三竜④ 技
五十五階層、上空。
ディズ、シズク、そしてアカネの三者と風の眷属竜との戦いもまた続いていた。
『ahahahahahahahahahahahahahahahahaha!!!!』
風の眷属竜は、単純に厄介極まった。遠距離からほぼ途切れること無く繰り出され続けてきた不可視の斬撃は、接近した後も何一つとしてその速度を変えることは無かった。途切れなく、絶え間なく、しかも、
「此方にも飛んできます!!」
「方向は自在か……!」
連携しようと距離を離れたシズクとディズ、双方に刃は飛んできた。そこに一切の違いは無かった。少なくとも、あの小さな小さな風の竜にとって、ヒトをズタズタに両断する刃を創り出すことは、何の負担にもならないらしい。実に楽しげに嗤いながら、飛び回る。
更にそれに加えて。
「【魔断】」
「【大地よ唄え、縛れ】」
《んにい!!》
『kihihihihhahhahahahahahahhahahahahahahaa!!!!』
攻撃が、単純に当たらない。風竜のサイズはヒトの拳ほどだ。それに向かって、剣を振り下ろし、攻撃するのは、純粋に困難だ。魔術を重ね、攻撃の範囲を広げようにも、敵の攻撃はやはり間断なく、力を蓄える隙がなかなか生まれない。
嫌らしい部分を煮詰めたような厄介竜だった。しかも――――
「性質悪いな。単純に小さいっていうのは」
「重力の魔術による拘束も、あまり意味を成していません」
「対竜術式は?」
「仕掛けようと試みていますが、起動前に即座に視界から外れます」
「しっかり対策済みと、……!?」
一瞬でも、間をとろうとすれば、次の瞬間それを狙い撃つように、風の竜は攻撃のリズムを変化させて、特攻を仕掛けてくる。今まさに、ディズの首を掻き斬ろうと、風の刃を全身に纏って突進を仕掛けてきたように。
「アカネ!!!」
《んにいい!!!》
「【銀糸よ束なれ】」
『kyahahahahaha――――――aaa!?』
捕らえ、叩き斬る。仕掛けてきた風竜に罠を仕掛ける。
既に準備を重ねていたアカネとシズクが風の竜の身体にきわめて細い糸を巻き付ける。まるで罠漁にでもかかったかのように混乱する風の竜に、躊躇無くディズは星剣を振り下ろした。
『【aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!】』
しかし、剣が振り下ろされるよりも更に尚速く、風竜の魔眼が輝き、風の爆発が起こった。ディズは星剣がはじき返され、シズクとアカネの混成の拘束も引きちぎられる。シズクは頬からこぼれた血を拭いながら、此方を嘲弄するように飛翔を再開した風竜を困ったように見つめていた。
「……早い」
そう、本当に素早い。攻撃の速度も、反応も、反撃も、本体の動きも、何もかもが速すぎて、そのテンポに此方が追いつけていない。ディズも忌々しそうに彼女の言葉に同意した。
「魔眼は“最速の魔術”だからね…………とはいえこまねいてもいられない」
三者がいる空中とはまた、少し離れた場所で、先ほどから連続した破壊音が響いて、此方まで伝わっている。下でやりあってるロック達でもないならば、その音の発生源は、
《にーたん》
ウルと、ユーリだ。現在、大罪竜とやりあってる。それを放置するのはあまりにも、まずかった。
「ユーリなら、なんとか凌げるかもだけど……!!」
ウルも、ユーリも、既にこの世界における最高峰の戦闘能力を有しているのは間違いない。だが、その最高峰の力を持ってしても、最悪の魔性である大罪の竜の相手は容易ではない。まして、たった二人でそれを相手取るのは、危ういが過ぎる。
なんとしても、急ぎ、支援に向かわなければならない。だが、その為には目の前の風竜をなんとしても討たねばならない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
五十五階層、上空。シズク達とは別の上空にて。
「っが……!!」
ディズが懸念していたとおり、ウルは至極当然のように死にかかっていた。はっきり言って、戦いにもなってもいなかった。先ほどからウルは、色欲の権能で攻撃をゆがめ、回避をし続けている。
それはつまり、ほぼ一方的に、グリードからの攻撃でなぶり殺しのような有様になっていると言うことだった。
『ラストったら、すっかり支配されてしまったのですね。まあ、そういう、少し迂闊なところが、あの子の可愛いところなのですけれど』
