しょちゅうご
その部屋は薄暗く、時に細かく動き、最後は小さくなる。
※デスゲーム的なものではありません
2022年7月17日
薄暗い部屋の中で男が息を切らし、横たわっている。
「はぁ...はぁ...はぁ......」
同じ部屋の中でボブヘアの女が、ぐったりと脱力している。よほど体力を消耗したのか、既に瞼が重たそうだった。
私はいつの間にかこの部屋に居た。部屋の中は暗い。けど全く何も見えない訳ではなくて、なんとなく明るさは感じた。
「......」
直接、私を照らしている感じじゃなくて、部屋全体をまんべんなく照らす本当になんとなく感じた明るさ。
「......」
部屋は大きい訳でもないけど、私だけならそこまで狭くは感じないかな。でも、実際に部屋の中を見て回った訳じゃないから、実際はどうなのかわからないけど。
いや、部屋の中を見て回った訳じゃないっていうより、部屋の中を見て《《回れない》》って言う方が正しいね。
「......」
《《コトバ》》を話すことはいずれできそうだけど、今はできないかも。
「......」
私がこの部屋にいつから居るかは分からないけど、私と同じ時期から居たであろう存在をすぐ近くに感じる。暗くてよく見えないけど、多分男の人だと思う。
「......」
話すことは出来ないから、彼の方に意識を向けてみるけど、多分彼も私と同じように話せないし、動くことも出来なそう。見えないけどそう感じる。
「......」
部屋は、《《決まったジカン》》に真っ暗になる。ジカンを確認できる物はこの部屋には無いけど、私の体内時計はちゃんと動いてるみたいだから、決まったジカンの感覚が分かる。
やる事が特に無いまま時間が過ぎたが、私、近くに居るであろう彼、そしてこの部屋に大きな変化は無い。でも最近部屋の近くから、液体が流れるような音がする。少し前から聞こえてた気がしたけど、今ほど頻繁には聞こえなかったから、ちょっと気になっただけ。
この音も明るさを感じた時みたいに、なんとなく聞こえただけだからよくわからないけど。
それからまた、特にやる事も無く時間が過ぎた。決まったジカンに真っ暗になっては、ほのかに明るくなって、また真っ暗になるのを繰り返す部屋の中で。でも、ここ数日で大きな変化があったの。近くに居た彼が私に話かけてきた。話すと言っても、彼も《《コトバ》》は話せないから、お互い頭の中で意思疎通をしてる感じって言えばいいのかな?
「聞こえる?」
彼の声は、少し不安を感じている様な声だった。
「うん」
私は、相手を怖がらせない様になるべく優しく返したつもり。
「よかった、やっぱりそこに居たんだね。前から誰か居る気がしてたんだけど、話しかけるのが少し怖くてね」
彼は恥ずかしそうに答え、続けて私に質問する。
「声の感じ的に、キミは女の子?」
「そう」
まるであなたとは会話を続ける気なんてありませんよ、みたいな返事しかしていない自分に気づき、私自身がとても緊張していることに今気づく。
「キミはいつからここに居るの?」
「さぁ」
もちろん、言葉の返し方なんてすぐに直らないから、相変わらず。でも、悪気がある訳では無い。
「そっか、キミもいつから居るか分からないんだね」
彼には記憶が無いようだった。って言っても私も何で自分がここに居るのか、何をすればいいのかなんて知らないから人の事言えないんだけどね。
「やる事がないよー」
「あったとしても、私たち動けないでしょ」
「あ、やっぱりキミも動けない? 僕たちなんだか似てるとこがいくつかあるねー」
今まで話しかけてこなかったのは本当に怖くて話せなかったのか、と疑うくらい次々と話し始める彼。
「そういえばさ......」
彼が新しい話題を私に振ろうとした瞬間、部屋全体が、小刻みに揺れ始めた。
「!!」
「なに?!」
「キミ大丈夫?!」
「とりあえず私は大丈夫」
彼は自分よりもとっさに私のことを心配してくれた。部屋は相変わらず暗いままで、お互いの顔が認識出来ないどころか最近話し始めただけの、ただの話し相手を。
「よかった。まだ揺れてるみたいだけど、僕たちに問題は無さそうだね」
「うん......」
彼を少し不思議に思いつつ、私から話を全くしないのも良くないと思い、少し前に部屋の外から聞こえた液体の音の話をしてみた。
「確かに、僕も聞いた様な気がする。でも最近は前ほど聞こえないね」
彼の言う通り、液体が流れる様な音は前ほど頻繁には聞こえなかった。
