仮神殿にて
“仮”神殿
本来であれば衛星都市ウーガに設立されていたはずの神殿。
その代用となるこの場所に住まう“神官”の数は極めて少ない。たった一人、カルカラだけだ。が、しかし、だからといってこの場所にヒトが居ないわけではない。
【従者】と呼ばれる者達が此処のを住居にして暮らしている。
「改めて言うけど、官位持ちの家の全ての人間が【神官】になるわけじゃないわ。私だって、まだ神官――――精霊様から加護を授かる訓練を受けてない」
そう、ウルとシズクにリーネが説明する。
現在3人は、エシェルに呼び出され仮神殿に再び足を踏み入れている。
竜吞都市迷宮ウーガの攻略を決めてから、ウル達は準備を進めていた。と言っても、全てをすぐに済ませて、というわけにもいかなかった。消費した体力と魔力の回復は勿論だが、何よりも混乱した仮都市の修繕とケガ人たちの介抱も必要だった。暁の大鷲が中心となって動いて、混乱は瞬く間に収まっていったが、それでも放置するのは憚られた。そもそも現在の消耗品補充のアテが暁の大鷲しかないのだから彼らの手が空かなければ話にならない。
その最中、エシェルから呼び出しがかかったのだ。
そして改めて“仮”神殿に足を踏み入れた。最初の時は想像以上に特殊な状況を飲み込むのに精いっぱいで周りを観察する余裕が無かった。だが改めて周囲を確認すると、この“仮神殿”と呼ばれる場所が想像以上にしっかりした造りであると分かってきた。
「ウル様見てください。水まで引かれています」
「マジかよどうなってんだ此処。一応避難所だろ」
施設の破損も、あの竜騒動が起きたにもかかわらずほとんどない。大分頑丈な場所なのだと分かる。
「……話を戻すわ。従者の話ね」
リーネが咳払いする。
「官位持ちの家の人間は全て神官になるわけじゃない。でも、官位持ちの家系は精霊との親和性は通常の都市民の比じゃない。だから、神殿は官位持ちの家の者には神殿に勤める義務を与える。祈りを捧げさせるために」
都市運営の、冒険者からもたらされるエネルギー源は魔石が主に使われる。だが神殿で精霊の機能を維持するために必要なのは官位持ちの者達自身だ。
神殿の要請に応じて働きに出る者達。それが【従者】と呼ばれる。
「此処に居る皆様が官位持ちの方々、というわけですね?」
「そうね…………ええ、その筈よ」
“その筈”の彼らを見ながら、大分微妙そうな表情にエシェルがなるのも納得ではある。
「なんで私がこんな所にいなきゃいけないの!はやく家に帰して!!」
「ラーレイはどこだ!責任を取らせてやる!」
「………!!!………!!!!!」
ちらっと覗いた会議室、と思しき場所で従者達が集まっている。集まって、仕事をしているのかといえばそうではない。各々、無秩序に喚いて、叫んで、そして責任を追及している。やっていることはバラバラだが、時間の無駄という点では共通していると言って良いだろう。ウル達はそっと、会議室から距離を取った。
「……混沌としてんなあ。此処、一番被害が少なかったはずなのに、一番騒がしい」
「状況的に仕方ないかもしれませんが、思ったよりも大変な状況みたいですね」
「いえ、でもこれ、本当に酷いわ。全く機能していないじゃないの」
リーネが顔を顰めた。白王陣以外基本興味の無い彼女がここまでの顔をする程度には酷い状況らしい。
「でもまあ、祈るくらいなら、アイツら……もとい、あの方々にだってできるだろ??」
「従者の仕事はそれだけじゃないわ。神官の全般的な補助、他の都市との情報伝達、物資管理その他雑務、全部従者の仕事よ?」
「大変そうだな」
「大変よ。そして緊急時の神官の補助も大事な仕事。その筈なのに何してるのあの人達」
「正論だが俺に言うな」
少なくともリーネの言う雑務がこなせるような状況には全く見えない。一言で言えば烏合の衆だ。何故にこんな有様になっているのか――――
「仕方ねえさ、バランスが崩壊してるからな。この神殿モドキ」
と、そこに男の声が割って入った。振り返ると獣人の男が一人、興味深げにやってきていた。中年の獣人の男。少し胡散臭い笑みを浮かべている。従者の衣装に身を包んでいる。つまり官位持ちの人間だ。ウルとシズクは頭を下げ、礼をした。
「あーそういうのいいっていいって。官位持ちの家出身だからってだけ。それに俺はほら、真面目な従者じゃないからさ。最下位だしな」
ケラケラと男は笑って手を振った。なるほど本人が言うように真面目ではないらしい。真面目な官位持ちの者との遭遇率がやたら低いなとウルは思った。
「あんたらアレだろ?エシェル様に雇われた冒険者」
「ええ、そうです。貴方は?」
「カラン・ヌウ・フィネルだ。従者、よろしくな」
ヘラヘラと彼は笑う。顔にへばりついたような笑みだった。
「リーネ・ヌウ・レイラインよ。同じヌウね」