ウルを釘付けにしながら、連続して魔眼の力をたたき込み続ける大罪竜グリードは、やれやれと、困ったように首を傾げる。その仕草はやや、自分のやんちゃな子供に対して愚痴をこぼす母親のようであり、故に気色が悪かった。
実際、そんな風に口にしながらも、一切ウルに対する攻撃は手を緩めない。徐々に徐々に、ウルを追い詰めていく。そして、放ち続けている魔眼は――――
「光の、魔眼!」
『ええ、綺麗でしょう?育て上げるのに、苦労いたしました』
目がつぶれるような輝きと共に、全てを一瞬で焼き尽くす、光を放つ魔眼だった。そこに下手な小細工など無かった。ただただ、睨んだ対象を一瞬で焼き尽くす、圧倒的な力が込められた魔眼だった。
ただでさえ、魔眼は速い。そこに加えて、光の如き速度で的を射貫き、即座に収束する光の魔眼は恐ろしい相性だった。ウルは石化の魔眼でも喰らったかのように、あっという間に身動きがとれなくなった。
だが、それでいい。ウルはこの場において囮なのだ。攻勢に動けるのは
「【天剣】」
ユーリだ。彼女は絶え間なく打ち出される光の魔眼をくぐり抜け、時として、驚くべき事に、光の灼熱を剣で切り裂き、跳ね返しながら、一気にグリードとの距離を詰めた。
そして間もなく懐に潜り込む。グリードの手の甲、その魔眼の視界から外れて、一気に剣を振り抜き――――
『速いですね。素晴らしいです――――――ヒトにしては』
「っが!」
次の瞬間、グリードの長い足が、直接ユーリの顎を打った。
「な!?」
顎に蹴りをたたき込まれたユーリは、揺らがず、即座に反撃の剣を振るう。グリードの手、魔眼を切り落とすための動作だった。しかし、グリードはそれにも即座に応じた。身体をひねり、廻り、剣を回避する。その回転の動作を利用し、両指の刃でユーリを引き裂きにかかる。
「【天剣!!】」
「【混沌掌握!!】」
その斬撃を、ユーリは天剣で守り、ウルはそこに魔眼の力を注いだ。強化されたユーリの剣は、間違いなく、グリードの攻撃を防いだ。しかし、
『【光螺閃閃】』
「――――――ッ!」
振り上げた両指の、手の甲から、隙無く放たれた魔眼の力に、ユーリは直撃した。
ウルは竜牙槍による咆哮を速射し、同時に即座にユーリの確保に動いた。落下する寸前に彼女を受け止める。寸前で、魔眼の攻撃を天剣で回避したのか、まだ彼女には意識があった。
「無事か」
「……、ええ、神薬、を」
言われるよりも速く、エシェルから送られてくる神薬を彼女に飲ませる。彼女の回復を守るようにしながら、ウルは大罪竜グリードを信じられない思いで見上げた。グリードが先ほど見せた攻防。あれは――――
「格闘術……!?」
あれは、間違いなく“技”だった。修練の果てに身につく洗練された動きが、大罪竜グリードの動作の中にあった。
『ええ。だって、竜って、時間があるんですもの』
グリードはニッコリとほほえみを浮かべる。その間、グリードは自身の手の甲、自身の魔眼を刃のような爪先でなぞっていた。まだ攻撃は仕掛けてこない。充填が必要なのだと情報を、ウルは頭にたたき込んだ。
『単純に力を蓄えたり、かわいい眷属を育てる以外でも、出来ることはありますよね?』
ユーリは既に回復しつつあるが、まだウルの腕の中からは動かない。代わりにウルの腕をほんの一瞬、強く握る。意図を理解したウルは、背負った竜殺しを強く握った。
『流石に、竜のフィジカルを前提とした格闘術は、人類の知識にもなくて大変でしたけど、ええ、矢張り、時間はありましたので――――』
「っ!!」
グリードが一気に迫る。ウルはユーリを手放す。即座に起き上がったユーリは天剣を振り抜き、ウルは竜殺しを突き出した。左右、迫ったグリードを挟み込むような連携だった。咄嗟の動きとしては上出来な動作だった。
『研ぎ澄ましました。【魔竜殺法】とでも呼びましょうか…………』
しかし、それも、グリードの両指が、あっさりと塞いだ。全てを両断する天剣に、一切を飲み干して砕く竜殺し。そのどちらも、まるでその刀身を器用に、挟み込むようにしてつかみ取る。
『いえ、ちょっといかついですね。かわいくない。やめておきましょう』
クスクスと、少し面白そうに笑って、グリードは両指を振るう。大した力を込められたようにも見えなかったにもかかわらず、ウルとユーリはまとめて上空に振り上げられ、そして、
『【光螺閃閃】』
起動した光の魔眼によって、灼熱の渦にたたき込まれた。