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天賢王勅命・最難関任務 色欲の超克③



 心臓を断った。


 天剣の使い手であるユーリはそれを確信した。敵の命数を断ち切る感覚を彼女は掴んでいた。例えそれが魔物であれ、竜であれ、断ったのであれば彼女にはそれがわかる。

 確かに大罪の竜を断ったのだ。では、グロンゾンの左腕を断ち切ったこの翼触は――――


「グロンゾン!!!」

「気に、するな!!!だが……!!」

「早く【神薬】を飲んでください!!」


 大量の血をこぼすグロンゾンは、それでも戦意を衰えさせはしなかった。が、しかし、どれだけ彼がとてつもない益荒男であったとしても、ヒトである以上血を失えば死ぬ。ユーリは叫びながら、周囲を見渡した。


 自分が両断した一体は、確かに滅した。木くずのように細かく別たれた訳では無い。間違いなく、その命を断った。だが、他の増殖した【色欲】は消滅していない。


 まさか、全ての色欲が完全に独立している!?


 いや、そうではない筈だ。というよりも、そうであったならば、色欲はあまりにも無敵過ぎる。そして、ここまで戦った色欲の戦い方は、そこまでの無法の力を有した者の戦い方ではなかった。隠すべき急所を、弱点を持っている者の戦い方だ。

 シズクの指摘が間違いでないなら、心臓は断った。で、あれば――――


「――――まさか」

『ハハハハ    ハハハハ  ハハハハハハハ!!!!』


 最悪の予感が頭を過る。その予感を後押しするように、禍々しい嗤い声が響き渡る。闇の奥、心臓の身体だった白い大樹の残骸から、複数の色欲が姿を現した。

 だが、他の個体とは明らかに放つ気配が違う。身体の形も成長を遂げている。約2メートルほどの体軀のヒトガタ。雌雄もバラバラの四つの個体。コレは、こいつらは、


「心臓が、()()……!?」


 背後に控えるシズクが、震えるような声で言った。


 色欲の急所は、一つではない。


『子は   成長する    ものであろう?』


 短く髪らしきものを切りそろえた、雄型の個体は七天達を嘲るように言った。


『  心臓の機能として  成長するのには 流石に   時間がかかったがなあ?』


 長く伸びた髪を束ねた、雌型の個体はわざとらしくため息をついて苦労を訴えた。


『子育てというのは  難儀よのお  まったく  ()()  手がかかるなあ   』


 同じ形をした、雌雄どちらともつかぬ2個体は、互いを抱きしめ、互いを嘲り、互いを慈しんだ。それに呼応するように、色欲の子供達が一斉に嗤いだす。ゲラゲラゲラと、複数の笑い声が反響する。


『さて  さて   どうするか?』

『七天など    こわい  こわい   我は   隠れよう』


 一体が戯けるように身を震わせた。


『 我は   孕み  我を   愛でよう  』

『おおそうだなあ     ()()()()()()()()    ()()()()()()     ()() ()()()()()  ()()()  ()()()()()()()()

 二体が母のように、胎を撫でながら、慈しむように言った。


『    ではその間  我は   敵を  殺そう   』


 一体が父のように、勇ましく、おぞましく、牙を剥き出しにして嗤った。


『嗚呼   嗚呼   育児というものは   協力せねばならぬからなあ?  』

『おお   全くだ  』

『ハハハハ』

『ハハハハ  ハハハハ     ハハ!!』

『ハハ    ハ『ハハハ     ハハ    ハハハハハ『ハハハハ          ハハハハハハハハハハハ『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ『ハ『ハハ『ハハハハハハハハ『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!』


 嘲りの大合唱を前に、ユーリは心をかき回されぬように努めながらも、現状が窮地であるという事実をただ悟った。大罪竜の討伐。わかりきっていたことではあるが、これはただ一体を相手取るだけでも不可能に近い難事なのだ。


 だが、諦めるわけにはいかない。

 そして現状は()()()()()()()()()()()()()()


