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深層三十一階層②


 言うまでも無いことですが。

 と、迷宮グリードの探索を始める前、ユーリはそう前置きして話し始めた。


 ――我等が天賢王の守りは可能な限り確保しなければなりません。


 その意見に文句がある者は居なかった。グレーレすらも一切文句を言わなかった。

 天賢王は、本来であれば迷宮に連れて行くこと自体、大問題になりかねないほどイスラリアにおいては重要な存在だ。万が一にでも彼の身に何かあれば、世界を理想郷に導くどころか、その逆に世界の危機である。


 しかし、今回の大罪竜討伐において、彼の戦力温存は困難であるという。


 その彼と、彼を世話する幾人かの従者達の安全を確保する手段として、グレーレは幾重もの魔術的守護を施した。が、勿論、多様な守り手は多い方が良い。と言うことで、リーネの白王陣も護衛に回るように、ユーリは指示した。


 ――精霊の力に依らぬ術式による強固な結界が必要です。出来ますか?


 天剣のユーリにそれを問われたとき、リーネは強く頷いた。

 無論、言うまでもなく王の守りを担うという責務は重大だ。王の身体に傷一つ付けるだけで責任を問われるだろう。だが、それ以上にそれだけの期待を白王陣にかけられた事実に彼女は内心で震えた。気合いも入った。


「【速記開始】」


 既に幾度となく繰り返し、彼女の白王陣の筆記速度は最早、一般的な魔法陣の作成速度すらも上回っていた。幾重にも分かれた杖の穂先が縦横無尽に迷宮を切り刻み、術式を刻印していく姿を王の従者達は目を見開きながら見守っていた。


「【開門・白王絶界】」


 間もなくして刻まれた強大な白王陣は、魔物達の感知から逃れ、襲撃を弾き、迷宮の変動すらも押さえ込む強固な結界を産みだした。

 魔力の消費に関しても、迷宮そのものの魔力を喰らうために消費は度外視できる。やはり、白王陣は迷宮探索においても強大だとリーネは汗を拭いながら自分の仕事に少し満足した。


 無論、まだまだ課題はある。


 もしも魔術ギルドの話を受けて教室を開くとなれば、全く別の問題が出てくる。

 白王陣の速記は、自分の死に物狂いの努力と、アカネによるブレイクスルーによって完成へと至ったが、それを他の全てのヒトが等しく真似れるわけではない。実際、ウーガにおいても、彼女の速記技術の教えを請いたいと言う者は居たが、基礎中の基礎を教える段階で殆どの者が挫折した。

 白王陣の偉大さを広めるにはやはり時間がかかる。悩ましい問題だった。


 だが、今に限ってはそれよりも悩ましい問題が存在していた。


「…………」

「…………」


 今回の探索においての役割は迷宮の脅威から王を守ることである。

 つまりリーネは王と二人きりになるワケだ。いや勿論従者達もいるのだが、彼らは自分たちが出来ないような雑務で忙しいのか、あまり王の周囲には長居しない。

 護衛につく天陽騎士達も、鎧兜を被ってるせいで表情も分からないし、無言だ。結果、白王陣の維持と管理で動かないリーネと王は二人きりの状況になっていた。


「…………」

「…………」


 気まずい。というよりも緊張する。

 相手は偉大なる王である。その認識は、以前までの漠然とした認識よりも、より強固なものへと変わった。彼の背負ったものを理解できたからだ。

 それに加えて、仮にも自分は官位持ちの長だ。幼い頃から七天や神官、そして王の偉大さは教えられてきた。本来であれば許可在るまで顔を伏せて平伏し続けなければならないような相手である。

 だが、その緊張に、心地よさも混じっていた。


「レイラインの」

「はい」


 不意に、アルノルド王から声をかけられた。駆け寄り、膝を突こうとするが、その前にアルノルド王は手で遮った。


「迷宮の内部だ。形式は省略で良い」

「はい。ありがとうございます」

「……」

「……」


 そして再び沈黙である。先ほどまでの緊張とは別の汗が出た。普通に気まずい。


「……王よ。どうかなされましたか」

「ああ……」


 沈黙。

 王は少し考えるように首を傾げていた。金色の獅子のように雄々しく美しい男がそうしてやや不思議そうな顔をしているのは無駄に絵になった。うっとりと眺めていたいというよりも、まばゆすぎて目を細めてしまいそうになるような類いの輝かしさだった。

 しかし、何というか、その仕草には覚えがあった。具体的に言うと、天祈のスーアが、割とぽややんとしているときの仕草である。


 大丈夫だろうか、と思ったが、しばらくすると思考がまとまったのか、彼は頷いた。


「白王陣の守護、助かる」

「いえ、当然のことです」

「ああ……」


 沈黙が再び入った。困った。


「その……今回の一件、機会を与えてくださったこと、感謝します」

「迷惑だと思ったが」

「無論、一方的に振り回されたと感じないわけではありませんが……」


 リーネは少し開き直った。遠慮せず思うままに喋ることにした。相手が何処の誰だろうと、今は迷宮探索のまっただ中、命を預け合う者同士だ。半端に遠慮して距離を取る方が後々危機を招く。


