色は嗤い、怒は眠る
薄暗い暗闇。
無意識と意識の狭間の中にウルは再び潜っていた。自身の内側の底の底にウルは立ち、闇の中を睨み続けていた。 視線を向け、見渡してもそこには何も無い。
「おい」
声をかける。反応はない。手を伸ばしても、今度は手応えすら無い。更に奥へと潜ったのかも知れない。これ以上自分の奥底に潜ろうとすると、恐らくウルはそのまま眠りに落ちる確信があった。
つまり、こっちに引きずり出す必要があった。ウルは意識を集中した。
「【竜殺し】」
虚空から、黒く輝く鮮烈な大槍が姿を現した。ダヴィネが用意した新型の竜殺し。本物ではない。イメージに過ぎない。だが此処はウルの内側だ。ウルがそれを本物と思えば、それは本物と変わらない力を持つ。
ウルは出現した槍を左手で握りしめる。視線の先にあるのは自分の右手だ。白い、異形の右手。以前のように、元の真っ当なヒトの手に戻ったりはしていない。完全に肉体に馴染んで、支配できていると言うことなのだろうか。
それをにらみつけて、ウルは軽く息を吐く。そのまま左手で握った竜殺しを一直線に右手にふり下ろし――――
『や め よ ! 』
その直前、怒鳴り声が響いた。ウルは即座に手を止め、同時に右手を闇の中へと鋭くのばした。そして掴んだソレを一気に闇の奥から引っ張り出す。
『き さ ま』
「よお、ラスト。元気だったか?」
大罪竜ラストとウルは再び向き合った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大罪竜
負の側面の、世界の根幹。
その一端を担う大罪竜ラストから、情報を聞き出したいとはウルも常々思ってはいた。その考えは天賢王と魔王の話を聞いてから加速した。自分がこれから巻き込まれようとしている状況に対して、未知の要素が多すぎた。
事情があるのだろう。王が全てを語っているとは思わない。伏せている事があるはずだ。
魔王に関しては言わずもがな、信頼できるはずも無い。
そして、この二人は手を組んでいる。つまり同じ陣営だ。情報の成否とは別に、どうしても偏りがある。別の視点の情報が必要だった。
「逃げ、んなよ……!ここまで潜るのも面倒なんだ…!」
『…… …… !!』
竜の角を持った悍ましいヒトガタの大罪竜の首を掴んだまま、ウルは想像上の竜殺しを更に強くにぎった。竜殺しで自身を刺そうとしたとき、大罪竜ラストはあからさまに拒絶を示した。で、あれば、このイメージの槍は実際のそれに近い力を有している、筈だった。
同時に、現実では出来ないようなことも、此処では出来るはずなのだ。
「分かれろ…!」
竜殺しが歪に揺れる。形状が変化する。縄のように、鞭のように歪んでウルが掴んだラストに襲いかかった。一瞬にしてラストの身体を縛り付け、固定する。捕縛が完了したのを確認しウルは、グッタリと息を吐いた。
「くっそ疲れる……寝落ちしそうだ」
『き さ ま』
「こっちは話を聞きたいだけなんだ。頼むから逃げないでくれ」
朦朧としそうになる意識をなんとか引き戻し、ウルはようやくラストを正面から見つめた。ただ、それだけのために相当な苦労があった。何でも出来る世界、とは到底思えない。自分の立ち位置すらも曖昧なのだ。踏み外した瞬間、夢の奈落へと一直線に落ちて、気が付けば朝だ。常に集中を強いられた。
気を抜かぬよう、ウルは腹に力を込めて、ラストに向き直る。
「聞きたいことがある……んだが、なんだ?形変わったか」
落ち着いた状態で彼女に視線を落とすと、以前彼女を見たときと比べやや姿形が変わっていることにウルは気がついた。以前はもっと身体の形がのっぺりとして「ただ、ヒトの形に寄せただけの生物」といった印象が強かった。
だが、今は以前よりかは幾ばくか、ヒトとしてのパーツが詳細になっている。よりヒトらしくなっている。その結果、幼女を縛り付けるという、大分怪しい絵図になってしまっているが、そこは考えないようにする。
『貴様の 所為だ ヒトの 魂に 降されるとは 腹立た しい 』