「何が流れてるんだろうねー。常に流れてるわけじゃなさそうだし、この部屋と関係あるのかなぁ」
「なんだか、あなた楽しそうだね」
「うん。この部屋外側ってどうなってるんだろうね」
私は考えたこともなかった。何となく、いずれはこの部屋からは出れるんだろうなぁぐらいに考えてた。
毎日毎日薄暗い部屋でする事もないのに、彼は部屋の外の事を楽しそうに考えていた。私がふと感じる漠然とした不安がバカみたい。
私と彼は前と変わらずやる事は特に無い。でも話し相手ができて退屈は感じにくくなったかな。自分が思っていた以上に私は会話が得意じゃない様で、話題を出してくれるのはいつも彼。
「ねぇ、キミこの動きできる?」
小さい子を揶揄うかの様に、彼は芋虫の様に動いている。実際は彼の声しか聴こえていないから、揶揄っている様に聞こえるだけだし、この暗い部屋の中でこの動きできる?なんて言われても見えるわけないじゃん。
「見えないよ」
とりあえず返事はするけど、私はやろうとしない。芋虫の様に動いて見えるのもなんとなく、そんな感じの動きをしてるんだろうなぁってのが伝わるだけだし。
「じゃあこれは?」
「......」
「わかった、じゃあこれは?」
「だから見えないって!」
あまりにしつこいから、ちょっと強めに言ってしまった。一瞬後悔したが、彼は怯む様子を見せない。
「姿が見えたらやってくれるの?」
「......」
「僕がやってる動きをそもそもやろうとしてくれてる?」
「......」
私と彼は最近少しだけ動ける様になってきた。でも本当に少しだけ。だから大した動きは出来ないし、お互い近づけるほど動ける訳でもない。なのに彼は嬉しそうに動き回る。その他にも頭が以前より冴えてきた気たせいで、色々な感情が出てくる様になった。
「キミは僕の動きを見ようともしてないんじゃない?せっかく動けるようになってきたのにもったいないよ」
部屋の中に広がっていた明るいトークは、私が発した一言で既に暗くなり始めていた。
「僕たちはこの部屋の中でこれから成長していけるはずだよ」
「成長してどうするの?」
「どうするって...」
何のつもりで、私に対して上から目線をしてくるのか分からないけど、一気に減速した彼に追い討ちをかけるように続ける。
「成長?なんの役に立つの?ちょっと動けるようになったくらいで騒がないでよ。この部屋からいつ出れるかどうかも分からないくせに」
「!!」
私の発言に対して彼は暗い部屋で再び明かりを見つけたかの様に言葉を返す
「それだよ!部屋から出るために必要なんだ!」
部屋を出るための突破口を見つけた彼の興奮は止まらない。
「何で部屋から出るために成長が必要なのか僕にも分からないけど、そう感じるんだよ!ほら!今キミも何か感じない?僕たちはこの部屋から確実に出れるって気がするでしょ?!」
彼から投げられるボールはあまりにも一方的すぎて私はピッチングマシーンから投げられるボールをひたすら受け取る作業をしているのか、としょうもない事を考えてしまうくらい私の怒りは既に冷めていた。
でも、彼の言う通り確かに今この瞬間感じた感覚は今まで感じた事が無かった。まるで誰かに『安全に部屋から出れるよ。安心してね』と言われているかのようだった。
「...確かに感じる」
「でしょ?!そうでしょ?!やっぱり僕たちは心配なんてしなくていいんだよ〜」
『私たちは部屋から出れる』という何の根拠もない感覚に少しの安堵を覚えたのもつかの間、部屋を微かに揺らす低音が部屋の外側から聞こえた。
「なんだ?」
「ここまで大きい音は聞いた事は無いな」
「キミこの音聞いたことあるの?」
「ちょっと前からね」
確かに少し前から同じ音は聞こえていたが、今日ほど大きな音で聞こえた事はない。
「あ、まただ」
今度は、さっきほどの音の大きさではないが、部屋を全体的に響かせるような高音が聞こえた。この音も少し前から何度か聞こえていた。
「この音はさっきの音より頻繁に聞く気がするなぁ」
やっぱり彼にも聞こえている。前に少し話したけど、私と彼はコトバを使わず意思疎通のようなもので会話をしている。だから、この音を始めて感じた時は少し驚いた。今までの会話とは違う、顔の横から聞こえてくる感じが少し怖くて彼にはあえて話さなかった。話すと1人で勝手にパニックになると思ったから。
「びっくりしたけど、嫌な感じではないね。うん」
もう、彼は私なんか居なくても1人で会話できるんじゃないのか?
