろに砕け続けていた土の竜の残骸に対して、即座にもう一度闇を放った。が、
『―――――k』
それは土竜、最後の力だったのだろう。その鉱石のような肉体が一瞬輝くと、一気にはじけ飛び、魔王の身体を弾き飛ばした。そして、残された残骸は、通常の重力に従って落下していく。
その瓦礫の中に、先の土竜の力と同じ力に守られて、落下していくものがあった。それは―――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
救助部隊は集結し、連絡があったポイントに集まっていた。
幸いにして、迷宮の規模は広大であったものの、事前に本隊が攻略を進めたルートをなぞる分には楽にここまで到着することは出来た。迷宮そのものの変動が起こった場所もあり、魔物の手強さはそのままな為、容易ではないのは間違いなかったが、待機部隊の実力さえあれば、対処は可能だった。
「申し訳ありません、イカザ殿」
救助を待っていた従者の一人、ファリーナはイカザ達に頭を下げる。表情には強い疲労をにじませていたが、全員無事であるらしい。部隊の足下に展開していた【白王陣】、レイラインの置き土産が正しく作用していたようだ。
「皆がご無事で良かった。治療完了後、急ぎ、安全領域まで案内をします」
イカザの言葉にファリーナはうなずき、その後小さく顔をしかめ、うつむいた。
「どうされた」
「……口惜しいのです。どこまで王の助けとなれたのか」
その嘆きは、他の全ての救助された者達も同様らしい。全員、疲労困憊でありながら、やりきれない悔いのようなものを表情に浮かべていた。
「迷宮の探索というものは、想像を遙かに超えて、神経を削ります」
そんな彼らに対して、イカザは優しく、ゆっくりと言葉を重ねた。
「強欲は悪辣と聞く。自分たちと接敵するまで、徹底的に心身を削りに来たはず」
実際、ここに来るまでの間、攻略されてきた迷宮の階層はどれもこれも、悪辣で邪悪だった。先行した本隊が、どれほどの苦労を重ねて攻略を進めたのか、イカザにはすぐに理解できた。
そして、そうした苦闘の中、此処に残った彼らは限界まで尽くしたはずだ。むしろ、戦力となる彼ら以上に全力で事に当たったはずだ。
戦闘では、力になることが出来ない。ならば、それ以外の全てで、僅かでも彼らが休めるようにと。それこそ命がけで。
そうでなければ、深層に同行など、出来ないはずなのだ。
「その中で、貴方がたの助けは間違いなく、一助となったはず。誇ってください」
「ありがとうございます……」
どこまで、その言葉が慰めとなったのかはわからないが、それを聞き終えたファリーナは、少し落ち着いて見えた。彼女はそのまま、頭を下げて、懇願するように囁いた。
「どうか、王を――――!?」
しかし、彼女の言葉が終わるよりも速く、その場でとてつもない振動が走った。迷宮の変動か!?と、イカザは警戒したが、ソレは違った。その衝撃は、振動は、もっと地下深く、遙か深層で起こっている。
それが、意味するところを、イカザは即座に察した。そして
「――――――」
「グレン!?」
同じく、それを察したのだろう。グレンは一人、その場から抜け、深層へと続く階段へと飛び降りていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ディズは最初、その現象が何を意味しているのか理解しきれなかった。
土竜が、最後の悪あがきで自滅し、ブラックがその自爆に巻き込まれた。力の爆発と、その際にまき散らされた瓦礫の山で視界は塞がれた。爆発には巻き込まれてはいるが、ブラックは無事だ。傷も負っている様子も無い。最後の悪あがきは不発に終わった。
筈だった。だが、心臓を突くような悪寒が晴れない。
そして同時に、遙か上空で、同じような輝きの爆発が起こった。その場所をディズはすぐに察した。アカネと、風の竜が暴れていた場所だ。つまり、風の竜も討たれたのだ。
アカネがやったのか!
それを確認するよりも速く、その上空から、風の竜の肢体、黒ずんだ身体が落下していく。恐らくアカネが使ったのであろう“力”の影響を受けたのだ。影響がある内は、近づく事も出来ないため、眺めることしか出来なかった。
だから、気づくのが遅れた、風の竜の遺骸、その頭部にある【魔眼】が、【赤錆】の滅びから逃れ、未だ輝きを保ち続けていることに。
「いけない!!!」
シズクの、恐ろしく焦った声に、ディズは正気に叩き戻された。そして同時に彼女と共に飛び出した。その輝きが、何を意味しているのか、なにもわからない。理解できていない。危機を叫んだシズクだって同じだろう。
それでも、今落下している魔眼を自由にさせてはいけないと、そう感じたのだ。
落ちきる前に、魔眼を破壊する。がむしゃらにそうしようとした。だが
『あら、だめよ』
光熱が降り注ぐ。グリードの光熱は全方位に、まるで雨のように降り注ぎ、その場にいる戦士全ての動きを封じた。ただの足止めであるはずなのに、油断すればそのまま殺される破壊力を有していた。守りを固めるだけで精一杯だった。
そして、その光に隠れるようにして、魔眼は落ちる。
『AAAAAAAAAAARRRRRRRRRRRRR――――――』
水竜の、泉の中へと。
「まさか……!!」
そして、その瞬間、ディズは直感的に理解した。
「死と、敗北による強化!?」
「プラウディアの……!?」
ディズは人伝に聞き、シズクは体感していた。
大罪竜プラウディアの眷属竜。異形の赤子のような姿をしたそれらが、死した同胞を喰らいあい、強化を繰り返した現象を。それを、今此処で再現しているというのならば――――
『あら、開発者は私ですよ?正確なオリジンは【嫉妬】ですが』
そして、それを肯定するように、グリードは微笑みを浮かべた。
『プラウディアにせがまれて、教えたのですけど……ええ』
二つの魔眼が落下した湖は、輝く。激しい光と共に、一階層全てをまるまる飲み込むほどの膨大な水が全て浮き上がり、同時に一瞬で圧縮した。
『あの子、あんまり上手では無かったですね?』
そして、まるで、大きな卵がかえるように、その光の凝縮は砕け、その中身が姿を現した。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
それは、莫大な光と、空気を焼くような熱と、音を放っていた。バチバチと、光が跳ねるたびに、その熱が空間を焼き、周囲に伝わった。存在するだけで、そこに在るだけで全てを焼き尽くすようなエネルギーが、何故か生物としてカタチになっていた。
あまりに理不尽なその存在に、ディズは眉をひそめた。
「雷の、竜……!?」
『強者との命の奪い合い、その敗北の果ての進化』
その竜を、まるで撫でるようにして、大罪の竜グリードはどんな名剣よりも鋭い指先で雷をなぞった。バチリバチリと、両指の剣すらも焼き尽くさんばかりの熱に、彼女は満足そうに笑った。
『まずは1段階目、ええ、上手くいきましたね……さて、いい加減、目障りですね』
そして、その鋭い眼光は、自身の懐に居座る侵入者の城へと向けられる。
『――――焼け、【金】』
天を割るかのようなおどろおどろしい産声と共に、雷の竜は天賢王が体を癒している一夜城にむかって落雷した。