表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/710

竜吞都市ウーガの冒険④


 真っ黒な竜が姿を現した瞬間、ウル達は完全に不意を突かれていた。


 いち早く反応したウルとシズクすらも、武器の構えが一瞬出遅れた。それほどの不意打ちだった。警戒はしていた。だが、想像すらしていなかった謎の結晶に意識を奪われ、結果、隙を突かれた。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 咆吼と共に巨大な顎が開かれる。空気が焼かれるような匂いが距離のあるここからでも流れてきた。咆吼(ブレス)が来る。どのような性質のものであるかは不明だが、殺意に滾ったあの飛竜が生半可なものを寄越す筈もない。


「――――ロック!!」


 咄嗟にウルが叫べたのはこれくらいだった。骨による障壁を造り、そしてそこに皆隠れろと、細かな指示を口にする余裕は全くなかった。それでもウルの言葉にロックの方へと仲間が動き、同時にロックが【骨芯変化】による障壁を組むに至ったのは、偏に、修羅場の経験からくる意思疎通の高さからだった。


「――――え?」


 それ故に、まだウル達と同行して間もないエシェルはその反応が遅れた。


「ああクソ」

『GAAAAAAAAAAAAAAA――――!!!』


 炎、というよりも爆発のような咆吼が、この狭く、逃げ道も少ない空間で炸裂した。


『ッカアー!!!』


 ロックが叫ぶ。斜に構えた障壁が爆風を割る。尚も軽減しきれない破壊の炎が彼の身体を焼き焦がし砕く。それでもシズクとリーネをロックは守り切った。

 が、ウルの姿は後ろにはない。


「ひあぁ?!!」

「――――っが?!」


 ウルはロックの壁から飛び出し、呆然としたエシェルの身体を庇うように抱きしめていた。同時に、爆風が彼らの小柄な身体を容赦なくさらった。


「っがああああああ!?」


 今どういう状況になったかウルに確認する余裕はない。ただ、凄まじい熱の痛みと、地面にバカみたいな勢いで叩き付けられている激痛しかない。エシェルを手放さずにいたのは最早ただの奇跡だ。

 最後に壁に激突し、激痛に悶える事も出来ず、そのままウルは意識を失った。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 爆発の衝撃に、リーネは頭を抱え蹲ることしかできなかった。冒険者となって命の危機は何度もあったが、ここまで危ういのは初めてだった。恐ろしかった。死にたくはなかった。死ぬわけにはいかなかった。まだ、何一つとして成していないのだから。

 彼女が咄嗟にロックの陰に隠れ身を守ることが叶ったのは、経験の濃さと、何よりの危機感から生まれた生存本能によるものだった。


 間もなく爆音と爆風が静まり、状況を確認するべく顔を上げる。


「どう、なった……の」


 状況を確認する。最前線で自分とシズクを護っていたロックは、ほぼ九割方が炭のように真っ黒に黒焦げ、ほぼ崩れかけていた。死んだ!?と思ったが、徐々に再生が始まっている。恐るべき頑強さだった。

 リーネは少しだけ安堵して、そしてそこで、ウルとエシェルの姿が無いと気づいた。


「ウル!?エシェ――っひ」


 そして、自分たちの立つ場所より、遙か背後にて、エシェルを庇うように抱きしめながら、そのままピクリと動かないウルの姿に、リーネは悲鳴を上げた。

 嫌な、血の焦げた臭いが、ウルからした。最悪の光景が頭を過った。


「シズク、ウルが!」


 咄嗟にシズクによびかける。癒やしの魔術を扱う彼女の力が必要だった。リーネの扱う白王陣にも勿論、癒やしの効力を持った白王陣は存在する。だが、やはり時間がかかる。一刻を争う今の状況では、シズクの力が必要だった。

 だが、シズクの返事はない。どうしたのかと振り向く、と、


「――リーネ様。ウル様をお願いします」


 シズクが、己の魔力を体外に迸らせながら、静かに前を見据え続けていた。

 その視線の先にいるのは、先ほど爆炎を放った飛竜だ。はっと、リーネはその存在を今更再認識した。

 傷ついたウルの姿に頭が真っ白になっていた。だが、未だこの場所は死地で、脅威は依然として健在だ。


 故に、シズクは竜と向き合っている。かつて無いほどに集中しながら。


「アレは私が抑えます。どうにかウル様を助けてください」

「シズク、一人で?」

「急いで」


 飛竜が吼える。

 不意打ちとはいえ、ほんの一瞬で一行を壊滅させてきた相手に一人で戦う?無理だ、と声をあげようとして、そんな甘い泣き言は通じない状況であるとすぐに悟った。可不可を論じているヒマなど、今はない。やらねばならない。


