空の来訪者③
天空からの魔物の襲来
前代未聞の魔物の襲撃に対し、ウル達は司令塔を一気に下り、表に出ていた。既に墜落は始まり、大量の魔物達は降り注ぎ、半分以上はその落下の衝撃でそのまま死亡した。だが、もう半分は蠢き、ウーガの上で動き出そうとしている。
「久々に全く意味分かんねえ襲撃が来たなあ……」
「竜を模した粘魔の襲来を意味不明と考えると2ヶ月ぶりでしょうか」
「訂正、そんな久々でも無かったわ」
シズクの説明にウルは前言を翻した。どうもおかしな例外的襲撃ばかりが周りで起こりすぎている。普通の魔物襲撃とはなんなのかわからなくなってきた。
「墜ちてきた魔物の位置、分かるか?」
「場所は分かるのですが、生きてるもの、死んでるもの、死に損なってるものの区別が付きません。もう少し時間が経過すれば分かると思いますが……」
シズクは耳に手を当ててるが、酷く聞き取りづらそうにしていた。先ほどから継続してウーガの結界を魔物達が叩く音、結界を抜け、落下した魔物達の断末魔、あるいは生きて痛みにもがく声、そしてその中に混じった住民達の悲鳴が全て混じり合い、音のセンサーが不調をきたしているらしい。
「司令塔の周辺に5体、この先の大通りと、住宅区画にも4体ずつ生きた奴がいるね」
「エクス、分かるのか?」
代わりに、エクスタインが情報の補正を行った。彼は両目を閉じ、瞼を指で触れ、何かを読み取るように顔を顰めている。よく見れば薄らと、瞼の隙間から薄紫色の魔光が漏れていた。
「【俯瞰】の魔眼。都市警備で、罪人を追いかけるときに便利なんだよ」
「そりゃまさに今の状況にうってつけだありがたい。」
「でも残念ながら魔物の傾向は分からない。全然バラバラだ」
「十分だ。住宅街から行くぞ」
「ところで、ブラック様が来ていませんが」
「ほっとけ」
冒険者ギルドから黄金級と認定された以上、実力は間違いなくあるのだろうが、あの男に戦力的な期待はしない方が良い。期待した目で見れば、全く逆のことを面白半分で行う。あの男はそういう性質だということが、ここ数日でよおくわかった。
放置するのが吉である。
「アカネ。ディズのとこいかんで平気か?」
《んにー、ディズよろいもあるしだいじょうぶとおもうよ?》
「そんじゃあ兄妹で久々に頑張るかね」
《おっしゃー!あたしひゃくせんれんまよー》
「実際、我々よりも修羅場経験してそうですよねえ」
【勇者】であるディズに使われ、振り回され、大罪迷宮の最下層まで潜り込むような日々を送っていたのがアカネだ。そう考えると、彼女の経験に釣り合えるかわからないが、そこは兄妹の絆でカバーしよう。と、思っていた……が、
《にーたんいくぞー【れっかそうぞう・てんまのぐそく】》
「ん?なに――――を゛!?」
瞬間、ウルの身体が空を跳んだ。というか飛んだ。視界が一瞬で背後に消え、瞬く間に自分の目の前に住宅区画が迫っていた。
「なんじゃああ!?」
《にーたん!きーっくよ!》
「なんてえ?!」
言われるまま足を突き出せたのはまさに兄妹の絆の証し、と言いたいが正直やってるウルは必死だった。視界には、住宅区画にて避難できていなかったであろう名無しの親子が、魔物に襲われようとしている。牛頭の人型の魔物は、その巨大な斧を振り下ろそうとして――
『GUUUBOOOOOOOOOO!?』
ウルの蹴りが、頭部に直撃し、首がへし折れて絶命した。
そしてウルはその勢いを全く殺せず地面にすっころび、暫く回転した後、住宅の壁に身体を叩きつけて停止した。
「おぼがあああ!?」
《よっしゃあさすがにーたん!》
「こ……交通事故だぞこんなもん……!!」
《でも、でぃずいっつもこんなんよ?》
勇者はどうやらいつも交通事故に遭っているらしい。彼女の業務の過酷さを改めて実感した。兄妹の絆でどうこうなりそうな経験差ではなさそうだ。
「だ、だ、だ、大丈夫!?ウルくん!?」
「うーっと……ネネンさんか。娘さん無事?」
「え、ええ!ソレより急に魔物が!」
「ちょっと変な襲撃があったみたいなんで適当な空き家でもいいので隠れていて。そっちの方が安全だ」
知り合いの名無しだったので速やかに避難を指示する。
こういったときの避難場所として一応司令塔に逃げるようにという取り決めは通達していたのだが、ここまで魔物が全範囲に降り注いでしまうと、隠れていた方がまだ安全だろう。
しかし、魔物はヒトを狙って襲ってくる。当然、あまり猶予は無い。
「ので、急いで倒したい……が」
『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
先に倒した【牛頭】、それと同じ魔物が3体、コチラに迫ってくる。確か、記憶に有る限り牛頭は9級の魔物だ。ウル達がラストの迷宮で必死に倒した毒花怪鳥と同等の魔物である。階級が同じであるから、イコール同じ強さとは一概には言えない。が、全く油断できる相手ではないと悟った。
