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お使い(4)




「ええ……?いや、考えたこともないですよ…」


「そう言わずに!ほらっ、どうなんだ?」



自分の子どもだなんて、まだ自分自身が子どもなのに考えられないというのが正直なところだった。しかも、異性を好きになるということ自体が考えられない。孤児院の男の子たちについては正直あまり覚えていないし、現在ただ一人近くにいる年齢の近い異性は侯爵家嫡男である。恋愛対象となり得る人物が周囲に全くいない。



「子どもは……、分かりません、けど。多分要らないです」

「へえ?なんでだ?」


ダンさんが意外そうな反応を示した。


「なんていうか、自分と似たような人間がこの世にもう一人現れると思うと、申し訳ないなと。」

「なんだそれ」


ティアナは面白いなあ、と、すっかりアルコールが回ったダンさんが機嫌良さげに笑った。


「ええ?分かりません?」

「あー。ティアナは、自分のことがあまり好きじゃないのか?」

「ううーん。まあ、そうですかね。こんな面白みのない人間、この世に二人も要らないと思います。」


6歳以前の記憶はないが、今までの人生で自分が特別素晴らしい人間だと思えたことは一度もない。記憶にある限りだと、孤児院の院長やエルナンド侯爵家の方々、何故か世話を焼いてくれるレナと、親切な人がたくさんいるが、自分にそこまでの価値があるのだろうかと、ふとした時に考えることがあった。

それは、いま目に前にいるダンも同じである。


「面白くないとこの世にいちゃダメなのか?そんなことないだろ?」

「まあ、そうですけど」

「いいんだよ、ティアナ。お前はそこにいるだけで人を笑顔にできる。だから、リリア様もイザヤ様も奥様も、お前を大切にしている。お前は必要な人間なんだ。だから、そうやって自分を卑下するな。自分に自信を持て。そんでもって、誰かと恋愛をしてみろ!」


……なるほど。


酔っ払いに何かいいことを言われた気がしたのだが、結局そこにたどり着くのか。


呆れたような、困ったような表情を浮かべるティアナとは対照的に、先ほどまで紳士であったはずの酔っ払いは、すっかり顔を真っ赤にして愉快そうに笑っていた。





最初は御者さんのほうが早く顔が赤くなっていたはずなのに、気が付いたらダンさんのほうが愉快なことになっていた。ダンさんは、いきなり酔っぱらうタイプの人なのかもしれない。御者さんは、案外酔いにくいのかな。顔はすぐに赤くなるけど。


まだ余裕のありそうな御者さんに先に部屋に戻ると伝えると、食堂を抜けて2階の部屋に向かおうかと席を立った。


テーブルの間隔が狭くひしめき合う食堂内は、少々移動に不便である。イスの数とテーブルの容量が見合っていないようにも感じるので、酒場として盛り上がっている夜だけ座席数を増やしているのかもしれない。



身体を横にしながら隙間を縫うように進んでいると、とあるテーブルの話が耳に入ってきた。


「旧皇国の復興はまだなのか?」

「皇都の民家の修復は、あと少しって感じだな」


旧皇国。手芸屋のおばあさんが言っていた、六年前に我が王国軍に攻め滅ぼされた幻の国にして、『月の糸』の原産地。


エルナンド領にいた頃にはひとつも話題に出ることのなく、リリア様の家庭教師も口にすることのなかった名前が、王都に出てくるとこうも簡単に聞けるのか。


旧皇国について話していたテーブルには、二十から三十代ほどの男性が三人座っており、椅子が一つ空いていた。エルナンド領に帰ってから本を探すのもいいが、文章よりも実際に知っている人から聞いたほうが分かることもあるだろう。


「おにいさん、皇国に行ったことがあるの?」


空いていた席を勝手に引いて座りながら、会話に割り込むように尋ねた。夜の居酒屋、ましてや、お酒が入っている状態では、もはや無礼講なんだと、以前誰かに聞いたことがある。知らない人でも、あっという間に仲良くなれるんだって。

