2 知らない女子高生にはついていかない
「せっかくこうして知り合ったのですもの。仲良くなりましょうよ」
彼女はその美しい顔に満面の笑みを浮かべながらそう言った。
正直嬉しい提案だ。一人で寂しく観光をするよりも短い時間でも誰かと一緒にいた方が楽しいだろう。
でも……
「すみません、せっかくのお誘いですけど遠慮しておきます」
なんだか怖いと思ってしまった。私から興味を持っておいて言うのもなんだけど、ただ隣に座っていただけの年齢が近い同性にここまでグイグイくる高校生は怪しい。あと、新幹線の座席はスカスカなのになぜか私の隣の席に座っているということも少し怖い。
高校生と美人には気をつけた方がいい。私の経験がそう告げている。
「あら、それは残念ね……」
少しだけ眉を下げて彼女はつぶいた。その悲しそうな顔を見ていると罪悪感を感じてしまう。
あ、この罪悪感は、少し前に後輩の女の子を振ったときの感覚に似ているな。
あのときはしばらくその子の悲しそうな顔が頭から離れなくて辛かった。
「でしたら、せめて連絡先を交換していただけませんか?まずはここから仲良くなりましょうよ」
そう言って彼女はメッセージアプリの二次元コードの画面を出す。私は流されるまま彼女が差し出す二次元コードを読み取った。
「天宮灯里ちゃん……?」彼女のアカウント名はそんな名前だった。
「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね」
彼女はこほんと小さく咳払いをした。
「わたくしは天宮灯里と申します。十五歳の高校一年生です。現在は熊本県の高校に通っております。本日は所用がありまして大阪の方にいましたので、現在はその帰りです。わたくしのことは、そうですね……気軽に灯里ちゃんとお呼びください。年下ですから敬語ではなくどうぞ親しげにお話しください」
高校一年生だったのか。言動が大人びているし、身長も私と同じくらいだから年下といっても二歳差くらいかなー。なんて思っていたが、まさか五歳も年が離れているとは思わなかった。
「次は貴女さまの番ですよ。えっと……桃華さま……?」彼女が私のアカウント名を見ながら言う。
「はい、倉持桃華です。二十歳の大学二年生で、今は東京の大学に通っています。今は夏休み中で、さっきも言ったように特に目的もなく旅行をしようと思ってるんだけど……って、あれ?灯里ちゃん?」
「倉持……桃華……さま……?」
灯里ちゃんは私の名前を聞くなり、なにやら考えこんでしまった。名前以降の私の説明は耳に入っていないようだ。
再び口を開いた彼女は、不思議な質問を私に投げかけた。
「桃華さまは、理橋中学校を卒業されていますか?」
「えっ……そ、そうだけど……どうして知ってるの?」
やっぱり怖い。
しばらくたってから灯里ちゃんはその美しい顔に再び満面の笑みを浮かべた。
「やはり、桃華さまはわたくしと一緒に来るべきです。この駅で降りましょう」
「へっ?ど、どういうこと!?」
灯里ちゃんは困惑している私の手を引っ張って立ち上がらせ、ずいずいとドアの方に向かって引っ張っていく。私は空いていた手でなんとかスーツケースの持ち手を掴めた。
引っ張られたままドアの前に到着するとタイミングよくドアが開いた。そのまま二人で駅のホームに降りる。
「えっと、一体どこに……?」
何も言わずに私の手を引っ張り進んでいく灯里ちゃんに恐る恐る聞いてみる。
振り返った灯里ちゃんはその大人びた印象に見合わない、いたずらっ子のような笑顔を見せた。
「着いてからのお楽しみです。きっと桃華さまにとってとても良い場所ですからなにも心配せずにわたくしに付いてきてください」
「はぁ……?わかったけど……」
ホームの看板を見る。降りた駅は熊本駅。
さっき熊本の高校に通っているって言ってたから、灯里ちゃんは熊本に住んでいるのだろう。
それはそうと、五駅分くらいお金を無駄にしてしまったような気がする。まぁ、降りてしまったものは仕方がないので、大人しく灯里ちゃんに付いていくしかないな。
なんて思いながらも灯里ちゃんに引っ張られていく私。すれ違う人たちの視線が痛い。
改札を抜けて駅の外に出る。外に出ると灯里ちゃんはようやく手を離してくれた。
周りを見渡すと新鮮な景色。せっかくだからお城の石垣のようなデザインの駅舎を写真に納める。初めて訪れる土地だ。新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「桃華さま、付いてきてください」
写真撮影だの深呼吸だのが落ち着いた私に、灯里ちゃんが声をかけてきた。灯里ちゃんの後をついて駅前にある市電乗り場へと向かう。時刻はお昼過ぎということもあってか駅前には多くの人がいた。
一分もせずに、市電乗り場に着いた。ちょうど来ていた市電にそのまま乗る。幸運なことに普段東京で電車に乗る時に使っている交通系の電子マネーがここでも使えた。便利。
座席につくと市電が動き出す。流れていく街並みはとてもきれいで新鮮だった。