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吉凶の情報


 既に攻略され、打ち捨てられた小型の迷宮の中心、高名なる人形術士マギカの住処にて、轟音が鳴り響いていた。


「あはははーすごーい精霊憑きすごーい!らくー!!」

《このひとうるさーいめんどーい》


 それも連続で、マギカの笑い声をかき消すように。

 彼女は今【竜牙槍】(彼女が人形達に持たせていた武器)の試射を行なっていた。勿論ただの試射ではない。アカネ、精霊憑きの彼女の力を利用した試射だった。

 竜牙砲は魔道核を利用した強力な破壊魔術を射出する“大砲”だ。槍のような外装は、射出時二つに開き、射出するエネルギーの軌道を制御するレールとなる。


 アカネの役割はそのレールである。マギカの要望に合わせた形に正確無比に寸分違わず変貌し、そして


「はっしゃー!」


 撃つ。竜牙砲から解き放たれる眩い白の閃光は迷宮の壁に着弾し、迷宮全体を震わせる。それは右に逸れたり複数に分裂したりと様々な形になりながらも兎に角迷宮の壁を削っていた。

 正直傍から見ていたウルはこの迷宮がいつ崩れるかとヒヤヒヤしていた。


「アカネー大丈夫かー怪我してないかー」

『あつーい、うるさーい、にーたんかわってー』

「そりゃ無理だー頑張れアカネー」


 どーんどーんどーんどーんと、轟音響く中、ウルにはエールを送る事しかできなかった。


「段々、エネルギーがまとまっていきますねえ」


 シズクは轟音の中指摘した通り、アカネから放たれるエネルギーは徐々に収束していた。あれほどバラついていた光は一本の太い線となり、同時に迷宮内に響く轟音は徐々に強くなっていく。そしてついに


「はっしゃー!」


 アカネから放たれた最後の一撃は、一際に大きく迷宮を揺るがした。音に慣れていたウルとシズクも思わず耳を塞ぐ程の一撃であり、土台となっていた人形は撃ち切ると同時にその体を崩壊させた。それを確認したマギカはニッコリと笑った。


「この形状かー!!うわーい!アカネちゃんあんがとー!!」


 興奮気味にマギカはまくしたて、そのままダッシュで家に飛び込んでいった。残されたのはウルとシズク、そして疲れたようにフラフラと竜牙砲からでてきたアカネはしばし沈黙の後に、


「……とりあえず満足してもらったという事でいいのだろうか?」

《つーかーれーたー、ジュースー》

「あとで私と一緒にレモネードを買いに行きましょうねー」


 アカネをシズクが宥めながら、マギカの満足げな様子にウルは小さくほっと安堵の息をついた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 マギカの後に続いて家に戻ったウル達は、マギカが奥の部屋で何やら作業をしているのを待ちつづける事数時間、時折外に出てきたマギカにアカネが掻っ攫われて外で何度かの轟音が響くこと数回を繰り返したのちに、ようやく会話に戻ることが出来た。


「いやーアカネちゃんのおかげでかなり時間浮いたよー助かったー」


 マギカはウル達に最初に接した時のけだるげで適当な感じとは違う、何やら艶々とした顔で満足げな笑みを浮かべていた。


「それはなにより……そんなにも役だったのか」

「頭の中をそのまま出力できるってすんごいよー?そりゃ“コレ”書かされるよねー」


 彼女の机の前には大量の紙。それは内容を破れば重大なペナルティが科せられる【血の契約書】。ディズがアカネを貸し出すと話した際、彼女が出した条件がコレだ。


 ――人形遣いのマギカね、彼女レベルの優秀なヒトに精霊憑きを明かして貸し出すなら保険は必要だよ?