「行って」


 リーネはウルの下へと走った。この状況への打開策は何一つ頭には浮かばない。だが、足を動かさねばならない。それだけはわかっていた。

 そして、残されたシズクは、静かに前を向く。


「【風よ唄え、束ね糸となりて紡げ 物体風繰(ウィペレート)】」


 物体操作の魔術によって、転がっていたウルの竜牙槍を拾う、自らの杖と共に二本を宙に浮かせ、手繰る。不可視の風の糸で手繰りながら、彼女は唄を始める。


「決して死なせはしません。ウル様」


 飛竜へと向ける殺意よりも重い意志を込めて、

 地獄を共に征く友を護るための歌をシズクは唄った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ウル!!」


 リーネはその短い手足を必死に振り回し、ウルとエシェルへと駆け寄った。近くに行けば焼け焦げた臭いが濃くなった。最悪を想像し、血の気が引いていくのをリーネは感じた。

 至近で見ると、ウルの身体は五体は無事だった。が、鎧の殆どが砕け、身体が焼けている。身動き一つとらない。


「あ、ああ、ああ、わ、私!ウ、ウル、ウルが!」

「エシェル様、離れて!」


 対してエシェルは怪我は浅い。が、明らかに混乱している。ぼろぼろと涙を流しながらウルにすがりついている。無事なのはまず幸いだが、今は邪魔だ。


「ウル!聞こえる!?」

「…………う」


 リーネが声をかけると、ウルが僅かに身じろぎした。息をしている。少なくとも死んでいないことに少しだけ安堵したが、全く予断は許さない。


「高回復薬飲める!?」

「ぐ、が、ゴホ、おえ!」

「…………!」


 なんとか回復薬を飲ませようと口を開けようとすると、彼は激しくえづき、血を吐いた。臓器を傷つけたらしい。このまま回復薬を呑ませられるかわからなかった。

 不味い状況だった。高回復薬ならば無理に飲ませても癒やせるかもしれないが、上手くいかず吐き出してしまったら、後が無い。高回復薬は手持ちは一つしか無い。

 せめて、シズクに少しでも回復魔術を使ってもらえないか?


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 飛竜の咆吼が響く。続けて、幾つもの魔術が炸裂する音も。シズクが背後で戦っている。たった一人で、一瞬で自分たち一行をなぎ払った恐るべき飛竜と戦っている。こっちに力を割く余裕なんて彼女には絶対に無い。

 だが、なら、どうする、ウルは先ほどから血を吐き続けている。もう多分、本当に猶予は無い。もう、押し込むようにして高回復薬を飲ませるか。上手くいくことを祈りながら――


「……違う」


 リーネは自分の頭を自分で殴る。情けなく、及び腰になり、挙げ句、責任を他に預けようとした自分を殴りつけた。

 違う、違う、違う!!!

 こんな情けない判断をするために自分は家を飛び出して、こんな迷宮に来たのか?違う!断じて違う。白王陣を、自らの誇りに胸を張るためにこんな地の底に来ているのだ。

 なのに、祈る?祈るだと?神や精霊に頼ってどうする!自分は魔術師だ!!!


「【蘇魂ノ緑光・白王陣】」


 天啓は既に得た。精霊憑き、アカネの補助。白王陣作成の短縮に手が足りないならば、手を増やせば良いというあまりにシンプルな力業の発想。それを自らで成す。

 初代レイラインから継承し続けた【流星の筆】を握る。杖全体ではなく、箒状の穂先の一本一本、その全てに意識と魔力を集中する。血液を流すように、万力で杖を握りしめる。


「ぐ……ぎぃ!」


 次第に、穂先が膨れ上がる。一つ一つの毛先が、それぞれ生き物であるようにうごめき出す。全てを操ろうとして、すぐに全ては不可能だと悟る。数を絞る。必要な数を、自分が操れる限界の際まで意識を行き届かせる。

 限界を超えてはならない。

 無理に超えて、潰れてはいけない。絶対に失敗は出来ない。

 瀬戸際だ。限界の境界線、水際に立て。


「【速記開始】」


 穂先が踊る。ウルを囲い、その命を救わんとする。リーネの戦いが始まった。


評価 ブックマーク いいねがいただければ大変大きなモチベーションとなります!!

今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] またウル殿が死にかけておられるぞ!
[良い点] だから白の魔女から初代に与えられた杖が筆なんですね。
[一言] 激アツ展開、面白すぎます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