「確かに本件に対する拒否権は無いようなものでしたが、紙一重でなんとか保っている世界の現状を考えれば、貴方にも選択肢は無かったと思います」

「……」

「この世界を救うという重責、それを共に背負う機会を与えてくださったこと、感謝します」


 ウルの仲間になってからと言うもの、幾つもの危機と、悪意に遭遇した。それらは取るに足らないような物は一つも存在しなかった。一歩間違えれば、沢山のヒトが死んでいたって何もおかしくないような災禍があった。それを瀬戸際で必死に押さえ込もうとして、瀬戸際で踏ん張っているのがこのイスラリアという世界だ。


 ウル達との旅は、それをあらためて理解するための旅でもあった。


 神官の家として、その事実は最低限理解できていると思っていた。だが、そんなことは全くなかった。自分は知らなかった。それを思い知った旅だった。だから、王の選択をリーネは理解する。

 立場上、肯定することは出来ないが、理解する事は出来る。


「少なくとも私は、だからこそ、ここにいます」

「そうか」


 王の返答は酷く簡素なものだった。ただほんの少し、彼の表情がやわらかになった。

 そして再び、しばしの間沈黙が流れた。遠くではウル達が必死で戦っているのだろう。魔術の炸裂音と共に轟音が響く。最も危険な迷宮の深層に居るとは思えない程に、白王陣に守られたこの場所は静かだった。


「……一つよろしいですか?」

「なんだ」

「王は何故この世界を救おうと?偉大なる王の責務というのはわかるのですが」

「私個人の意思、と言うことか?」

「ええ」


 アルノルド王。天賢王という肩書き。彼自身が望む世界救済。それらの装飾があまりにも大きく、そして重すぎるが故に、彼自身の事をリーネは未だ掴みかねていた。唯一神の化身にして代行者、超越者と謳われる彼であるが、人格が無いわけでは無いだろう。

 命を預け合う相手であるなら、知っておきたかった。


 再び、暫く沈黙が起こる。迷宮の変動に合わせリーネは白王陣の調整を行い、変動を押さえ込むように努めた。眼下の巨大な都市部を模した迷宮のその奥地では数十メートルはあろう巨大な人形が起き上がっている。それでも尚、此処は静かだった。王の纏う空気がそうさせるのかも知れないとリーネは思った。


「……幼い頃、この世界を私は美しいと思っていた」

「はい」

「だが違った」

「違った?」


 思わず王の顔を見る。王の表情に変化は無い。燃えるように眩く、その瞳はどこまでも見通しているように見える。発するだけで相手を平伏させるその声で、彼は告げた。


「この世界は醜い」


 リーネは一瞬震えた。自分を咎められたかのような気がしたからだ。だが、王は勿論、そのような意味合いで言っているわけでは無かった。

 むしろ、それは自身を咎めるかのような声色であると、リーネは気付いた。


「呪いがあり、憎悪があり、差別があり、死があり、争いがあり、罪がある。幼い自分には、そんな当然を理解できなかった」


 淡々と、王は自身の不明を咎めていた。それは違う。と、リーネは口を挟むことも出来なかった。彼が見ているもの。彼が怒りを感じているものが分からなかったからだ。


「幼い夢を、真にする。そう言う意味で私は救いようが無いほどに身勝手だ」

「それは――――」

《リーネ!!リーネ聞こえる!?》


 だが不意に、凄まじい悲鳴が通信魔具から響き会話は中断となった。

 リーネはやや頭痛を覚えながら通信魔具を手に取る。誰の悲鳴か、などと考える必要も無い。最近はもう耳に馴染んできた、エシェルのものだ。


「どうしたのよ、エシェル!!」

《人形!!都市人形やばい!!全然核に攻撃届かない!!》

「支援が欲しいのね。なにが良いの」

《強いの!!!》

「なるほど広域破壊。天雷でいいか」


 言っている間に、白王陣の結界の前に、エシェルの転移の鏡が出現した。リーネは再び杖を握る。高価な魔力回復薬を一瓶豪快に飲み干すと、そのまま魔力を杖へと注ぎ始めた。


「言っておくけど、発射のタイミングはそちらに合わせられても、狙うのは貴方よ?ちゃんと狙い、定められる?」

《ん゛-!!!》

「無理ね。ウルに足止め頼めるかしら……」

「動きを止めれば良いのか?」


 すると隣からアルノルドが立ち上がり、問うてきた。リーネは返答に少し迷ったが、頷いた。


「はい。あの都市人形を一時的に抑えられればそれで」

「【神の御手】」


 次の瞬間、遙か遠くで暴れる都市人形の目の前に、半透明の、巨大な輝ける【手】が出現した。それは手刀のように形を変えると、そのまま振りかぶり、そして一気に目の前の都市人形へと叩きつけた。