 ということでディズが用意したのが此方となる。ちなみにこの契約書一式だけで金貨数枚が消し飛んだという話はウルは聞かなかったことにした。 


「精霊憑きはすごいのねー……私がおもったよりずーっとなんでもありだったわー」

「満足頂いて何より……それでだな」

「いーよ。黄金不死鳥には報酬払っておくけど。貴方たちには情報だけでいいの?」

「アカネの労働の報酬は俺のものではない」



 あくまでアカネはディズの所有物であり、彼女の報酬はディズのものである。ただし、その彼女へとディズをつなげたのはウル達の成果であるから、その分のおまけということになる。


「ちなみに、彼女との取引でかるーく宝石人形の賞金超える額がとんだけどーききたい?」

「結構っす」


 実に楽しそうなマギカの提案を、ウルは丁重にお断りした。


「ふっふー、どうして精霊憑きなんていうデタラメなジョーカーが身内にいたのに、貴方が窮地に追い込まれているか不思議だわー。お金がうまれる源泉よーその子」

《わたし、じょーかー?》

「ジョーカーが過ぎて、貧乏人には扱えなかったんだよ」


 マギカとの取引の際、ディズが安全のために費やした費用はとてつもない。ウルやウルの父親にはそんな金を費やすことは出来なかった。だからウルはアカネを他のヒトの眼から隠す事しかできなかったし、下手に利用しようとした馬鹿親父は、端金を掴んだだけで死んだ。

 金は、金のある方に流れていく。

 と、何処かの誰かがしたり顔で語っていたが、それはどうやら事実だったらしい。 


「まーんなことはいいんだ。報酬、俺達にも払ってもらうぞ」


 後悔よりも目の前の問題だ。ディズに何度も頭を下げてなんとかアカネを連れ出せたのだ。貰えるモノは貰わねばならない。


「いーよ。と言っても割と単純なんだけどねー。ハイこれ」


 と彼女が差し出してきたのは水晶だった。手のひらより少し大きいくらいの白の水晶であり、そこに映し出されているのは迷宮の、そして宝石人形の姿だ。景観を映し、固定する白水晶だった。それ自体はウルも分かる、が、


「……で、この宝石人形が何か?」


 見る限り、宝石人形が映し出されている、だけだ。これがなにを意味しているのかピンと来ない。


「あー違う違う、宝石人形じゃないよー見るのはー」


 そう言って彼女は水晶に移る“絵”の下部を指さす。水晶の絵からはみ出すほど大きな宝石人形の足元。そこには当然、人形の巨大な足があるだけだ。他には何も―――


「……ん?なんだこれ?」

「あら、何か小さな……ネズミ?」


 そう、よくよく見るとその巨大な足の、その近くに小さなネズミの姿が映っていた。生き物と言えば魔物か冒険者な迷宮の中で、大鼠でもない単なるネズミなんてものは珍しいが、しかしいないわけではない。そんな珍しくもないネズミの姿が映された水晶を前に、ウルとシズクは、そしてついでにアカネは、頭を捻った。


「……それで、これがなんなのだろうか?」

「だから、“それだよー”」


 繰り返される、マギカの言葉。ウルはその言葉の意味をしばし理解できず、もう一度水晶をのぞき込み、そしてしばしの黙考の末、ふと、気づいた。


 “宝石人形が、ネズミをかばうようにして立っていることに”


「……おいまさか、そういう事か?」

「そう言ってるじゃん最初から、この“ネズミ”がこの宝石人形の行動目的だよー」


 行動目的。

 迷宮から生み出された、人の意思を介さず生まれた人形たちに刻まれた命令術式はランダムだ。至極真っ当な守護者(ガーディアン)らしい命令になるときもあれば、まったく無意味な行動を延々と繰り返すことになる場合も多々ある。