「ウルという」
「シズクと申します。それで、バランスが崩れているというのは?」
シズクの質問に対して彼は「そのまんまだよ」と返した。
「此処の指揮官、エシェル様だろ?彼女は第四位だ。しかも神官でもない。そんで、従者の中にゃ彼女以上か同等の官位の奴がいんだよ」
ほらアレ。と彼が会議室の扉をちらっと開けて顎をしゃくる。その先には一際に肥えた男がいた。只人である筈なのだが、別種族かと疑う程に丸い。脂肪のせいか、首が存在していない。
「……なんつーか不摂生の塊みたいなのがいるな」
「グラドルは美食都市だからなあ。生産都市の品種改良が一番進んでるから、とくに神官にゃ太ってる奴が多いんだよ。で、アレがグルフィン・グラン・スーサン。従者の中でいっちゃんの高位な」
「なんと」
ディズも同じ第三位だったはずだが、印象が明らかに違う。肥満かどうかが人格や能力の出来不出来に直接関係があるわけではないのだが、それにしたって度を越している。
「わざわざグラドルからも大量の食事を持ってくるほどさ」
「まあ、食いしん坊さんなのですね」
シズクが微笑む。ウルは引き続き肥え太った第三位の男を観察するが、彼はエシェルへの不満を大きな声で繰り返す。周囲がそれに賛同すると、それで仕事をしたという顔でふんぞり返り、そして暫くするとこくりこくりと身体をゆすり始める。ここからだとよく見えないが、恐らく居眠りをこきはじめている。
「あと、眠るのも好きだな」
「育ち盛りなのですね?」
「……とりあえずあの第三位がマトモに仕事していないのはわかった」
あれが此処で一番地位が高いのだから、大分末期だ。
「他の奴らも似たり寄ったりだぜ?此処のトップはエシェル様、つまり第四位、従う義理がねえって奴が多いんだよ」
「これって、都市建設の一大事業でしょ?普通、官位がどうであれ、指揮官の命令はちゃんと遵守しないと、破綻しかねないわよ?」
「実に正しい正論だ。そして実際にもう破綻したんだよ。此処は」
元々危うい状態だったところに竜が襲いかかってきて、都市建設現場が正体不明の呪いに覆われ、全ての建設計画が頓挫した。指揮系統は崩壊した。
会議室の混沌はさもありなん、と言ったところなのだ。
「ついでに言うと、此処で従者をやらされる連中は、神殿からも家からも“万が一失えども痛くない”って思われてるような奴らが多い」
「捨て駒みたいな扱いを受けてると?」
「そのものさ。パワーバランス以前に、元々不良債権なんだよ俺達は」
有能なのは精々、エシェルのサポートに来た、神官のカルカラくらいだろうと彼は言う。それ以外の連中は誰も彼も、半ば厄介払いされたようなものであるらしい。彼自身も含めて。
「そういうカスが集まって、パニックまで起こしている。後悔したか?」
「かなりな。で?ソレをわざわざ、俺達に教えてくる理由はなんなんだ?」
わざわざ何の見返りもなく親切に仮神殿の内情を喋ってくれたわけではあるまい。するとカランは、先ほどのまでの余裕たっぷりな態度から一転して、少し困ったように頭を掻いた。
「あー、ほらあんたらエシェル様に直接雇われてんだろ?だったらほれ、あれだ」
こほん、と咳払いをし、少し言いにくそうにしながら、彼は彼の本題を口にする。
「あの嬢ちゃんに、それとなーく、諦めるように促してやっちゃくれねえかなってな?」
そう言う彼の表情を見る限り、侮りや、悪意といったものは無いように見えた。どちらかといえば憐憫のような表情だ。
「此処はゴミ箱さ。邪魔になった役立たずを捨てるためのゴミ箱。そんなゴミ箱のために寝る間も惜しんで必死に駆け回るなんて、滑稽すぎて笑えねえんだわ」
「だから、諦めさせろと?どうせあの女は引かないだろう」
今更、引き下がれるような状況にあの女はいない。
「ヒトに頼む前に自分で言ってくれ。余裕なんてないんだこっちは」
「おじさんが言ったところで、嫌みにしかならんだろ?だから……っと」
会議室の扉が開く。ぞろぞろと烏合の衆、もとい従者達が出てきた。カラン曰く不良債権呼ばわりされていた連中である。そう言われるとなんだか駄目そうに見えるのは、色眼鏡で見ているだろうか。
「全く、時間の無駄だった!」
そしてその中でも大きな声を上げているのは、先ほど遠くからカランが説明していた第三位、グルフィンだ。先ほどまで居眠りをこいていたとは思えない不遜な態度でのしのしと近づいてきた。
絡まれればこの上なく面倒な事になりそうだとウルは素早く頭を下げる。早々に通り過ぎてくれる事を祈った。が、
「……ん?誰かと思えば、カランではないか。会議にも出ず、何をしているのだ貴様」
残念ながら、やり過ごす事は叶わなかったらしい。
