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白の蟒蛇と残念な騎士②


 【粘魔】 ()()()()()()()()


 魔物としては最もポピュラーな物の一種。そしてこれほどまでに強弱に幅の出る魔物はいないだろう。まず、この魔物と相対したとき冒険者が真っ先にすべき事は【解析】である。粘魔は状況、環境に染まりやすく、変化しやすい。同じ場所で出会った二体の粘魔が全く別種の特性を保有している事もあるほどだ。

 その特性から、経験者ほどこの罠にひっかかりやすい。【中級者殺し】なる呼び名が冒険者の内で流行るのもその為だ。


 中心の核を破壊すれば絶命する。以外の共通項はない。


 冒険者は、金に至ったとしても、常に心に留めておくべきだ。魔物は、決して冒険者の“獲物”ではない。“敵”なのだと。



                      【名も無き冒険者達の警句集】より抜粋




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『GGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGG』


 時系列順に状況を説明すると以下のようになる。


 まず石畳の地面、その隙間から突如、巨大な軟体生物、粘魔(スライム)が出現。エシェルの背後に全長2メートルほどのソレが現れた。

 次、出現した魔物をロックがエシェルに指摘、エシェルは驚き、そのまま手に持っていた魔道銃を発射、結果、狙いが定まらず、ロックの首を焼き切りながら粘魔(スライム)に着弾。しかし粘魔(スライム)の核には当たらず、粘魔(スライム)は敵対行動を開始。

 最後にエシェルがパニックを起こし、銃を乱射しそうになったのでウルが動く、よりもシズクが素早く魔術によって彼女の身体を地面に倒し、今に至る。


「戦闘経験あるんじゃなかったの彼女」

「銃を使って魔物を倒したことはある、とは言っていた。状況にもよるだろさ」


 魔光が髪を掠め、冷や汗をかいているリーネに鎧が若干焦げたウルは補足する。安全な場所から安全な距離で、遠方への牙を保たない魔物を撃ち殺してもそれなら倒した事にカウントされる。

 正直嫌な予感はしていた。迷宮に入った直後の彼女の様子は、明らかに力が入りすぎていた。どこがと言わず全身が。迷宮に慣れた者の姿とはほど遠い、ちょうど、ウルが迷宮に初めて入ったときのような姿だ。

 事故るかもしれない、というよりも、事故る前提で彼女のすぐ側にロックを配置し、万が一の時は周りの被害を防ぐように指示を出していた。そしてこの結果である。警戒しておいて良かった。


「で、リーネ、そっちの準備」

「魔道符は習得して、既に準備済みよ。不本意だけど。不本意だけど」

「普段の使い勝手はそっちの方がいいんだから仕方ないだろ」

「殺すわ」

「粘魔を殺してくれ。【解析】」


 ウルは指輪を差し向け、粘魔達にむかって解析の魔術を放った。魔名が指輪の上に表示される。その形状に覚えはある。大罪都市グリードにて、グレンに魔名の読み方は徹底的に叩き込まれた。

 魔名は無限、完全に一致するモノは一つもなく、しかし傾向を知り、大雑把な分類に分けることは可能。この形状は――


「……なんだ?やけに歪な形だ」

「粘魔ってかなりシンプルな魔名になる傾向にあるのだけど、環境のせいかしら……」

「【重】……?重たいのか?風魔術とかはあまり通じなさそうだ」

「承知しました」


 断片的な情報をよみとりながら、粘魔が自身の身体を変えて腕のように振り下ろしてくるのをウルは躱す。地面は叩き割れる。柔そうな見た目からは想像もつかないような破壊力にウルは軽く身震いした。

