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白の蟒蛇の願い②


 幽徊都市、などと呼ばれていたが、それはそもそも都市ではなかった。


 何が近かったかといえば、まさしく、今ジャイン達が居る“仮都市”と呼ばれる場所が最も近いだろう。つまりそこは、そういう場所だった。

 まともな城壁もなく、神を崇める神殿もない。

 故に太陽神の結界を授かる事は叶わず、精霊の力も勿論無かった。

 名無し達が、ただ集まり、身を寄せ合うだけの集落、という表現が一番しっくりきた。


「“名無しの都市”……ああ、聞いたことはあるが、それは……」


 ジャインと同じ、名無しのウルが思い出したように口にする。そして言葉を濁した。此方を気遣ったらしい。ジャインは鼻で笑った。ガキに気遣われるほど落ちぶれちゃいない。

 そしてそもそも“気遣われてやるような上等な場所じゃあない”。


「知ってるなら話が早い。俺のいたあそこは、“追放者”達の、つまり“犯罪者の都市”だった。クソどもの集まりだった」


 都市に居られなくなった者。元は都市に住まうことを許された身でありながら罪を犯し、神殿から「不要」とされ、都市に居られなくなった者達。彼らが集まってできたのが、【幽徊都市】だ。

 通常、盗賊の体をなしても早々に魔物に襲われるか、消耗し自滅するかで自然消滅する追放者達が、何故に“都市”と呼ばれる集団を維持できたのか。

 理由は幾つかある。

 魔物の少ないグラドルという土地柄。

 まとまった人数が1度に都市を追い出されたため、一塊の集団が自然とできたこと。

 その犯罪者の集団は不正を起こした元騎士団であり、戦闘技術を持っていたこと。


 結果、彼らは自然淘汰されず、集団として生き残った。グラドル西部の山岳地帯に幾つもの拠点を造り、魔物達から逃れるように静かに暮らしていた……訳ではなかった。

 少なくとも、静かに、ではなかった。


「必要にかられてなのか、元々の性根だったのかは知らん。都市から追い出されたクズどもは、自分たちの“経験”を有効に活用しだした」


 都市を守る騎士団でありながら、都市国に背いた彼らは、顧みなかった。むしろ、その過去を最大限に活用し、周辺諸国を彷徨いながら、都市の暗部と交渉し、対価と引き換えに犯罪を代行した。


「所謂、【闇ギルド】の完成だ。落伍者のクズが、真性のクソになったって訳だ」


 タチが悪いことに、彼らは犯罪者組織として、()()()()()()()()()()()()()()()()。元々の騎士団という立場を利用したコネクション、それを活用するだけの頭と、統率力があった。

 【幽徊都市】の名は広がった。各都市の後ろめたい連中や、あるいは都市の上層部が、自分の手を汚す代わりの代行者として彼らを選び、秘密裏に取引した。【幽徊都市】は得た資金と、都市の秘密を握り、肥え太り続けていった。


「俺らが生まれて、物心ついた頃がちょうど絶頂期だったなあ。そりゃーもう調子こいてたぜ」

「コンプレックスだかなんだかしらないっすけど、都市の外にいる俺達こそが真の支配者だーとかなんとか、オッサンたちが五月蠅かったっすねー」


 大型の魔物の出現に合わせ、次々に住む場所を移り変えなければならない不安定な生活と、それに見合わない極端な収入、アンバランスが過ぎる環境が、心の均衡を崩したのだろう。

 魔物の恐怖を忘れるためか、有り余る金と酒に溺れ、気紛れに自分の子供を殴りつける親たちを見て、ジャイン達は早々に親たちを見限ったのを覚えている。


 その判断は正しかった。


「俺が、15の時だったか。老い始めて、動きが鈍くなったクズ達が、ガキの俺達に代わりに仕事をやらせようと、俺らをしごいてた頃だったな」

「あれ、ほんっとキツかったっすね。ガチで何人か死んだし」

「てめえの酒のために殺されるなんてたまらねえわな……んで、その頃に幽徊都市は下手を打った」

「下手?」

「端的に言っちまうと、調子こいて、欲張って、だまされた」


 当時のグラドルと取引をしていた幽徊都市は、取引の最中、過剰な請求を行なったらしい。組織としての老い、主流だったメンバー達の加齢、そして慣れと傲慢、多くの要因があった。

 結果として、彼らは見誤った。

 何事にも共通している。自分の領分をわきまえない者には手痛いしっぺ返しがやってくる。ましてや、彼らは【闇ギルド】。存在自体、公に認められていない組織。いつ消えたところで、誰も困らないからこそ、悪徳の担い手となれたのだ。


 存在を認められず、いつ消えても困らないなら、

 人知れず消されても、文句を言う者はいない。


 報酬を受け取る取引の場で、金銭や食料の代わりに現れたのは都市の外での大連盟の法を守るための剣、【黒剣騎士団】と呼ばれる連中だった。彼等から情け容赦ない、浴びるほどの矢を浴びて、逃げた先の拠点にも先回りされて魔術の雨を受けて、幽徊都市はあっけなく、あっという間に壊滅した。