案の定、話を遮られた男たちが子どもであるティアナに対して怒る素振りを見せることは一切なかった。


「ああ、この前までな。なんだ嬢ちゃん、皇国に興味があるのか?」

「うん。わたしの地元では、皇国の話を聞いたことがないの。」

「お、そうなのか?確かに皇国は鎖国国家だったから元々情報も少なかったしなぁ」


そう言いながら、ウェイトレスを呼び止め、私の為にオレンジジュースを頼んでくれた。優しい。


「六年前に皇国が倒れた時、皇都が焼き払われてな。王国に吸収されたから、復興の為に王国の騎士団から騎士を送って復興の手伝いをしてるんだ」

「じゃあ、おにいさんも騎士なの?」

「おお。そうだぞ」

「へえ。騎士様って、もっと取っ付きにくそうだと思ってた」

「そうか?騎士と言っても、半数以上は平民だからな。そんなことないと思うぞ?」

「そうなんだ」


騎士が取っ付きにくいとか、自分でもなんでそう思ったのか分からない。ガチガチの鎧兜つけてるからかな。


「それで、皇国ってどんなところなの?」


逸れてしまった話を元に戻す。


「どんなところかと言われたらなあ……。なんていうか、全体的に質素な感じ?」

「貧しいってこと?」

「いや、暮らしは割と豊かそうな感じだったな。ここでいう質素ってのは、装飾が少なくて白いものが多かったということだ」

「豊かなの?鎖国してたって話だから、物がなくて貧しいのかと思ってた」

「成程な。分からなくもないが、皇国は自給自足が完全にできていたからこそ、長年の間鎖国を続けられたんだろう。」


国内だけで自給自足をするというのは非常に難易度が高い。少なくとも、王国の中でも気候に恵まれており人口も多いエルナンド領では当然、自給自足をすることは不可能だ。


「住民たちはどうだった?王国は嫌われてた?」


普通に考えると嫌われているだろう。外部からの接触もなく、皇国内で穏やかな生活を送っていた皇国からすれば王国の侵攻は迷惑でしかない上に、皇族が軒並み殺されたのだから。

しかし、皇国に行っていたというおにいさんの表情は、案外明るいものだった。国民からの嫌がらせや罵声なんかはなかったのだろうか。


「あー。いや、確かにいい顔はされなかったが、話はちゃんとしてくれるし、手伝ったお礼も言われたな。拒絶されることも視野に入れて行ったが、今になって考えてみると思ったよりも大丈夫だったな」


自国を滅ぼした敵国の兵士を目の前にして、果たして本当に怒りをぶつけずにいられるものだろうか。


皇族が平民に圧政を敷いていたとか?

皇族への忠誠心がなかった?

或いは、自分さえ殺されなければそれで良かった?


分からない。


隣国とはいえ、長年周囲から情報を遮断していた国だ。私たちが当たり前のように考えている常識が通用しない可能性だって十分にあり得る。


「気性が荒い感じの人は見た感じだといなかったな。周囲は山々に囲まれていて、あと、城も真っ白で綺麗な壁でな。戦争でそれなりに黒ずんでいたり崩壊していたりしていたけどな。あれが壊れる前はさぞや綺麗な白だったんだろうな」


白い城。


自然豊かな土地。


王国の辺境地でもあり山も領地内にあるエルナンド領に住んでいる身からすると、自然豊かな土地には親近感を持てる。緑に囲まれた白いお城。とっても素敵なんだろうな。



「戦争があったのは6年も前なんだよね?王家は今になって復興しようとしたってことなの?」

「いや、終戦から半年も経たないうちから復興は始まっていたぞ」

「え、そうなの?」

「ああ」


皇国の話題が上がることが一切なかったから、復興し始めたのもつい最近からなのだと思っていた。


「なんで今まで皇国の話題が出てこなかったんだろう」

「さあ?あの戦争、王国側の損失は全然なかった上にあっという間に終戦したからな。占領しているだけだから、皇国の住民もいるから移住もできないし。特に目立った特産品もないらしいし、関わりのなかった国が浮上したところで何とも思っていないんじゃないか?」


「ま、正直なところ、皇国が居ようが居まいが俺たちの生活は変わんねえよな。うちの王様は、何を目的に侵略したんだろうな」

「さあ。突然現れた国に興味持っただけじゃねえか?」


ん?


「突然?」

「ん?知らないのか?」


え、何を。


国が突然現れるとか、何を言っているんだと本気で思った私が可笑しいみたいな反応を返されてしまい困惑する。


「皇国って戦前は鎖国していただろ?そのせいか知らないが、王国に見つかるまで皇国の存在は誰にも認知されていなかったんだ」

「え?隣接した国なのに?」

「ああ。皇国と王国の国境沿いと言ったら、険しい山々だからな。近づく者もいなかったのさ」

「そんなものかな?」

「本当さ。国境沿いの領地に住んでたコイツが言ってたんだ。なあ?」

「ああ。うちの地域では、山を越えると罰が当たるって言われてたから誰も登らなかったな」


じゃあ、迷信があって近づく機会がなかったから、皇国の存在に気付かなかったのか。


受け取ったオレンジジュースに口をつける。よく冷えたジュースは、甘酸っぱくて、少しほろ苦い味がした。


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