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何故かつての神殿はここを禁域としたか 下


 レイは、ボルドーが腹から刃を生やしながら、血を吐いて倒れるのを目撃した。


「え」

『aaa』


 突然、彼の影から出現した黒炎鬼が持っているのは短い短剣だ。それでボルドーは貫かれて、自分の血海の中に沈んだ。

 黒炎鬼が?短剣で?相手を刺した?


「あ……」


 そして、ボルドーのすぐ側にいたアナスタシアは動けずに居た。元より彼女は瀕死の身体だ。このラースに来ること自体、相当な無理をしている。

 目の前の脅威、黒い炎と黒い外套を纏った鬼を相手に立ち向かうことなどできない。


「アナスタシア!!!」


 故に、動けぬ彼女の背後から、彼女を守るためレイが弓を放った。竜殺しの力が宿った矢。弱い黒炎鬼であればこれを打ち込むだけでも仕留めることが可能な威力を秘めたそれを、レイは至近で速射した。

 レイは直撃を確信した。相手がどのような達人であろうとも回避できない会心の一撃だった。


『a』

「は!?」


 それを、黒衣の黒炎鬼は短剣の一振りで弾き飛ばした。

 至近で打ち込まれた風よりも速く飛ぶ矢を、一振りで。


「――――!!」


 レイは即座に、この目の前の鬼が、異質であることを理解した。

 幾多の黒炎鬼、幾多の番兵。そして不死鳥。それら全てと比べても尚、この鬼は異様だ。故に、アナスタシアの服を引っ張り、強引に抱える。


「ボルドー、さんが!」

「駄目!!」


 血の海に倒れたボルドーを助けたいのは、当然レイも一緒だ。が、彼の前にあの異質な黒炎鬼が居る。それを前にして、掻い潜ってボルドーを助け出すことが出来る気がしない。

 逃げて、ひきつけて、ボルドーから引き離すのが精一杯。だからレイはアナスタシアを引っ張って逃げ出した。


「何!!何なんだ!!」


 ボルドーの影から突如出てきた。恐らくクウの奇襲攻撃だ。それは分かる。だが、あの黒炎鬼はなんだ?あんな、あそこまで卓越した動きをする【黒炎鬼】はこの10年間戦い続ける中、見たことがなかった。


「あれ、は…………!?」


 肩に抱き抱えたアナスタシアが何かを口にしようとして、息を飲む。彼女は背後を見ていた。レイもは以後から迫る異様な圧力に振り返ざるをえなかった。そして見た。


『【aa】【aa】【aaaaaa】』


 幾重もの短剣が黒炎鬼の身体から突き出てきた。その身を焼く黒炎が纏わり付いた禍々しいその短剣を細く長い指でつかみ取る。そして姿勢を深くし、構え、振りかぶった。


『a』

「あ、ぅぅああああああ!!!」


 黒い炎を纏った流星が全方位へと飛び交った。レイは自らの背中が焼かれる感覚を味わいながら必死に逃げ回り、叫んだ。


「全員!!避難しろ!!隠れるんだ!!!」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「なん――――だ!?」


 不死鳥が真っ二つに切り裂かれた光景をウルは目撃した。

 まず真っ先に思ったのはクウの反撃だ。しかし、影を操る彼女の魔術とはあまりに攻撃の仕方が違う。そもそも、不死鳥をあんな風に両断出来るだけの力があるなら、最初から振るっているはずだ。

 だから彼女の攻撃ではない。少なくとも、彼女自身の技ではない。

 だが、それならなんだ?


「ウ、ル……!!」

「ガザ……?」


 ガザの声に彼を見ると、ガザはいままで見たこの無い程の恐怖に満ちた表情を浮かべてた。冷や汗を掻いて、耳を立て、そして明確な怯えを見せている。らしくない、と言えたが、その表情の意味はウルにも分かる。

 ウル自身も、先程から悪寒が止まらない。不死鳥を前にしたときすら感じなかった、猛烈な悪寒だ。ウルの本能が氷の刃となって臓腑を刺していた。痛い程の恐怖があった。

 だが、まだ耐えなければならない。敵の正体を見極めないまま逃げ回るのは愚策も愚策だ。最低でも、不死鳥を両断した何かの正体を探るまでは。ウルは不死鳥の死体の炎から現れる影に目をこらした。


「あれは……」


 その立ち姿は小さかった。番兵のような巨体からほど遠い。不死鳥よりも更に小さな、ヒト型の黒炎鬼。【焦牢】の周囲などでもみかけるような、ただの黒炎鬼と変わりない姿。


 違う点は、全身鎧を身に纏っていて、その体躯よりも更に大きな大剣を握ってること。特徴とも言える角は兜を突き出て生えているが、見た目ではその顔は見えない。


「……武器を握った黒炎鬼……」

「生前、よほどに染みついた行動なら、鬼になっても肉体がそれを再現する」


 10年前の敗北時、【黒炎鬼】になった仲間の一人が剣を振るっていたとガザは言う。


「そう、あることじゃない。動き方もデタラメだったりする。そもそも装備だってその内朽ちるしな………でも、だけど……!」


 大剣を担ぐようにして近付いてくる【黒炎鬼】は、ウル達の姿を確認したのか、不意に動きを停止させた。担いでいた大剣をゆっくりと下ろすと、まだ遠く距離のあるウル達の方角に身体を向け、姿勢を低くした。


「“アレ”は……なんだ!!?」

『a』


 そして、【黒炎鬼】は一瞬、ウル達の眼前に迫っていた。


「――――――!?」

『aaaa』


 ウルは絶句する。油断していた訳ではなかった。武器も構え、万全の姿勢でいたつもりだった。しかし大剣の【黒炎鬼】は既に懐まで迫っていた。全身鎧を纏って、身の丈ほどもあるような大剣を持ちながら、目にも止まらない速度で移動したのだ。