最近やたら部屋が狭い感じがする。部屋は相変わらず暗くて何が起きているか分からないけど、彼が私の近くに寄ってきているのがわかる。もちろん見えないけど。
「ねぇ、見て見て力こぶ」
ボディービルのポーズのような格好を見せつける彼は最近筋肉がつき始めたらしく、体のあちこちに力を入れては私に見せつけようとする。
「わーすごーい」
「はい、また見てないー」
「見飽きたんです、あなたのしょーもないショーに」
「《《しょう》》もない《《ショー》》に?」
「......」
彼は暇すぎておかしくなったのかと、頭の中でいつも通りツッコミを入れる。そんな事はさておき、私と彼の体は始めて会話をした時より、明らかに変化していた。私も彼のように筋肉が発達してきたし、指の先には硬い膜の様なものができた。この前は、部屋がいつもより明るい気がして彼に話してみたら、彼も同じような事を言っていた。2人で話した結果、部屋が明るくなったのではなく、恐らく私たちが以前より明かりに対して強く反応するようになったのではないかという結論だった。
「うーい!いぇーい!どどどどど!」
今後の体の変化に対して真剣に考えている横で、彼は発達してきた筋肉を使い部屋の壁を勢いよく蹴る。今、発しているその語彙力の無さはどうにか出来ないものか。
「うるさい」
ため息混じりに声をかけても彼は知らんぷり。そもそも聞こえてないのかも。
「怖くないの?」
「何が?」
「私たち何もしてないのに、体がこんなに変化してるんだよ?」
彼は私の顔を見ると動きを止め、少し考えてから私と向き合って、私からの言葉を促す間の取り方をする。
「不安じゃないの?私たち何かおかしいよ」
「......」
彼はまだ黙っている。先程まで、おちゃらけて遊んでいた人の顔ではなく私の思いをしっかり聞こうとする姿勢で。この人は、ふざける時はとことんふざけるけど、私が真剣な話をしようとしているのを感じ取ると直ぐに受け入れ態勢を取ってくれる。今までもそうだった。
「どうなっちゃうんだろ」
「...僕にもわからないけど、変な事にはならないんじゃないかな?」
具体的な解決策などない事は分かってる。でも、彼なら何か突拍子もない事を言って気を紛らわしてくれると思って話してみた。彼に話せばスッキリしそうだったからというのもあるかもしれない。実際、話して少しはマシになった気がしたし。
暗い話をしていると、以前聞こえた微かに部屋を揺らす低音と部屋全体に響き渡る高音が再び聞こえた。明らかに以前より鮮明に聞こえる。
「まただ」
「あなたが、また壁を蹴るからでしょ」
この低音と高音は彼が部屋の中で動くと鳴りやすい。部屋が彼の動きに対して返事をしている様だった。
「水の音も聞こえるよ」
彼と話し始めた頃によく聞いていた液体が流れる様な音も、以前より鮮明に聞こえるようになった。前は液体かもしれないという曖昧な感覚だったが、今は粘度が殆ど無さそうなサラサラとした水が水道管の中を流れていく音に聞こえる。
「最近、この部屋の変化が著しい気がする」
「うん。何よりあなたが成長して部屋が狭くなっていってるのが本当に窮屈で仕方ない」
「......」
彼は今まで見せたことのない難しい顔をして沈黙を続けている。
「どうしたのよ」
「本当に僕が成長してるから部屋が狭く感じるのかな?」
「どういう事?」
彼の次の発言に私はひどく不安を煽られた。
「......この部屋自体が小さくなろうとしてるっていう可能性はない?」
「!!」
おかしい。以前より明らかに部屋が狭い。だって、私の目の前には窮屈そうに体を丸めた彼がいるし、私達の体は部屋の壁に触れていて、これまでにない圧迫感がある。
「...せまい...」
以前の彼の発言は確かに的を得ていたが、私は信じたくはなかった。そもそも部屋が小さくなろうとしているって何のためよ?