 対し、魔術師の二人は冷静だった。一人は術の詠唱のため唄い、一人は術符を取り出し、そして即座に放った。


「【電雷符】」

「【【【氷よ唄え、穿て】】】」


 簡易の白王陣から雷が奔り、粘魔の身体を通り、焼く。焦げたその身体にシズクの氷柱が突き刺さり、粉砕した。その胴の中心にある魔石ごと。


『…………!』


 粘魔達は声もなく、魔石を砕かれて散っていく。濁りつつも透き通った胴体の中で、魔光によって輝く魔石――急所が目視できるのは、粘魔の明確な急所だ。無論、そこまで攻撃を通す手段があるのならば、だが。


「【咆吼・破裂弾】」


 ウルは竜牙槍を手慣れた手つきで操作し、砲身を開き、魔光を放つ。魔道核の成長と、槍身の更新からなる新たな魔光は、光の柱ではなく、大砲の弾のように巨大な球体となって粘魔達の間に着弾した。


『………!!!』


 そして爆散する。光と熱が粘魔の半透明の身体をなぎ払い、核を剥き出しにする。


「【突貫】」


 ウルはそこへと槍を突き出し、砕く。

 新型の【咆吼】の威力は申し分ない。しかも以前のような放射一辺倒ではなく、今のような小細工まで出来るようになっている。残念ながら、魔力の燃費が悪く、消耗が過ぎれば、充填に時間が必要なのは変わらないが。


『おいウルよ。ワシはどうする?』


 既に胴体と首が再びくっついたロックが問う、彼の足下には未だ動けずにいるエシェルがいた。


「わ、私なら、やれ()()わ!!」

「……エシェル様の護衛、少なくともこの戦闘完了までは」

『了解、まー楽でええがの』


 ロックは彼女の胴体を引っ掴むと速やかに粘魔の包囲網から抜け出した。

 死なれても困る。本当に困るのだ。ずっと護ってやるわけにもいかないが。

 粘魔は引き続き蠢いている。うねり、不意にコチラにむかって腕を振り下ろす。数が全く減っていないように見える。いや、減ってはいるはずなのだ。だが、


「ウル様。粘魔、増えてます」

「どっからか来てんのか」

「いえ、この場で増えてます」

「めんどうくせえ」


 粘魔の特性の一つ。()()()()()()()

 雌雄の区分けは無く、たった一体でも自分と同じ存在を生み出す。故に、強力な個体であるほど厄介である。

 対処法は一つだ。時間をかけず、まとめて消し去るに尽きる。


「【顎延長】」


 竜牙槍の槍身、“顎”と呼ばれる場所が稼働し、通常よりも増して長槍の形状へと姿を変える。禍々しい形状に歪んだ槍が、赤紫色に不気味に輝く。それは錯覚ではなく、毒花怪鳥から奪った爪に込められていた魔力が溢れていた。

 毒性の魔力。触れたモノを腐らせ、焼き切る。


「【輪閃・牙毒】」


 ウルはその小柄な身体の全てを使い、回転させ、長槍を撓らせ、一気に振り抜く。槍の穂先から溢れた毒性魔力が刃に転じ、水性の身体を腐らせ、弾き飛ばし、そして残る魔石を破壊する。


「【【【【貫け】】】】」


 残る粘魔もシズクが仕留め、粘魔は全て退治するに至った。

 ウルは溜息をついた。


「損害報告」

「ありません」

「ないわ」

『ワシの首がすっ飛んだ以外は無事だの』

「…………」


 1名は無言だが、まあ怪我はしてる様子はない。全員の無事を確認し、ウルは安堵し溜息をついた。そしてそのままロックに現在進行形で抱えられているエシェルに近づいた。


「さて、エシェル様」

「……何」

「一度外に戻るから帰ってくれ。アンタを守るのは俺達には無理だ」


 ウルはすっぱりと断言した。


「待て!私は雇用主だぞ!」

「尚のことだ。大事な雇い主を護って戦うのは無理だ。するしない、ではなく、不可能だ」


 大体こうなる予感はあったが、最初の説得段階ではテコでも引き下がりそうにも無かったため、一先ず一度戦闘に連れ出してみたが本当に案の定な結果と相成った。というか普通に危うい。命を担保に相手を試すような真似はするものではなかった。