 それを理解しているから、ユーリはひたすらに残された力の全てを溜め、僅かでも削がれぬように努めた。


「いや、貴様らはここで滅する」


 そして、血にまみれたグロンゾンがよく通る声を発した。動き出そうとしていた色欲は、興味深そうに、死にかけているグロンゾンを見る。


『ほ   う ?』

『  どう   やって   だ?  死に損ない  』


 余裕と、油断をユーリは感じ取った。

 あまりに邪悪な能力を有している【色欲】だが、やはり本質的に“戦士”ではない。いくら状況が優位であっても、敵を前にしても油断するし、戦い方は雑だ。そして今は大量の数の利を持つ者特有の、緩みがある。

 無論、それでも尚最悪の脅威で、七天達であろうとも太刀打ち困難な怪物であるのには変わりない。だが、だからこそ、そのほんの僅かに垣間見せる隙を、決して見逃してはならない。


「うむ、まさしく死に損ないだ!!だが、死に損ないにもできることがあるのだぞ?!」


 グロンゾンは大声で宣告する。その間、一切の仕草も合図も出していない。だが分かる。この死地で、極限まで研がれた神経が、彼の意図を受け止める。ユーリの背後にいるディズ達も、きっとそうだ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そういって、グロンゾンは、残された方の手を掲げた。金色の籠手。太陽神の加護、その実態は武具では無い。圧倒的な【消去】の力の塊である。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「【破邪天拳・葬鐘】」


 闇の中に落下したグロンゾンのもう片方の腕、そこに装着されたもう一つの天拳が、その力を一気に解放し、莫大なまでの鐘の音を迷宮の深層に響き渡らせた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 そのすさまじい鐘の音――――というよりも、もはや音の大爆発をまともに喰らった色欲()は、その大部分が一気に砕け散った。肉体を構築している全てが粉みじんに砕かれて、魔力に還元されていく。

 それは最早【消去(レジスト)】なんていう言葉で片付けられる現象では無かった。あまりにも一方的で無慈悲な、殺戮の鐘だった。


『がああああ    『 ああ   『  あああああああ!!!?』


 ()()()の砕け散る音を聞きながらも、心臓はその崩壊に耐えていた。砕け散っているのは生まれてまだ成長しきっていない弱い個体のみだ。心臓を有するほどの個体であれば、崩壊仕切ることは無い――――


 だが、それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「屈辱を返しますよ」


 天剣の声が響く。恐ろしく研ぎ澄まされたや殺意が懐まで迫っていた。色欲は寒気を覚えながらも、即座に自らの権能を放った。


『【   揺  蕩 え  !!!』


 あらゆるものを揺らす権能は、間違いなく色欲から放たれた。しかし、その力は、放った側から()()()()()()


『な   に   !?』

『鐘の    音――――っが!?」


 そして、驚愕と隙を縫うように、二体の心臓が、輝く刃によって両断された。


「ふたぁつ……!!」

『 【狂い    砕けよ!!!   !!】』


 権能を、鐘でもかき消されぬほどに強く重ね、天剣を弾き飛ばす。その強力な力の衝突によって、両腕をへし曲げられ、血しぶきを伴って吹き飛びながらも、天剣は顔を笑みにゆがめ続けた。

 だが、危機は去っていない。未だに、鐘の音は継続して響き渡っている。その力は、こちらの権能を一方的に消し去り、その上で七天達を強化し続けている。


 厄介な!!!


 天拳が厄介極まることが分かっていたからこそ、最初の作戦で天拳を引きはがしたのだが、想像よりも遙かに不愉快な事態になったことに色欲は唸る。


 やむを得ぬ。深層から離れ、隠れ、潜もう。


 深層の上、上層に出ると、必然的に太陽の結界の圧が強くなる。今のように増えるのは難しくなるかもしれないが、時間はこちらの味方だ。心臓が新たな自分を孕めば、再び味方は生産される。だが、向こうの傷は容易くは回復しまい。時間がたてば老いるし、死ぬ。どれだけ魔力が強化されようが、不老不死とはなるまい。輪廻を繰り返す自分とは違う。


