10 突然の告白、逃げ道は塞がれている
灯里ちゃんが洗濯しに行って、彩楓ちゃんと再び二人きりになった。正直なこと言うと、4年ぶりに会った親友に対する身の振り方をまだ掴めていないから二人きりはなんだか気まずい。さっきは雰囲気でなんとかなったけど二度目は無理そうだ。
「あ、灯里ちゃんっていい子だよね」
私の弱点。話の振り方が下手すぎる。
「えっ……あ、うん……あの子はね、すごく優しいんだよ。わたしのことを一番に考えてくれるし、家事とかも全部してくれるし。……一番つらいのはあの子なのに」
彩楓ちゃんはなんだか不穏なことを言う。灯里ちゃんと彩楓ちゃんの間にも他人に言えないような秘密があるのかな。さっきから灯里ちゃんの話をするたびに不満そうな顔をしているし、早く切り上げたほうが良さそうだ。
「そっか、私が知らない間に素敵な妹ができたんだね」
「うん……。で、でも、私にとっては桃華ちゃんも大事だよ……!」
さっきからずっとそうだけど、会話の途中で突然必死になる彩楓ちゃんは不思議だ。
と、私のスマホが着信音を鳴らす。画面に目を向けると、今一番存在を思い出したくない人、母親からのメッセージが届いていた。ため息をつく。トークルームを開いて文面を確認する。思った通り、早く家に帰ってこいとの催促だった。メッセージには絶対に返信をしない。なにを返しても小言が飛んでくるだけだし、運が悪ければすぐさま電話をかけてくるかもしれない。今は声も聞きたくなかった。
「どうしたの?桃華ちゃんのお母さんからメッセージが来てたみたいだけど……」
スマホの画面が見えていたのか、彩楓ちゃんが心配そうに尋ねてくる。私は苦笑いを浮かべながら言った。
「なんでもないよ。灯里ちゃんはまだ帰ってこないみたいだし、もう少しお話していようか」
「う、うん。そうだね……」
それから私たちは他愛もない話をして過ごした。
好きな食べ物の話、趣味、最近読んだ本、行ってみたい場所、内容は薄かったけどいろいろな話をした。でも、私はどうしても彩楓ちゃんには高校時代の話を聞くことができなかった。
しばらく時間がたった頃、ふとスマホの時計を見るともう23時を過ぎていた。
「もうこんな時間なんだ。灯里ちゃんは戻ってこないみたいだし、もう寝ようかな」
「あー……灯里はもう寝てるんじゃないかな……?ほら、明日も学校みたいだし」
なるほど、夏休みに入ってから曜日感覚がおかしくなっていたが、今日は日曜日だ。まだ夏休みになっていない高校生たちは明日も学校に行かなければいけないのか。大学生の夏休みは始まるのは早いし、終わるのは遅い。すっかり世間からずれてしまっている。
「そ、それで……桃華ちゃんは明日からどうするの……なにか予定とかあるの……?」
彩楓ちゃんはこちらの様子をうかがうようにおずおずと尋ねてきた。不安な表情をしているもののさっきまでと違い、どこか雰囲気が変わったようなそんな感覚がする。違和感には触れずとりあえず返答する。
「うーん、家から離れられればそれで良かったし、特にやりたいことはないからどうしようかなって思ってるよ」
「だ、だったら!その……桃華ちゃんがよかったら……よかったらでいいんだけど、この喫茶店で働いてくれないかな……って。も、もちろんお給料はちゃんと出すから……」
「えっ!?」
驚いて声を上げてしまった。まさかそんな提案をされるとは思っていなかった。
「だめ、かな……?」
不安げに聞いてくる彩楓ちゃん。中学時代から私は彩楓ちゃんのその顔に弱い。私は首を振った。
「ううん。全然いいよ。しばらくお世話になるんだし、いくらでも手伝うよ。私の方から手伝わせてもらえるようにお願いしようと思ってたからびっくりしただけだよ」
「やった!ありがとう桃華ちゃん!!」
ソファーに座ったまま控えめに両手を上げて喜ぶ彩楓ちゃん。久しぶりに見る仕草、かわいい……。
そんな彩楓ちゃんの様子を見ながら、私はソファーから立ち上がった。
「よし。明日からの予定も決まったことだし、そろそろ寝室に行こうよ。部屋の前まで一緒に行こう」
「も、桃華ちゃん、ちょっと待って……。もう一つ言いたいことがあるの……」
彩楓ちゃんは立ち上がってそんな事を言う。真剣な表情だった。彼女の口から出てきた言葉は、先ほどの提案よりもはるかに私を驚かせることになった。
「わたしは桃華ちゃんのことが好き……。恋人になってほしい」
目の前の彩楓ちゃんは耳まで真っ赤にして私に告白をした。
「え?」
恋人とは……?