「拒否するというなら、悪いがアンタをぶん殴って気絶させて都市外に連れ出した後俺達は逃げる。神殿から追われる異端者になろうと、悪いが自殺したくはないんだ」

「ぐっ……!!」


 ウルの言葉にエシェルは歯を食いしばる。表情にあるのは怒りと、しかしそれ以上の焦りだ。ウルには何故に彼女がこうも同行を望むのか、その謎をウルは明らかにするつもりはない。明らかになって、結局迷宮に連れて行く羽目になっても困るのだ。兎に角今は一刻も早く彼女を外に――


「オイオイ、誰かと思えばまさか天陽騎士殿かよ。なにしてんだアンタ」


 その声は、建設途中だったのであろう、半ばまで建てられた高層建造物の頂上から聞こえてきた。人の声だ。此処は迷宮の中であり、詰まるところ冒険者(どうぎょうしゃ)の声である。ウルは声の方へと視線を向けた。


「………でか」


 その男はデカかった。縦にも横にも。

 只人、身長は優に二メートル超の大男。両手に手斧を持ち構えたその男は、遠目にもハッキリとその姿がわかった。魔力量こそが身体能力に強い影響を与えるこの世界だが、そうであっても単純なガタイの良さはそれだけで圧になる。腹の虫でも悪いのか、強面の、顰めた顔つきのその男は強い存在感を放っていた。

 その陰に隠れ、他の冒険者達も顔を覗かせている。獣人と只人の混成一行のようだった。彼らはそのままひょいと、冒険者特有の身体能力でもってその場から飛び降り、地面をかるく砕きながらウル達の目の前に着陸した。


「てめえらが天陽騎士に新しく雇われた冒険者か?まだガキじゃねえか」

「……どうも、初めまして先輩」


 ウルは可能な限り平静を保ちながら、警戒を強めた。

 迷宮における冒険者同士の遭遇時の対応は、“無視”が基本である。迷宮でヒトがあつまれば魔物がよってくる。単純な自衛のためにも不必要に接触する事を避けるのは基本だし、そうでなくとも万が一冒険者同士の諍いが起こった日には、その間に魔物に襲われ双方共倒れになりかねない。しかし目の前の男はそのセオリ-を無視している。警戒しなければならない。


「【白の蟒蛇】!貴様ら!よくもぬけぬけと顔を出せたな!!」


 エシェルの怒りに満ちた声が、都市迷宮に響き渡る。白の蟒蛇、銀級の護衛として雇われていたその男達は、エシェルの怒りに対して物怖じ一つする事はなかった。


「自分からこんな死地に首つっこんでまで変わんねえな。迷宮探索の許可をアンタからもらわなきゃいけねえ義務なんてねえんだよコッチは」

「裏切り者め!」

「話にならん」


 男は早々にエシェルに見切りを付けたのか、ウルへと視線を戻した。ウルを見る目もまた、格下を見る目だった。そしてそれは正確でもあった。真正面で対峙してハッキリと分かる。この男は明らかにウルよりも格上の冒険者だ。


「ジャインだ。【白ノ蟒蛇】所属。迷宮探索のリーダーだ」

「ウルだ。【歩ム者】というギルドを率いている」

「そうかよ。で、何しに来たんだお前らは……その女がいる時点でわかりきってるか」

「ああ、この迷宮の攻略だ」


 迷宮の攻略。それこそがウル達の現在遂行中の依頼である。本来はジャインがエシェルからこの依頼を受ける筈だったという事は事前に聞かされている。ならば推測は容易いだろう。ジャインはウルへと一歩近づく。


「お前らが何をどうしようが興味はねえ。迷宮を突破するってんなら勝手にしろ。俺達にソレをとめる権利なんてものは無い。だが」


 彼の握った斧の柄がミシリと音を立てる。万力が込められているのがウルにも分かる。もし、この近距離で彼が斧を振り回せば、誰かが止める間もなく、ウルの首ははじけ飛ぶだろう。ウルはじっとりと汗をかいた。