「無策で突っ込んだら死ぬな……っつーか、なんでそんなのがぽこじゃか沸いて出るんだ」
9級から7級程度の魔物が雑魚として沸いて出るのは、大罪迷宮における中層規模だ。周りの、落下で死亡した魔物達も、大なり小なりそれに近い。
イメージとしては、大罪迷宮の中層の生態系が、丸ごと空から降ってきている。そんな状況だ。なんでそんな頭のおかしい事になったのかは勿論わからない。似たような事例も聞いたことが無い。
『GUMOOOO!!』
『G,G』
『GAAAAAAAA!!』
幸いにして、と言うべきだろうか。彼らは、この場から逃げ出したネネン親娘ではなく、明らかにウルに注視し、コチラに狙いを定めている。しかし、ウルに即座に飛びかからない辺り、先ほど、一瞬で仲間の一体を打ち倒したウルを警戒しているのかも知れない。
先ほどの一撃がほぼまぐれであった事を悟られぬよう、余裕たっぷりな動きで前を睨む。
「とりあえず今は、こいつら倒しておかないとな……原因調査は後だ」
《もっかいキックやる?キック!》
「牛頭の首より俺の首がへし折れる可能性が高いので却下」
《えー》
「もっと安全安心に敵ぶっ殺せる武器とかねえのか」
《わーがーまーまー》
そう言って、アカネが姿を変える。右手に握った竜牙槍側でなく、左手に纏わり付く。気がつけばウルの腕に、煌煌と燃える剣が握られていた。
《しゃくえんけん、さすともえるよ》
「……別種武器の二刀流とか、全く使いこなせるきがしない。剣の練習とかしてねえ」
《わーがーまーまー》
「がんばるかあ……」
妹、にあまり我が儘を言っては兄の威厳というものが廃るので頑張ることにした。
ひとまず、3体の牛頭に対してやるべき事は、
「逃げる」
《なんで!?》
「近接で多数に囲まれたら死ぬわ」
相手が魔物だろうが、コッチが特殊な武装に身を固めようが、多数有利の戦いの原則が揺らぐことは絶対に無い。訓練所時代グレンから散々叩き込まれ、その後の経験が教えを裏付けた。
《でもディズなら倒すよ?》
「にーちゃんそろそろ泣くぞー……追いかけてきてるか?」
《うん》
「【咆吼】」
ウルは後ろ向きに竜牙槍を構え、捻る。裂光が迸り、牛頭達の真正面に直撃した。
『GUMOOOO!!!』
《むっ?!》
「どした」
《かばっとる》
アカネの説明をウルは理解する。3体いる牛頭の内、先頭の一体が【咆吼】を受け止めたのだ。背後の2体が直撃しないようにと。
牛頭の特性をウルは思い出した、彼らが9級に位置づけられている理由。――獣の頭、なれどその連係はヒトのそれを大きく越える――。魔物の筋力で、ヒトの連係。数を早々に1体減らせたのが幸いだったか。
《散った!》
「面倒くせえ!」
そして1体が防いでる隙に、残る2体は左右にばらけ、建築物の影に隠れた。咆吼を直撃した一体は丸焦げになって地面に倒れ伏した。まだ死んでいないがすぐには動くまい。
ならば残り二体。完全に姿を隠し、未知の二方向からの連携攻撃は死の予感しか感じない。――――が、来る場所が読めているなら、話は違う。
「最近は、慣れて、きた!」
《んにゃ!?》
眼帯をずらし、【未来視】の魔眼を開き、まだ誰も居ない右通路に灼炎剣となったアカネを投擲する。間もなく、予知通り牛頭が姿を現した。牛頭は、不意を打つ筈が、姿をさらした瞬間に炎の剣が胴に突き立つ理不尽に遭遇した。
『GOAAAAAAAAAAA!!!――――…』
「斬ったら燃えるっつーか炭になっとる……」
《ぽんぽんいもうとなげんなー!》
すまんすまん、と謝ろうとした。が、そんなヒマは無かった。
まだ昼間なのに影が落ちる。太陽神が隠れた、訳では勿論ない。牛頭がいつの間にか住宅の屋根に立って、飛んで、落ちてきた。
『GUBOOOOOOOO!!!』
「っぐお!!?」
振り下ろしてきた斧を盾で受け止める。
「…………!!受け止め、られた!」
宝石人形の盾は偽竜との戦いで焼失し、今の盾は鎧と同じ魔銀製。頑強さも去ることながら、驚くべきは、巨体な魔物が落下と共にふり下ろした斧を、ろくに受け流すことも出来ず真正面から受け、尚ウルの腕も身体も無事なことだった。
下手な落下品で作った防具より、よっぽど信頼に足るのが魔銀
とは、これを購入した【暁の大鷲】の商人が言っていたが、事実らしい。ウル自身の未熟をカバーしてくれるのは大変ありがたい。
問題は、防具がどれだけ強くとも、牛頭の力尽くの猛攻の全てから、逃れられる訳では無いと言うこと。
『GUBOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!』
「っぐ……ぐ……!!」
防いだ盾の上から、牛頭がその万力を込めてウルを押しつぶそうとしている。ウルの両足が地面にめり込む。即座に潰れないのは、ウル自身の成長の賜物と言えたが、巨体な魔物の暴力を真正面から受け止めるだけの力は、無い。