恋しく思う相手。おもいびと。普通相思相愛の間柄について……
って違う!久しぶりに会った親友(女の子)が再会したその日の夜に告白してくるなんて、私の20年の人生の中で初めての経験すぎて、頭の中で困惑が走り回っている。正直意味がわからない。
「えっと……彩楓ちゃんは私のことが好きなの?」
「うん……大好き」
「わ、私も好きだよ……。彩楓ちゃんは友達だから」
「わたしは桃華ちゃんと恋人になりたい……」
どうやら彩楓ちゃんは本気らしい。顔を真っ赤にして潤んだ目で私のことを見つめている。
「わたし、ずっと桃華ちゃんのことが好きだったんだよ……。高校生になっても、桃華ちゃんのことを考えてたら、胸のドキドキが収まらなくて……。中学生の時に思いを伝えられなかったことずっと後悔してて……」
「なるほど……」
先ほどからの彩楓ちゃんの怪しげな行動に合点がいった。私のことを意識していたからか……。灯里ちゃんに嫉妬してたのかな。そう考えるとなんだか頬が熱くなる。
それはそうとして、必死で言葉を続ける彩楓ちゃんにまだついていけていない。
しかし、理解はできる。中学時代にいじめにあっていた彩楓ちゃんを私は3年間守り続けたのだ。それがきっかけで惚れたなんて話になるのは容易に想像がつく。学校にいる間は私たちは常に一緒にいたし、彩楓ちゃんは私を頼るしかなかったのだから。
「……昔の私と、今の私はぜんぜん違うよ」
自慢ではないが、男女問わず真っ向から好意をぶつけられることには慣れている。しかし、彩楓ちゃんが相手だと話が違う。
彩楓ちゃんがあの頃からずっと持ち続けている恋心に向き合う覚悟を私は持っていなかった。
「桃華ちゃんは、昔と変わらない……と思う、けど……」
彩楓ちゃんの言葉が尻すぼみになっていった。それはそうだ。お互いに中学校を卒業してからのことは一切知らなかったのだ。変わっていないと言いきることはできない。
もちろん、中学時代三年間を一緒に過ごしてきた親友に対して特別な思い入れがないわけはない。むしろ、私が今まで出会った人たちの中では、彩楓ちゃんのことは1、2番目くらい好きだ。でも、今の私は彩楓ちゃんを守っていたあの頃の私とは違う。今の私は眼の前の困難から逃げることしかできない臆病者だ。
「……桃華ちゃんも、ずっと私のこと好きだと思ったけど、な……」
「うん。たしかに彩楓ちゃんのことは好きだけど、それは恋愛感情とかじゃないよ。友達として好き。それに今の私は彩楓ちゃんにふさわしくないよ」
彩楓ちゃんはおっとりしているように見えて、人の心を読む力はすごい。私は本質を突かれて、思わず本音を口に出してしまう。
「ううん、桃華ちゃんはやっぱり変わらないよ。それとも、渋っているのはわたしが女だから……?」
「それは違う」
それだけははっきりと言える。今まで女の子に告白されることもあったからというわけではないが、恋愛に関して同性同士だからどうだの思ったことはないし、偏見もない。好き同士ならどんな形だっていいと思ってる。でも、彩楓ちゃんに恋愛感情は持てない。彩楓ちゃんとはこれからも友達でいたい。ただそれだけだ。
「そうなんだ……わかった。じゃあ、この夏休みで桃華ちゃんがわたしのことを好きになるようにする」
「えぇ?!」
真っ赤な顔はどこへやら、彩楓ちゃんはやる気に満ちた顔に変わりそう宣言した。
せっかくのチャンスだから活かさない手はないでしょ。なんて言いたそうな顔をしている彩楓ちゃんの目の前で、私は深いため息をつくしかなかった。
しばらくこの家でお世話になるって言ってしまったし、喫茶店を手伝うとも言ってしまったし、逃げ出すことはできない。というか、彩楓ちゃんを置いて逃げるという選択肢を取ることは二度と私にはできない。
「明日からよろしくね、桃華ちゃん。それじゃあ、おやすみなさい」
彩楓ちゃんはいたずらっ子のような笑顔を浮かべて、スキップでもしそうな勢いでリビングから出ていってしまった。
リビングに一人残された私の頭の中では、母親のこととか喫茶店の手伝いのこととかを押しのけて、彩楓ちゃんの告白と私に彩楓ちゃんのことを好きにさせる宣言のことがぐーるぐる回っていた。
「とんでもないことになったなぁ……」
ベッドに横になり、天井を見上げ呟く。
こうして、長かった旅行初日が終わり、これから長くなりそうな彩楓ちゃん、灯里ちゃんとの三人での夏休みが始まったのだった。