竜吞都市ウーガの冒険④
真っ黒な竜が姿を現した瞬間、ウル達は完全に不意を突かれていた。
いち早く反応したウルとシズクすらも、武器の構えが一瞬出遅れた。それほどの不意打ちだった。警戒はしていた。だが、想像すらしていなかった謎の結晶に意識を奪われ、結果、隙を突かれた。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
咆吼と共に巨大な顎が開かれる。空気が焼かれるような匂いが距離のあるここからでも流れてきた。咆吼が来る。どのような性質のものであるかは不明だが、殺意に滾ったあの飛竜が生半可なものを寄越す筈もない。
「――――ロック!!」
咄嗟にウルが叫べたのはこれくらいだった。骨による障壁を造り、そしてそこに皆隠れろと、細かな指示を口にする余裕は全くなかった。それでもウルの言葉にロックの方へと仲間が動き、同時にロックが【骨芯変化】による障壁を組むに至ったのは、偏に、修羅場の経験からくる意思疎通の高さからだった。
「――――え?」
それ故に、まだウル達と同行して間もないエシェルはその反応が遅れた。
「ああクソ」
『GAAAAAAAAAAAAAAA――――!!!』
炎、というよりも爆発のような咆吼が、この狭く、逃げ道も少ない空間で炸裂した。
『ッカアー!!!』
ロックが叫ぶ。斜に構えた障壁が爆風を割る。尚も軽減しきれない破壊の炎が彼の身体を焼き焦がし砕く。それでもシズクとリーネをロックは守り切った。
が、ウルの姿は後ろにはない。
「ひあぁ?!!」
「――――っが?!」
ウルはロックの壁から飛び出し、呆然としたエシェルの身体を庇うように抱きしめていた。同時に、爆風が彼らの小柄な身体を容赦なくさらった。
「っがああああああ!?」
今どういう状況になったかウルに確認する余裕はない。ただ、凄まじい熱の痛みと、地面にバカみたいな勢いで叩き付けられている激痛しかない。エシェルを手放さずにいたのは最早ただの奇跡だ。
最後に壁に激突し、激痛に悶える事も出来ず、そのままウルは意識を失った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
爆発の衝撃に、リーネは頭を抱え蹲ることしかできなかった。冒険者となって命の危機は何度もあったが、ここまで危ういのは初めてだった。恐ろしかった。死にたくはなかった。死ぬわけにはいかなかった。まだ、何一つとして成していないのだから。
彼女が咄嗟にロックの陰に隠れ身を守ることが叶ったのは、経験の濃さと、何よりの危機感から生まれた生存本能によるものだった。
間もなく爆音と爆風が静まり、状況を確認するべく顔を上げる。
「どう、なった……の」
状況を確認する。最前線で自分とシズクを護っていたロックは、ほぼ九割方が炭のように真っ黒に黒焦げ、ほぼ崩れかけていた。死んだ!?と思ったが、徐々に再生が始まっている。恐るべき頑強さだった。
リーネは少しだけ安堵して、そしてそこで、ウルとエシェルの姿が無いと気づいた。
「ウル!?エシェ――っひ」
そして、自分たちの立つ場所より、遙か背後にて、エシェルを庇うように抱きしめながら、そのままピクリと動かないウルの姿に、リーネは悲鳴を上げた。
嫌な、血の焦げた臭いが、ウルからした。最悪の光景が頭を過った。
「シズク、ウルが!」
咄嗟にシズクによびかける。癒やしの魔術を扱う彼女の力が必要だった。リーネの扱う白王陣にも勿論、癒やしの効力を持った白王陣は存在する。だが、やはり時間がかかる。一刻を争う今の状況では、シズクの力が必要だった。
だが、シズクの返事はない。どうしたのかと振り向く、と、
「――リーネ様。ウル様をお願いします」
シズクが、己の魔力を体外に迸らせながら、静かに前を見据え続けていた。
その視線の先にいるのは、先ほど爆炎を放った飛竜だ。はっと、リーネはその存在を今更再認識した。
傷ついたウルの姿に頭が真っ白になっていた。だが、未だこの場所は死地で、脅威は依然として健在だ。
故に、シズクは竜と向き合っている。かつて無いほどに集中しながら。
「アレは私が抑えます。どうにかウル様を助けてください」
「シズク、一人で?」
「急いで」
飛竜が吼える。