グルフィンはピタリと身体を止めて、じろりと此方を見る。正確にはカランを。名指しで呼び止められたカランは一瞬面倒くさそうに表情を歪めさせた後、へらっと笑った。
「いやあ、俺みたいな奴が出ても何の役にもたてそうになかったもので……」
「ふん、まあ確かにな」
グルフィンは笑った。表情には強い嘲りがあった。
「神官の修行からも逃げ出し、最下位のフィネル家からすらも追い出された半端者。低位の家がクズなのは当然としても、貴様ほどの落ちこぼれはそうはいまい」
「ほんと、おっしゃるとおりで…」
「従者としての役目も果たせないというのなら、せめて茶くみでもしたらどうだ」
「次からはそうさせてもらいます」
真正面から嘲られて尚、カランは笑う。怒りを抑えているというよりも、諦めているといった風情だった。言われるまま、まるで反応をしない玩具に早々に飽きたのか、つまらなそうに鼻を鳴らした。
そして視線を彼から外し、
「…………む、うん?」
そこに絶世の美少女を発見した。
「お、おお!なんという美しい娘だ。お主なんという名だ!」
「シズクと申します」
「その格好、従者でもないな!まあ許そう!私は寛容だからな!」
「まあ、なんと慈悲深い対応でしょうか!ありがとうございますグルフィン様!」
シズクは顔を綻ばせ、いくらか大げさにグルフィンに感謝を告げる。そんなシズクの態度に、グルフィンはとても気をよくしたらしい。丸々とした顔をだらんと緩めた。ひっぱったら良く伸びそうだなとウルは現実逃避気味にそう思った。
「どうだ。これから一緒に食事でもせんか。グラドルの豊かな食文化を教えて――」
「彼女は私の客人です。グルフィン様」
そこに声が挟まる。
エシェルだった。彼女はカルカラをつれて此方にやってきて、シズクの前にずいと割って入った。いつも通り少し怒った顔、ではなく、少し怯えを隠すように表情を引き締めていた。
グルフィンは途端に顔を不機嫌にさせた。丸々とした頭をさらにぷっくりとさせていると別の種族みたいに見えてくるなとウルは思った。
「私の意向に文句でもあるのか。ラーレイ」
「い、いえ。ですが、彼女はこの事態の解決に必要なのです」
「その解決とやらはいつするのだ。竜に呪われ、迷宮化し、挙げ句本物の竜まで襲来した!この事態どう責任を取るつもりだ!!」
シズクの前ではだらしなく伸びて、先ほどプックプクになった顔を、今度は顔を真っ赤にさせて怒りだした。まるで百面相である。随分と情緒が忙しい。
エシェルはきゅっと身体を縮める。怖がっている。迷宮に突撃する勇気があるのに、脅威を感じない肥えた男に怯えるエシェルの恐怖のポイントがウルにはよく分からなかった。
「グルフィン様。どうかもう少しだけお待ちください。必ずやこの混乱をおさめ、平穏を取り戻してみせます。ご慈悲をいただけませんでしょうか」
小さくなったエシェルに対してカルカラが盾になるように前に出て、両手を合わせ深く頭を下げる。彼女の言葉に、鼻息荒くしていたグルフィンは気勢を削がれ、しかし未だ怒り収まらぬと言った表情でエシェルを指さした。
「もし、これ以上長引くようであれば、私はグラドルへと戻るからな!」
「それは……」
「私の祈り無しでは仮都市の維持も叶わぬ事を肝に銘じるのだな!!」
そう言ってグルフィンはのっしのっしと去っていった。嵐のような男だった。そしてふと気づくとカランの姿もなかった。グルフィンの矛先がエシェルに向いた隙にとっとと退散したらしい。抜け目ない男だった。
彼の姿が見えなくなってから、エシェルは額に拳を当て、苦々しく唸った。
「グルフィン殿が去ってしまうのは不味い……!」
「不味いのか?」
「第三位の祈りが損なわれるのは不味いわね。精霊の力を行使するためのエネルギーを失う。神官一人で補える規模じゃないもの。都市建設は」
魔術に活用している魔石がごっそり失われてしまうようなものと、リーネから説明を受けてウルもしっくりと来た。なるほど確かにソレは不味い。だが、エシェルの苦悩に対して、カルカラは冷静だった。
「あの肥満で怠惰な男がわざわざ都市建設の従者として駆り出されている時点で、彼自身か彼の家に“相応の理由”があるはずです。容易く辞退など出来はしないでしょう」
「そ、そう……か?」
「ええ、ですから気を確かに。エシェル様」
淡々とした励ましの言葉にエシェルがゆっくりと顔を上げる。表情はまだ弱っていたが、少しは回復したらしい。カルカラはそのまま視線を此方へと向けた。
「それで?何故あなた方はここに?竜討伐、迷宮探索はどうしたのです?」
「そこのエシェル様に呼ばれたのだが?」
ウルがそう答える。カルカラはエシェルへと視線を戻すと、彼女はばつの悪そうな顔をして、目を逸らしたのだった。
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