「で、その時、()()()()()()()()()()()()()()()()アイツらが隠してた資産を抱えて拠点から離れた場所に居た俺達が生き残った」

「いやーラッキーだったっすねーほんと」

「全くだ」

「幸運おめでとう、と言っておく。それで、その後は?」

「別に、その後は特に面白くもねえよ。金を元手に装備整えて、冒険者になって、金を稼ぎ続けて、銀級になった。以上、終わり」


 豊富な資金で装備を充実させることで安全を買った以外、実にオーソドックスな冒険者街道である。魔物を狩り、迷宮を潜り、仲間を増やし、時に争い、成り上がっていった。子細に語るなら幾らでも話はあるが、特別、“目的”に変化があったわけでもない。


「長々と人生のあらましなんぞ語ったが、お前なら分かると思うがね。名無しのウル」

「欲しいのは“安心”か」


 即座に正解を答えたウルに、ジャインは驚きはしない。都市の外を彷徨う名無しであれば、誰しもが焦がれる願望だからだ。


(クソ)どもの金を盗んだとき、俺ぁてっきりようやく安心できると思った。結構な金だ。遊んで暮らせるとすら思った程だ。だが、そうじゃあなかった」


 ジャイン、ラビィン、そしてジョン。たった3人でも、都市でずっと暮らすには莫大な資金が必要だった。“祈り”という奉仕が出来ない名無しでは、その分金を支払わされるのだ。1年2年で尽きる程の資金ではなかったが、自分たちの生涯を賄えるほど、彼らが盗み出した金は多くはなかった。

 彼らが冒険者となったのは、やむを得なかったからに他ならない。


「だが、そうして銅級になり、銀級にもなった。それでも安心は得られなかった?」


 ウルの指摘しているのは、指輪の都市滞在権の事だろう。確かに指輪を得てから、ジャイン達の資金繰りは相当に楽になった、滞在期限が切れるたび、都市を移ろう必要は無くなった。だが、それは彼の思い描く安全からはほど遠い。


「冒険者ギルドの指輪の滞在権は、冒険者としての活動が認められている間のみに限られる。活動の見込み無しとなれば追い出されるのさ」


 あるいは、なにかしらの怪我をして、冒険者として活動が困難となれば、やはり追い出される。引退するまでに都市に莫大な資金を支払うか、引退後、上手く冒険者ギルドに就職が叶えばまた違うかもだが、競合率は高い。あるいは入れたとして、やはり冒険者としての能力を求められる場所に就かされる可能性もある。


「つまりアンタは……そうか。もう嫌なんだな」

「ああ、そだよ。もううんざりだ。命を削った戦闘なんぞ、全然安心じゃあない」


 だから、ジャインは金を稼ぐ。安全のためにリスクを背負うという馬鹿らしい矛盾を飲み込みながら、金を稼ぎ続ける。いつか、自分や仲間が躓いて、2度と立ち上がれなくなるような大怪我をするよりも前に。安心を得るために。


「都市の中の【土地】を神殿から買う。誰にも脅かされず、追い出されない場所を手に入れる。それが俺の目的だ。文句あるか?」

「無い」


 ウルの即答に、ジャインは鼻を鳴らす。ケチの一つでも付けてきたなら、交渉全てぶん投げて殴っている所だ。だが、彼は不理解を示す事はないだろうというのも分かっていた。同じ名無しなら、理解できない筈が無いからだ。

 寄る辺無き、放浪者の苦悩を。


「――で?自分の人生をべらべら語るなんていう恥ずかしい真似をさせたんだ。さぞや意味があったんだろうな?」


 ジャインが実に疑わしそうな顔でウルを睨む。一体この恥さらしに何の意味があるというのか。たとえ、どれだけジャインが悲しく切実な過去があろうと、現在天陽騎士に囲まれ、窮地に居るという状況になんら変化が無いというのに。

 しかし、睨まれたウルは平静そのものだ。そして、確信に満ちた表情で頷いた。


「ああ、意味はあった。有意義な情報だった」


 マジで言ってんのかコイツ?というジャインの視線を、ウルは涼しく流した。


「これから先の交渉は、きっとアンタにとっても有意義な話になるという確信を持てた」

「そうであることを願いたいがね」

「じゃあ、話そうか。“問題”と“対策”と“報酬”について」


 かくして、ジャインはようやく、ウルからの情報提示を受けることが叶ったのだった。結局、先の自分語りは何だったんだ、という疑問は残りつつも、ウルから語られる情報の内容を正確に頭に叩き込んでいった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 短くも濃密な説明、そして、幾つもの質疑応答。

 それら、全ての解説が終わったとき、ジャインの頭には先ほどの自分語りの恥や疑問など一つたりとも残ってはいなかった。あるのは、たった一つの感想だ。


 それは、それは――


「――――頭、おかしいのか、お前」


 ジャインは、冷や汗を掻きながら、感想を漏らした。

 この目の前のガキは、イカれてる。



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ジャインさん、可哀想なことになるおっさん枠か
[良い点] まあ、すごく追われて安心得たいって話した後に「都市とカチコミしまーす!」はその反応になる!
[良い点] ジャインくん好きになっちゃった
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