 逃げよう。隠れよう。そうしよう。


「【心臓】が逃げます!!停止させるので時間を稼いでください!!!」


 だが、そうしようとした矢先、不愉快極まる鈴の音の声が、色欲達の耳を打った。


『貴様あ    あ  あああああ!!!!!』


 逃げる。だが、その前に、あの不愉快な白銀だけは殺し尽くさなければならない。

 崩壊しかけた色欲の残りたちが一斉に殺到する。腕が千切れたもの、足が崩れていくもの、最早首だけになったものまで、全員が白銀を殺すべく動いた。魔性の権能は鐘の音でかき消されるならばと、爪と牙で、その細い喉を掻っ切らんととびかかった。


『【骨芯変化】』


 だが、その刃が、白銀の喉を切り裂く寸前、彼女の体から突き出た無数の白い、骨の槍が崩壊しかけていた色欲たちの体を一挙に貫いた。


『カッカカカ、ずぅーっと主の護衛をする他なかったのは退屈じゃったが―――』


 貫いた槍が形を変え、一体の死霊兵へと変貌する。未だ、体が崩れかけてもなお、白銀を殺そうとうごめく色欲の断片たちを、その剣で一気に両断した。


『役割は果たせたカ、の!!!』

「ええ、感謝しますロック様。そして、ああ、隙を見せてくれて、よかった」


 そして、砕けていく色欲たちの姿を見て、白銀は嫋やかなほほえみを浮かべた。


「慎重さに、欠けましたね。流石に、全ての心臓に干渉するなんて無法は出来ません」


 謀られた。ただの出まかせで、心臓を逃がさぬため、引き寄せる囮だ。

 だがそれに気づいたときにはもう遅かった。


「【劣化創造・緋皇極剣】【星剣よ、破邪を纏え】」


 緋と蒼、二つの剣を構えた勇者が、彼女の背後から現れた。


『き   さ―――― 』

「凶星よ、闇に帰せ」


 双剣の輝きが闇を引き裂き、更に一体の心臓が両断される。残り1つの心臓へと、勇者が二つの刃を閃かせながら、切っ先を向ける。


『【揺蕩い  狂い  果てよ   !!!】』


 もはや、なりふりなど構ってはいられなかった。色欲たちの大合唱が、一気に空間を満たした、いまだ響き続ける破邪の鐘の音と、すべてを狂わせる邪なる声。この二つがぶつかり合い、重なって、とてつもない不協和音と化して、周囲を破壊した。


「っが…!!」

「ディズ様!!!」


 勇者も、その力の斥力に弾き飛ばされ、崩壊する迷宮に押しつぶされる。白銀も同様だ。だがもはや、残された一つの心臓はそれらにとどめを刺そうとは思わなかった。そんな余裕はなかった。


 逃げる、生き残る。そしてまた繫栄する。


 定められた本能に従うように、色欲は奈落の闇から逃れるように空へと手を伸ばす。空の光、輝きへと手を伸ばした―――が、それは外の光、忌々しい太陽の輝きではなく、


「【破邪天拳】」


 眼前に迫るのは巨漢。隻腕を失っても尚猛々しく、血にまみれても尚勇ましい、【天拳のグロンゾン】が残された右手、金色に輝く【天拳】の光だった。


「っちぇええええええええええええええええい!!!!!」

『おのれ  え え え え  ええええええ     !!!      』  


 こうして、残された最後の心臓は、天の拳によって粉みじんに粉砕された。


 天賢王勅命ゼウラディアクエスト、色欲の超克は成った





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 そして現在、大罪都市グリード


「と、まあ、このような経緯で左腕が吹っ飛んでしまったわけだ!皆の奮闘がなければ死んでいた!!全く情けない限りだ!!」

「話のノリ軽いっすね。グロンゾン殿」


 ”元”天拳グロンゾンの説明を受けたウルはやや呆れた顔で、彼の話を聞いていた。



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― 新着の感想 ―
憤怒はあれでも大幅に弱体化してたんだろうなぁ… 全力で殺しに来られてたら七天がこれだけいてもギリギリな訳だし。 そりゃかつての七天も3人持っていかれるわ…
[気になる点] 「隻腕を失っても〜」という表現はおかしいです。 隻腕とは片腕を失った状態を表す言葉で失うものではありません。 「隻腕となっても〜」と書き換えた方が自然だと思います。
[気になる点] グロンゾン、ダヴィネに義手の発注に来たかと思いましたが、〈天拳〉の後任への引き継ぎという可能も有りましたか。
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