《にーたん!》
アカネの声がする。彼女がコチラにやってきてくれれば、と、思うが、其方に目を向ける余裕は無い。なんとかしなければ――――
「失せろ」
『GOBO!!!?』
だが、ウルが対策を講じるよりも早く、牛頭の頭部が突如、叩っ切られた。噴き出した血がウルにかかるが、まもなくしてその血も、牛頭の身体も塵と成って霧散していく。そしてその身体の背後から、見覚えのある巨漢が姿を現した。
「ジャインか、助かっ」
「あ゛?」
「いやなんでもないです」
礼を言おうとしたウルは、ジャインが死ぬほどに不機嫌であることに気づき、速やかに口を閉じた。マトモに鎧も着ておらず、部屋着のまま手斧だけを両手に握ったジャインは、恐ろしい形相で魔物達を睨み付けている。
「おーいウル-、あんたが焼いた牛頭、まだ生きてたっすよーちゃんと殺さなきゃー」
《わーえっちねラビィン》
「私ねてたんすよ使い魔ちゃん。最悪の目覚めっす」
ラビィンも彼に付いていた。彼女も格好はラフだ。というかほぼ下着である。住宅区画で、のんびりと日常を過ごしていた最中のあまりに突然の魔物の襲撃だ。格好に文句は言えない。が、その姿で首を搔き切れそうなナイフを握り魔物の返り血を浴びてる様は中々強烈だった。
「……なあ、機嫌、くっそわるいなジャイン」
「収穫直前だった家庭菜園の場所に魔物が落下死して体液浴びて腐ったっす」
「うーわ絶対近付かんとこ」
自分の努力の結晶が台無しになった挙げ句復讐も出来なかった男の怒りは今魔物全体に向いている。頼もしいが恐ろしい。
「で、なんでこんなことになったっす?」
「マジで何にも分からん」
「ほんとっすか?」
「トンチキ案件の因果の全てが俺達にあると思うの止めてくれるか?」
こうして、怒れるジャインと合流できたウルとアカネは、そのまま住宅街の魔物の掃討を進めていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
竜呑ウーガ、管理区画
「住宅街は大丈夫そうですね。ウル様に任せましょう」
エクスと共に管理区画周辺に移動したシズクは、改めて音響によるウーガ全体の調査を行った。魔導書【新雪の足跡】によるマッピングで、おおよそのウーガの状況は改めて把握できた。
最も人口が多く、密集している住宅街は、真っ先に飛び出した、というか飛んでいったウルの手によって何とか護れそうである。
「アカネもいるしね。二人なら平気だ」
「お二人を信頼していらっしゃるのですね」
「結構な無茶を乗り越えていったのを近くで見てきたからね」
エクスは懐かしむように笑いながらも、油断なく剣を構え、そして襲ってくる魔物を処理していった。魔眼による偵察のみならず、騎士としての実力は過不足無く身につけているらしい。
だが、問題はこの数と、範囲である。ウーガは広い。悠長に歩行で移動していては、人的被害を防ぐのは厳しくなる。どうしましょう?と、シズクが策を講じている、と、
『おう、お二人さん、ドライブにいかんカの?』
走行車となったロックが姿を現した。シズクはニッコリと微笑む。
「ロック様のそのお姿、思った以上に使い勝手が良いですね」
『じゃろお?収容人数はロックンロール号に劣るがの!ほれ!エクスとやらものれい!』
エクスタインは、骨で出来た自動駆動の馬車を前に驚愕の表情を浮かべていたが、暫くすると諦めたように肩を竦めた。
「……いや、流石ウルの仲間達だ。変、いや、変わったのが多い」
『変態って呼んで構わんぞ-』
二人を乗せ、ロックは疾走を開始した。その間、シズクは自身が索敵した結果を【足跡】を開き、確認する。
「食堂の方にもヒトが多いですが、その場にいた白の蟒蛇の皆さんが対処してくださっているみたいです。ロック様は中央南の公園へお願いします!」
『この時間なら、カルカラ達が訓練中カの。しんどらんか?』
「……いや、怪我人はいない……みたい、だけど……?」
同じく、魔眼による索敵をしていたエクスが、首を傾げる。困惑した様子だ。間もなく、なだらかな坂を越え、目視でもウーガ唯一の広間が視界に映ろうとしていた。そこでは
『SYUIIIIIIIIIIIIIIIIIII……!!』
空を漂う奇っ怪なる半透明の魔物。【空海月】と、
「ひいいいい!!ぬおおおおおおお!ほんじゃあああ!!!!」
巨大化したグルフィンが戦っていた。
『…………』
「…………」
「……まあ」
流石の光景に男二人が絶句する中、シズクは頬に手を当て、感嘆した。
「グルフィン様。大きくなられましたね…」
「物理的にね?!」
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今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!