 ならば、『ネズミを守れ』という命令に忠実な人形がいてもおかしくはない。


「……じゃあ、突然中層にいたはずの宝石人形が上がってきたのは」

「宝石人形がー、じゃなくて、このネズミが上層に上がったからついてきちゃったんだろうねー。多分迷宮が活性期に入って混乱してたんだろうねーネズミさん」


 宝石人形の行動の中で、唯一不可解とされていた行動。突然の上層への侵入も、確かに彼女の説明なら筋が通っていた。


「……よく気が付いたな」

「そんな難しい話じゃないよー。上層に突然上がってきて、なのに外にまではでず上層にとどまってるなんて少し考えればわかるよ。後は調べるだけー」


 そしてその結果がこれだった。

 宝石人形は確かにネズミの姿を追いかけて行動する。しかしネズミを攻撃するためではない。宝石人形は常にネズミを守る様にして行動している。ネズミに近づいてくる人間や魔物を(それがネズミではなく宝石人形自身を狙ったモノだったとしても)徹底的に排除し続けていた。

 宝石人形の謎の上層への進出、それ以後のあらゆる生命体に対する攻撃行動、そのすべてに説明がついた。そして宝石人形の弱点にも。


 【破壊】【暴走】【機能停止】、このうちの3番目、目的を達成もしくは破壊する事で行動不能にすることができるのだ。


「これなら…」

「宝石人形を俺達でも討てる」


 シズクとウルは顔を見合わせ。まるで見えてはこなかった突破口がようやく見えてきたのだ。宝石人形を直接叩くというのは難しいかもしれないが、小さなネズミの撃破くらいなら、ウル達にだってできる。宝石人形の手を掻い潜らなければならないが、それでも直接叩くよりはまだ現実的だ。

 光明が見えた。と、二人はそう思った。


「ま、そー簡単にはいかないけどねー」


 そこに水を差したのは、福音をもたらしてくれたマギカだった。一瞬浮かれていたウルは、彼女の言葉に眉を顰める。


「……というと?」

「今の話だけど、どう思う?」

「どうって……」


 とても良い話である。とは思った。決して確定ではないが、一級の人形師の彼女が、それも精霊憑きの一時的に貸し出してもらうために提示した情報だ。精度は高いだろう。

 誰でもできる。たとえ一月ばかし前になったばかりのウル達にも狙える、本当に誰にでもできる簡単な――


「……誰にでも?」

「そーだれにでもー」


 マギカはアカネの小さな手のひらを何かのレンズで凝視しながら、なんでもないようにつぶやいた。


「貴方たちって【銅の指輪】を狙ってるのでしょー?」

「そうだが」

「としたら【機能停止】を狙った場合、冒険者ギルドがどう評価するか微妙なとこねー」


 機能停止は相手の弱点を突き、討つ。実に合理的な戦術だ。だが、あの宝石人形はこの弱点が、ネズミの存在が今まで発見されなかったからこそ賞金首になっていたのだ。そのネズミが発見されたからと言って賞金首が取り下げられる、なんてことは今更起こることはないだろう。

 が、冒険者の実力を査定する立場にいる冒険者ギルドにとってはどうか。


「人形の守護対象のネズミを見つけて殺して、機能停止しましたー。じゃ、弱いよねー」

「弱い」


 冒険者ギルドが信に足ると見なされた証に必要なものは幾つもある。当人の人格も、普段の素行も、瞬時の判断能力の有無も、実績も必要だ。

 だが、何よりも最も重要なのは、戦闘能力である。

 人類の脅威、次々と迷宮からあふれる魔物達に立ち向かえるだけの力なくして冒険者の資格はない。しかし、【機能停止】は、その重要なポイントを示すことはできない。


「難易度が下がる分、評価点も下がると」

「宝石人形を倒せたらいこーる銅のゆびわーってのはちょーっとなめ過ぎかなー。冒険者ギルドって割とシビアだよ?」

「どうやってそれは示せばいい」

「それはしらなーい。私の報酬はここまでよー」


 ねー?とアカネと一緒に首をかしげるマギカはそれっきり、ウル達に興味は無くしたようだった。ウルと、そしてシズクは沈黙し、目の前の水晶に映る人形とネズミを見つめ続けた。ちっぽけな、なんてことはない、小さく老いてるようにも見えるネズミ。


 こんな何でもないネズミが、ウル達の命運を握り、揺さぶっているのだ。



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