不意打ちとはいえ、ほんの一瞬で一行を壊滅させてきた相手に一人で戦う?無理だ、と声をあげようとして、そんな甘い泣き言は通じない状況であるとすぐに悟った。可不可を論じているヒマなど、今はない。やらねばならない。
「行って」
リーネはウルの下へと走った。この状況への打開策は何一つ頭には浮かばない。だが、足を動かさねばならない。それだけはわかっていた。
そして、残されたシズクは、静かに前を向く。
「【風よ唄え、束ね糸となりて紡げ 物体風繰】」
物体操作の魔術によって、転がっていたウルの竜牙槍を拾う、自らの杖と共に二本を宙に浮かせ、手繰る。不可視の風の糸で手繰りながら、彼女は唄を始める。
「決して死なせはしません。ウル様」
飛竜へと向ける殺意よりも重い意志を込めて、
地獄を共に征く友を護るための歌をシズクは唄った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ウル!!」
リーネはその短い手足を必死に振り回し、ウルとエシェルへと駆け寄った。近くに行けば焼け焦げた臭いが濃くなった。最悪を想像し、血の気が引いていくのをリーネは感じた。
至近で見ると、ウルの身体は五体は無事だった。が、鎧の殆どが砕け、身体が焼けている。身動き一つとらない。
「あ、ああ、ああ、わ、私!ウ、ウル、ウルが!」
「エシェル様、離れて!」
対してエシェルは怪我は浅い。が、明らかに混乱している。ぼろぼろと涙を流しながらウルにすがりついている。無事なのはまず幸いだが、今は邪魔だ。
「ウル!聞こえる!?」
「…………う」
リーネが声をかけると、ウルが僅かに身じろぎした。息をしている。少なくとも死んでいないことに少しだけ安堵したが、全く予断は許さない。
「高回復薬飲める!?」
「ぐ、が、ゴホ、おえ!」
「…………!」
なんとか回復薬を飲ませようと口を開けようとすると、彼は激しくえづき、血を吐いた。臓器を傷つけたらしい。このまま回復薬を呑ませられるかわからなかった。
不味い状況だった。高回復薬ならば無理に飲ませても癒やせるかもしれないが、上手くいかず吐き出してしまったら、後が無い。高回復薬は手持ちは一つしか無い。
せめて、シズクに少しでも回復魔術を使ってもらえないか?
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
飛竜の咆吼が響く。続けて、幾つもの魔術が炸裂する音も。シズクが背後で戦っている。たった一人で、一瞬で自分たち一行をなぎ払った恐るべき飛竜と戦っている。こっちに力を割く余裕なんて彼女には絶対に無い。
だが、なら、どうする、ウルは先ほどから血を吐き続けている。もう多分、本当に猶予は無い。もう、押し込むようにして高回復薬を飲ませるか。上手くいくことを祈りながら――
「……違う」
リーネは自分の頭を自分で殴る。情けなく、及び腰になり、挙げ句、責任を他に預けようとした自分を殴りつけた。
違う、違う、違う!!!
こんな情けない判断をするために自分は家を飛び出して、こんな迷宮に来たのか?違う!断じて違う。白王陣を、自らの誇りに胸を張るためにこんな地の底に来ているのだ。
なのに、祈る?祈るだと?神や精霊に頼ってどうする!自分は魔術師だ!!!
「【蘇魂ノ緑光・白王陣】」
天啓は既に得た。精霊憑き、アカネの補助。白王陣作成の短縮に手が足りないならば、手を増やせば良いというあまりにシンプルな力業の発想。それを自らで成す。
初代レイラインから継承し続けた【流星の筆】を握る。杖全体ではなく、箒状の穂先の一本一本、その全てに意識と魔力を集中する。血液を流すように、万力で杖を握りしめる。
「ぐ……ぎぃ!」
次第に、穂先が膨れ上がる。一つ一つの毛先が、それぞれ生き物であるようにうごめき出す。全てを操ろうとして、すぐに全ては不可能だと悟る。数を絞る。必要な数を、自分が操れる限界の際まで意識を行き届かせる。
限界を超えてはならない。
無理に超えて、潰れてはいけない。絶対に失敗は出来ない。
瀬戸際だ。限界の境界線、水際に立て。
「【速記開始】」
穂先が踊る。ウルを囲い、その命を救わんとする。リーネの戦いが始まった。
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