『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!?』

「これでいいか?」


 地鳴りのような人形の悲鳴を背景に王が尋ねる。リーネは深々と頭を下げた。


「感謝いたします王よ。後は此方にお任せを」


 リーネは白王陣の展開を開始した。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』

「死んじゃう死んじゃう死んじゃう!!!」


 地響きのような咆吼。階層全てが崩れてしまいそうな程の振動を前に、エシェルは悲鳴を上げていた。

 だがそれでも咄嗟の判断で、ミラルフィーネの力で自分の身体を浮かせ、そして守ることが出来ていたのは鍛錬の賜物だろう。それができなければ激しい揺れで脚を取られ、瓦礫に押しつぶされて死んでしまっていたのは間違いなかった。


 ただし、それを回避できたとして、危機的状況に変化は無い。


「んんん……!!」


 エシェルが見上げると、上から階段や、塔や、建造物が、雨のように降ってきた。先程王の手で叩きのめされた都市人形の身体の表面が崩れてきていた。ただそれだけでも、天地がひっくりかったかのような光景が広がるのだから酷い有様だった。


「【褪魔眼・爆破!!!】」


 瞳に触れ、簒奪した竜の魔眼を解放し、消し飛ばす。

 だが瓦礫はまだ続く。エシェルは焦りつつあった。リーネは恐らく既に白王陣を書き込み始めている。早く人形を視界に捉えなければ――――


「エシェル様」

「し、シズク!!」


 自分で焼いた火の瓦礫に視界を遮られる最中、シズクがそれを払うように風を起こしながら来てくれて、エシェルは安堵した。が、やはり周囲は荒れ狂っている。都市人形がまだ身体を動かそうとしているのだろう。それだけでも都市が砕けて、周囲に大量の破壊をまき散らし続けている。巨大、というのはそれだけで厄介だった。

 

「リーネ様の状態は分かってます。エシェル様、上に行けますか?」

「う゛う゛-!」

「隙が無いのですね。わかりました」


 そう言うと、シズクは自身が使う刀を抜き、そしてそれを高く放った。美しい白銀の刃は幾つもの瓦礫を弾き飛ばしながら、空中でピタリと動きを止める。剣は回る。白銀の輝きが広がる。波紋のように光は広がり、輪となって、そして大きな光の円形を空に産みだす。


「【氷鏡】」


 それは空中に生み出された氷の鏡だ。

 そしてエシェル達の居る場所からそれを見上げると、その先に強大な都市人形が未だ、身体を地面に倒し、起き上がろうと藻掻いているのが見えた。シズクが生み出した氷の鏡にそれが映っていた。


「いけますか?」

「い、ける!!」


 シズクの意図を理解し、エシェルは手を掲げた。鏡が二つ生まれる。一つはエシェルの手元に、そしてもう一つはシズクが産みだした氷の鏡を補強するように。


「【会鏡】」

《【開門】》


 同時に、リーネの声が響いた。


 


              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 迷宮の意思によって生み出された都市人形は、その身体を起こそうと藻掻いていた。

 しかし上手くはいかない。迷宮は自らを産みだしたが、その身体を上手く動かすための地形までは用意してはくれなかった。あまりに膨大な質量を伴って生まれた都市人形は、その身体を維持するだけで手一杯で、1度地面に倒れてしまえば身体を起き上がらせるのも困難だった。

 だが、その姿勢からでも人形は全力で藻掻いた。子供の駄々のような動作一つでも、莫大な破壊を周囲にもたらすことを人形は知っていた。それでもって周囲を破壊し尽くす。

 その全ては侵入者を排除するためだった。

 人形としての使命、刻まれた術式の命令が全てだ。生命の滅亡。その為に人形はどれだけ無様だろうと、この場に居る全ての人類を破壊するために暴れ続ける。


『OOOOOO――――』


 しかし、不意にその視界の先に、光が映った。白銀の円形。光を放つ美しいその物体を前に、人形は動きを一瞬止める。美しさに見とれて、と言うわけではない。人形の生存本能が警告していた。その未知が、自分に危機をもたらすことを悟っていた。

 だが、それに気づき、反応するには全てが遅い。


「【天雷ノ裁キ・白王陣】」

「【OOOOOOOOOOO!?】」


 人形の感知機能が焼き切れるような濃度の魔力が溢れ、同時に人形の身体を構成する都市の大部分が突如、熱と破壊によって砕かれる。動かしていた手足と粉砕された胴の大部分が焼け落ち、自身の心臓である魔導核が露出したのを人形は理解した。

 自己保全は人形の機能の一つだ。自分が保てなければ術式に刻まれた使命を果たせない。その本能に従い、人形は自らの身体を守り覆おうとする。


 だが、自らの使命をこの人形が果たすことは、最早無かった。


「【魔断】」

「【竜断】」


 二つの剣閃によって、人形の命運は断ち切られた。


 大罪迷宮深層 三十一階層、攻略完了



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― 新着の感想 ―
[良い点] スゥ……いい天気……っすね……
[一言] ウル達王様と戦うことになるんかな
[良い点] エシェル半べそで唸ってるだけなのに意思疎通取れすぎてて草、まるで飼ってるペットの表情と声色で大体何考えてるか把握できる飼い主みたいだぁ(直喩
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