12 突然の告白再び、様子がおかしい
特に何もなく、数日が経ったある日。変わったことといえば、土曜日に灯里ちゃんの学校を見学しに行くことになったことくらい。
「桃華ちゃん、お疲れ様」
閉店後に喫茶店の片づけをしていると彩楓ちゃんに声をかけられた。
「あ、彩楓ちゃん。、彩楓ちゃんもお疲れ様。どうしたの?」
「ううん、何でもないよ。桃華ちゃんが手伝ってくれたおかげで、今日もいつもより楽だったよ。ありがとう」
「う、うん」
数日前の告白のせいで、今でもまともに彩楓ちゃんのことを見ることができない状況が続いていた。
「桃華ちゃん?」
「あっ、何でもないよ!それより、この後はどうするの?」
「ん?いつも通り、部屋に戻るだけだよ。灯里が帰ってくる前に夕飯の準備済ませておかないといけないし。お店のほうはおじいちゃんに任せるし」
彩楓ちゃんは微笑む。
「そっか。じゃあ、一緒に戻ろ?」
「でも、その前に一つやっておかないといけないことがあるんだよね。桃華ちゃん、ちょっと待ってて」
彩楓ちゃんはそう言うと、カウンターの奥にある扉を開けて荷物置き場の方へ消えていった。
しばらく待っていると、彩楓ちゃんは手に何が入っているラッピング用の袋を抱えて戻ってきた。
「はい、これ。バイトを頑張ってる桃華ちゃんへのプレゼント。受け取ってほしいな……」
彩楓ちゃんから袋を受け取り、開けると、中にはかわいらしいデザインの桃色のエプロンが入っていた。
「すごいかわいい。もらってもいいの?
「うん、今まで、元々お店にあった古いエプロンを使わせてたから、なんだか申し訳ないなって思って。それに、毎日朝から夕方までお店の手伝いしてくれてるでしょ?だからアルバイト代とは別に私から何かあげたいなって思ってて。ごめんね、朝に渡せたらよかったんだけど、渡すタイミング逃しちゃって。デザインもこの店の雰囲気に合ってないかもしれないけど、桃華ちゃんに似合うかなって思ったんだ」
「そ、そんなの気にしなくてよかったのに……」
「私があげたかったの。受け取ってくれると嬉しいな……あと、夏休みが終わってもずっとこのままここにいてくれたらもっと嬉しいな」
「こ、このままここにいるかはわからないけど……とりあえずこれはもらうね。ありがとう」
私はそう言いながらもらったエプロンを広げる。桃色の生地に白の水玉模様のとてもかわいらしいデザインだった。
「うん、よく似合ってるよ。サイズもぴったりみたいだね」
エプロンを着た私を見て満足そうに笑う彩楓ちゃん。
「あ、ありがとう……大事にするね」
「ふふっ、喜んでくれて嬉しいよ。じゃあ、そろそろ部屋に戻ろうか」
その言葉の後、口を閉ざし、私の部屋の前まで無言でついてきた彩楓ちゃん。
再開して早々に告白されたときは驚いたけど、今まで変なこともなく、普通に生活できてるし、もしかしたら告白は夢だったのかもしれないと思っていた。のに……
「ねぇ、桃華ちゃん。……まだ返事聞いてないんだけど、あの時の話考えてくれてる……?」
部屋に入る直前、突然、彩楓ちゃんが真剣な顔つきで尋ねてきた。その瞬間、私の心臓は大きく跳ね上がった。
「えっと……返事っていうのは……その……付き合いたいかどうかってこと……かな……?」
「うん。桃華ちゃんさえよければわたしは恋人になってほしいって思うんだけど。わたしじゃダメかな?結構時間たってるし。そろそろ返事が欲しいなって。わたしもう待てないよ」
「……」
私は言葉が出てこなかった。だって彩楓ちゃんのことをそんな風に見たことがなかったから。でも、彩楓ちゃんのことはとても好きだということは言える。ただ、それが恋愛感情なのかはわからなかった。だからすぐに答えを出してほしいと言われても困ってしまうし、しばらく考えてもその答えは出ないままだった。
「桃華ちゃん?黙ってても何も伝わらないと思うよ。……もし、嫌ならはっきりと断ってほしい。それなら、わがままかもしれないけど、これからも友達として仲良くしてほしい。わたしは言いたいこと全部伝えたよ。だから、桃華ちゃんの気持ちを教えて?」
彩楓ちゃんはまっすぐに私を見つめている。その目からは私への想いは嘘偽りなく本気だということが伝わってくる。そうであるなら、私も本気で彩楓ちゃんと向き合わないといけない。たとえ傷つけることになってしまったとしても。
私は息を吸い込み、吐いた。そして気持ちを伝えるために口を開く。
「ごめんなさい。私も彩楓ちゃんのことは好きだけど、それは恋愛感情なのかっていわれるとよくわからないんだ。彩楓ちゃんとは一緒にいたいと思ってるよ。でも、恋人になりたいかって聞かれると答えられない。だから付き合えない。これが私の今の正直な気持ち」
「そっか……」
彩楓ちゃんは悲しそうな顔をしながらうつむいた。
「本当にごめんね」
「ううん、桃華ちゃんは謝らないで。わたしの一方的な感情だったってだけだから。桃華ちゃんの言葉聞けて、なんかすっきりしたよ」
彩楓ちゃんは顔を上げて、悲しそうな顔から無理やり笑顔を作った。
……いや、無理やり、じゃない……?
「……つまり、脈がないわけじゃないってことだよね」
一瞬だけ見せた寂しげな表情はすぐに消え去り、彩楓ちゃんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「え?」
彩楓ちゃんの変わり身の早さに私は呆然と立ち尽くす。
「わからないなら、わからせてあげればいいよね。だってそのための高校生活だったんだし」
顔を近づけてくる彩楓ちゃん。キスされるのか、と思わず身構えてしまったが、彩楓ちゃんの唇はそのまま私の耳元まで移動した。
「桃華ちゃん。大好きだよ」
囁くように告げられた愛の告白。それを聞いた瞬間、体中が熱くなり、鼓動が激しくなった。
「さ、彩楓ちゃん……」
「ふふっ、顔を真っ赤にして、桃華ちゃんは相変わらずかわいいなぁ。最初からこうすればよかったかも……まぁいっか。そうだ、デートしようよ」
「デート!?」
「うん、そうだよ。久しぶりに二人でお出かけしたいなって思ったんだけどダメかな?桃華ちゃんと一緒に行きたい場所があるんだ。きっと桃華ちゃんも気にいってくれると思うし、私のことをもっと好きになってくれると思うんだ。今度の土曜日どうかな?」
彩楓ちゃんの圧に負けて思わず首を縦に振ってしまいそうになったが、ちょっと待った。今度の土曜日は灯里ちゃんと学校に行く約束をしていた。
言いよどむ私を見て何か察したのか、少し不満そうな顔をして彩楓ちゃんが言った。
「その様子だと、ほかに用事があるみたいだね……わかった。じゃあ、また別の日に誘うよ」
でも。と彩楓ちゃんが続けた凍るような言葉の冷たさに、激しくなっていた私の鼓動は徐々に勢いを失っていった。