しかし、彼が成長しているから部屋が狭く感じるっていう私の考えもあながち間違ってなかった。体の成長と部屋の収縮が相まって、より狭く感じていたのだ。間違っていた点としては、彼《《の》》体が成長していたからではなく、彼《《も》》体が成長していたからという事。そう、私も同じように成長していた。
「もう少しだね......」
依然窮屈そうに話す彼の言葉の意味を、私は理解できなかった。
でも、その言葉の意味を理解せざるを得ない状況が直ぐに来てしまった。
彼は部屋の下に居る。私達がいた部屋は思ったより立体的で、私と彼は最初、部屋の天井側に居たみたい。つまり、彼は床の方に居て私は天井側に居る。重力が働かない空間って訳じゃないけど、2人とも少し浮いている感じなのかも。
「ねぇ、そっちにいって何してるの」
「僕も分からないんだよ。体が勝手に下の方に押し出されるんだ」
部屋の収縮は日に日に強くなっているし、このままだと2人ともこの薄暗い部屋に飲み込まれるのではないかという恐怖心が強くなっていた。
「私そろそろこの部屋から出たいよ」
「そうだね。もうそろそろじゃない?」
こんなに窮屈で押し潰されそうな状況にも関わらず、彼はやっぱりどこか嬉しそうな表情をしている。
「ねぇ、一緒に出ようよ」
「うーん、一緒に出れるのかなぁ」
ここに長く居てはいけない。本能的にそう感じた。出よう。ここから出ないと。そう決心したと同時に部屋の外から強烈な圧が掛かり始めた。
「うわ!!」
「...わっ!」
一瞬、部屋全体が光に包まれ瞼を閉じる。
「大丈夫?」
今度は、私から先に声をかけた。さっきの光はもう無い。
「うん!でも、やっぱり僕からみたい」
「?」
部屋の外からの圧力は、けんけんぱのリズムのように一定間隔で加えられる。その度に私たちが居る部屋を照らす光が部屋に差し込み、彼の位置は私からどんどん離れていく。
「ねぇ、どういう事!」
再び圧が掛かる。
「...っくる...しい」
声を詰まらせてしまい、会話のキャッチボールがまともにできない。
「...はぁ...はぁ...だいじょう...ぶ?」
やはり、彼はどんな状況でも私の心配をしてくれる。ただの話し相手から始まった私達の関係は今は違う物なのかも。
「......いや、最初から違ったのかな...」
少し前から、彼が私にとって特別な存在である事にはなんとなく気づいていた。
「...?...え?...っつ...なに?...だいじょうぶなの?」
最初より大分下の方に行ってしまった彼が心配そうに私の様子を伺う。私の目は相変わらず視覚的に彼を捉える事はできていないけど、不思議と彼のことがしっかりと見える。その姿を見ると部屋に潰される恐怖が少し和らいだ。
「...よかった...じゃあ先に出るね...」
私の安心した表情を見た彼は、少し寂しそうにそう言って先程の光と共に部屋から居なくなった。
「......」
彼は部屋から居なくなったけど、寂しさは感じない。常に喋っていた彼が居なくなった事で話し声は聞こえなくなったから客観的に見れば寂しいという表現は適切なのかもしれない。
「......」
何も考えられない。でも、もうこの薄暗い部屋で考えなきゃいけない事は無くなった気がする。
「私も出ないと」
2030年4月10日
「もうそろそろ片付けなよ〜」
ボブヘアの女が明るい部屋から、電気をつけていない隣の部屋に声を響かせる。
「これを見ててください!」
「うん....」
「ドコドコドコドコドコドコドコ....ドン!」
オリジナルのドラムロールを口ずさみながら、右手のコインを見せつけている男の子の前には、しぶしぶマジック見物に付き合わされている女の子が居る。
「すごーい」
「ほら、やっぱり見てないじゃん!」
「飽きたの、お兄ちゃんのしょーもないショーに」
「《《しょう》》もない《《ショー》》に?」
「......」