 そして、その剣を既に振るう姿勢にいた。回避しようがないほど速く。


「ウル!!!」


 動けなかったウルに代わり、ガザが前に出ていた。大盾をもった前衛職としての殆ど反射的な動きでウルの前に立ち塞がった彼は、殆ど体当たりするような姿勢でぶつかった。

 そして


『aa』

「な、ああ!?」


 ガザの構えた大盾は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに留まらずガザ自身の身体をも引き裂いた。


「ぐ……」

「ガザ……!?」


 ガザの背中越しに飛び散る血と、両断された大盾を見てウルは絶句した。

 彼が使っていた大盾は、ダヴィネがこの最終決戦のために用意した特注だ。竜殺しの性能は有していないが、黒炎蜥蜴の突撃すらも正面から耐えるとダヴィネは断言していた。彼は自分の作品に嘘偽りは言わない。事実それだけの強度があった。

 それが、斬られた。まるで枯れ木を両断するように容易く。


『aaa』


 知性を持たない、黒炎鬼の一振りで。


「お、おおおおおおおおおおお!!!」


 恐怖と驚愕で硬直していた身体を声を上げることでたたき起こし、そして竜牙槍を持ち上げ、そのまま【咆吼】を放った。倒れたガザが焼ける事を配慮する暇もなかった。兎に角一刻も早くこの黒炎鬼を排除しなければならない。


『aa』


 だが、大剣の黒炎鬼は【咆吼】を斬った。


「――――は?」


 そう、斬ったのだ。真正面に構えた大剣に【咆吼】は二股に分かれて鬼を避けて着弾した。巨大な大剣が閃光の真正面から両断して左右に切り分けていく。そんな風にはならんだろう。とウルは言いたかったが、事実そうなっていた。


『aaa』


 流石にその衝撃全てをいなすことは出来ずに後退していくが、しかし、本体に破壊の光は当たらない。竜牙槍がエネルギーを放出しきった後、黒炎鬼が平然と身体を起こすのを見て、ウルは顔を引きつらせて笑った。


「冗談だろ……」


 冗談であって欲しかった。冗談のような存在が過ぎた。

 完全武装の状態で砂漠を目にも止まらぬ速度で移動し、天才が生み出した合金の大盾を両断し、物質ですらない破壊の光を切り裂く。そんなこと、できてたまるか。


 だが、それを実行している。ウルの中で一つの推測が像を結んだ。


 想像もしたくない推測だったが、目の前のあまりにも超人めいた動きが「そうだ」とウルに伝えてくる。ヒト離れした身体能力。圧倒的な戦闘能力。かつて、この【灰都ラース】で失われた人類最強戦力。


 【天賢王】の配下、最強の僕【七天】 ()()【黒()()()()】!!!


『aaaa』


 黒炎鬼の大剣使い、恐らくはかつての【天剣】は再び大剣を構える。その構えと圧をウルは知っている。プラウディアで見た【天剣】と同じだった。ウルは反射的に身構えるが、身体の力が抜けているのを感じた。

 意思とは反して、肉体が目の前の状況を拒絶して、投げ出している。勝てるわけがないという、正論が彼の身体を腰砕けにしてしまっていた。しっかりしろと心の中で言い聞かせてもまるで言うことを聞かない。


『aaaaaaa』

「クソ………!」


 【天剣】が姿勢を深くする。また、かき消えるような速度で跳んでくる。先程守ってくれたガザは今砂に埋もれて沈んでいる。ウルは強引に手に力を込めて、【二式】を前に突き出す。デタラメに振って、牽制になるのを祈るしかない。


『a』


 【天剣】が更に一段、踏みこむ。圧が一段強くなる。ウルは恐怖で肺から呼吸が漏れるのを感じた。だが、それでも槍を落とすことだけはウルはしなかった。そして、


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 その直後、不死鳥が再び復活した。

 自らの黒炎の中から、既に今日三回目ともなる再生により復活した不死の鳥は、そのまま真っ直ぐに自らを両断した【天剣】へと突撃する。完全に背後から襲いかかる形となり、【天剣】は流石にその身を怯ませ、爆発するような火力と共に吹っ飛んだ。


「不死鳥……!」

『AAAAAAAA!!!!』


 そして、驚き固まるウルに対して、不死鳥は鋭く鳴いた。当然、鳴き声の意味は分からなかったが、その意図は察することが出来た。


 さっさと逃げろ、だ。


「す、まん!助かった!!」


 通じるかも分からなかったがウルは礼を言うと、血塗れになったガザを担いで一目散に逃げ出した。逃げ出したウルの背中越しに不死鳥の激しい声と、【天剣】の剣技が暫く響き続け、やがて止まった。

 背中から圧が迫るよりも速く、ウルはラースの廃墟の中に飛び込んだ。そして血塗れになってるガザに回復薬を振りかけながら、振り絞るような声で呟いた。


「どうする……どうすればいい……!?!!」


 窮地に答えを求めたところで、応じてくれる者は何時も通り居るはずも無い。

 答えを出せるのは、ウル自身しかいなかった。



 黒炎砂漠、最深層、灰都ラース


 【最悪の遺物】


 黒炎七天戦、開始


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― 新着の感想 ―
これね多分まだ序の口よ、だって竜の遺骸があって何も起こらないわけがないw
え!ここから入れる保険があるんですか? ん?……保険………。
[良い点] 絶望感がエグい、、
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