「同情した方が良いか?」
と、ウルが口にした瞬間、ウルの頬を掠めるように、熱線がラストの瞳から射出された。何もかも引き裂くような禍々しい光が遙か後方の闇まで駆け抜けていくのを。ウルは呆然と見送った。頬が焼けた痛みが後から追ってやって来た。
『殺す ぞ』
「すみませんでした」
見た目が変わろうが、いくらか殊勝になろうが、目から怪光線ぶっ放すこの竜が何処までも油断ならない存在には違いなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『それで 何を 聞くと 言うのだ?』
気がつけば、何も無い暗黒の空間の様相は姿を変えていた。
机が出現し、椅子が出現し、必要かどうか定かではないが燭台が出現し、灯りとなって炎が揺らめいた。奇妙な壁が仕切りのようになって、部屋らしきものをかたどっている。ラストは自身が生みだした玉座に腰掛けて、足を組んでふんぞり返っている、竜殺しに縛られた状態で尚、態度は大きかった。
「世界の構造について」
対面の椅子に座り、ウルは質問をぶつけた。
「まず……お前達大罪竜は、邪神の配下って事で良いのか?」
『殺す ぞ』
「待て、怒りポイントが分からん」
いきなりラストの眼光が再びピカりそうだったのでウルは慌てた。竜の逆鱗が果たしてどこにあるのか全く掴めない。それを探るためにこうして話を聞き出そうとしているのだから当然と言えば当然だった。
ウルはラストの怒りが収まるのを少し待った後、再び慎重に言葉を選び、問い直した。
「邪神から竜は生まれた?」
『……… そう だ』
ラストは頷く。
「だが、邪神の部下ではない?」
『産みの親が 必ずしも 絶対の存在か?』
「……それは違うな」
竜の逆鱗と、それの言わんとするところがようやく少し掴めた。大罪竜は邪神の意図によって生み出されたが、少なくともラストは邪神を嫌っている。自分を生み出した存在に対する、明確な憎悪がある。
不覚にも少しばかり、ラストに共感を覚えたのは顔には出さないようにした。
「じゃあ、アンタは邪神の意図に沿ってるわけではないと?大罪迷宮ラストが世界を侵食するのは?」
『 機構だ。 我の意思と 関係なく 迷宮は動く 』
不愉快極まるがな。と、竜は唸った。
『神と神の争い その兵隊達が相争う その構図に変わりは無い 結局 我の本体もその枠からは出られなんだ』
「色欲本体は既に滅んだらしいからな」
『らしい な 既に 我は 本体とは 別たれたが』
ラストは平然と言った。
しかし、自身の本体の死滅については、先程のようにあからさまに怒りをまき散らす様なこともしなかった。自身の死は、ラストにとって割とどうでもいいことらしい。
竜の独特の感性をなんとか飲み干しながら、更に話を突き詰める。
「……そもそも神とはなんだ?」
神、唯一神、太陽神、それに対なす邪神。
太陽神は絶対の存在であると、生まれたときからそう教えられてきた。都市の内側に長居することを許されない放浪の民であったとしても、その教えは染みついている。この世界の思想の根幹だ。それを疑ったことは無い。自身が踏みしめる地面が存在しないのではないかと疑う者はいない。
だが、今それが崩れてきている。神は、少なくともウルが生まれてから今日までの間ずっと教えられていたとおりの、莫大で、絶対な存在ではない。
では、果たして神とは何か。
そんなウルの内心を、信仰の揺らぎを見取ったのだろうか。ラストはここにきて初めて楽しそうにウルを見ていた。酷く嘲っていた。
『 想像は ついている だろう?』
「………」
『出来ていないなら お前の 最悪を 想像しろ その下を行くぞ』
ウルは顔を顰めて、沈黙した。それ以上の追求は出来なかった。コレまで歩んできて培ってきた価値観の根幹が砂のように崩れていく感覚を、堪えるのが精一杯だった。
ウルの沈黙に、ラストはその無様を笑った。闇の中、ひしゃげたような大罪竜の笑い声だけがしばしの間木霊し続けた。