「此処は俺達の職場でもある。魔物を排除し、ルートを確保し、幾つもの拠点を構築し、魔石の採取を行うために俺達が攻略を進めた迷宮だ。ソレは分かるな?」


 彼が何を言いたいのか、ウルにも理解できた。つまりこれは、縄張りの主張だ。


「俺らの狩り場に無断で入ったら殺す」

「……了解」


 都市の異変後、未開となったこの迷宮を探索し、魔物達を撃破し魔石を採取するまでの流れを開拓したのは彼らの尽力である。それを、後からきた冒険者がシレっと美味しいところだけを掠め取るなど、決して許さないだろう。

 実益的にも、銀級の冒険者としての矜持的にも。

 殺意に満ちたジャインの態度も当然だ。生活がかかっている。此処でウルが巫山戯た言葉を口走ったその時は、本気で殺し合いになるのも辞さないと物語っている。


「では、具体的にどのエリアに立ち入らないべきか、教えていただくことはできますか?」

「あ?」


 その空気をまるで全く読まないように、あるいは読んでいてあえてぶち破るのがシズクという女だった。シズクはニコニコと微笑みを浮かべながらウルの隣にたつ。ジャインは場違いな彼女の美しさに気勢を削がれる――


「俺は今そのガキと話してんだ。何許可なく割って入ってんだ?」


 訳でもなかった。彼は一層に機嫌を悪くさせ、シズクを睨み付ける。シズクに対する反応としては珍しい、訳でもない。シズクの態度は気に障るものにとっては間違いなく気に障る。極端な好感か敵意しかもたらさない女だ。


「初めまして、シズクと申します」


 そしてそういった敵意に対しても彼女はまるで物怖じしない。


「先ほどの話ですが、叶うなら、【白の蟒蛇】の皆様の現在の狩り場を教えてもらいたいのです。誤って、踏み入ってしまっては事ですから」

「で、だから情報をタダでよこせってか?」

「では買います。迷宮の情報と併せて、そして皆様の狩り場の情報を」


 ジャインの皮肉交じり返しを、シズクは予想していたのだろう。即座に彼女は買うと提案した。無論、そんな話は事前に相談するヒマもなかった。が、ウルはさも当然だといった顔を保った。ギルド長はウルだがシズクとの関係は対等であり、金銭の管理もまた彼女と対等だ。ギルド資金として貯蓄している資金の運用方法についての選択権利は彼女にもある。


 さて、シズクの提案に対して、ジャインは表情をしかめ面から変化はせず、しかしその目には利益を計算する光が見えた。


「……幾ら出す」

「あまり、余裕はありません。銀貨20枚で迷宮の魔物の情報と併せていただけますか?」

「金貨1枚だ。それなら魔物の詳細も付けてやる」

「銀貨25枚ほどにまかりませんか?」

「要らねえなら勝手にしろ。こっちも勝手に邪魔した奴を叩き割るだけだ」


 シズクは少し悩んだような仕草をして、ウルにチラリと視線を向ける。ウルは諦めて頷いた。


「では、それで購入させていただきま――――あら」


 シズクが不意に足下に視線を向けた。彼女のその反応の意味に最も早く気づいたのはウルだったが、目の前にいたジャインも同じくらいに素早く気づいた。武器を構え、後ろに跳ぶ。ウルもシズクを腰抱きにして跳び、そして後から他全員がそれに追従するようにして後ろに下がった。


「敵襲!!!」


 次の瞬間、地面が爆発した。石畳の道路が大きくひび割れ、そして空いた亀裂から先ほど倒した粘魔達が次々に這い出しくる。それだけでなく黒く、ゴツゴツとした肌の、巨大な顎を持った【黒沼鰐】がずるずると飛び出してくる

 

「【衝突】だ!!」


 戦闘が開始された。



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