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青天を翔ける  作者: 灰猫
【第1章】春風に吹かれて芽吹く
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1.変わった新任教師(天恵9年4月上旬)

 第一印象は、すごい先生。だけど同時に、変わった先生――。

 そんな出会いだった。この出会いがまさか、この高校生活をあんなにも輝かしいものにするなんて、ただの少しも予想していなかった。


 これは、青い青い春を全力で駆け抜けた、ボクたちの物語――。


   *


 桜舞う四月。ここ、長野県の私立・蒼桜高校にて。

 入学式を終えた新入生たちは、高校生活の始まりに心を躍らせながら、それぞれの教室へと到着した。鳴無(おとなし)流風(るか)も、そんな生徒たちの一人だった。

 ざわざわと、教室を包み込む喧騒のなか、がらりと教室のドアが開いた。


「おーし、席着け、お前ら~」


 体育会系の明るく大きな声が、教室に響き渡った。教卓の前に立って生徒たちに声をかけたのは、丹羽(たんば)雄翔(ゆうと)――一年A組(このクラス)の担任だ。短く切り揃えられた髪に、鍛えられて筋肉のついた身体。大きな鋭い瞳が、教室をぐるりと見回した。


「よし、入学おめでとう! 体育館でも紹介があったが、今日からこのクラスを担任する、丹羽雄翔だ。赴任五年目、担当教科は体育だ! 一年間よろしく」


 にかりと明るい笑みを浮かべて、丹羽は一息に自己紹介を終えた。

 パチパチとまばらな拍手が教室内に響いた。まだまだ、緊張が解けていないクラスの雰囲気は、少し固い。そんなこの場の空気に、丹羽は苦笑した。


「そして~。うちのクラスには、副担任もいるんだ。それが、コイツ――(すばる)先生?」

六連(むつら)(すばる)です。担当科目は理科――メインは生物です。教員一年目なので、お手柔らかにお願いしますね」


 丹羽の言葉に、すい、と一歩前に進み出て、彼――六連昴は口を開いた。微笑みを浮かべながらのその言葉は、穏やかで優しかった。

 六連の動きに合わせて、ミルクティー色のウエーブがかった長めの髪が、ふわりと揺れた。柔らかく細められた瞳は、彼の印象を一層穏やかに見せている。


「お前ら~。こんなこと言っているが、()()()()()()する必要なんかないぞ! (とし)も近いことだ。ガツガツいっていい! 昴先生はめちゃくちゃ勉強できるからな、理科以外でも、困ったときは俺じゃなく昴先生に聞けー」

「いきなりハードル上げますね……。というか、貴方はもう少し頑張ってください……。でも、そうですね――頑張ります」


 ぐいぐいと六連に近寄りながら、丹羽はそう言ってこちらに笑いかけた。にぱっ、と音がしそうな明るい笑みは、まるで子供のようだった。対して丹羽の言葉に苦笑しながらも、目の前の学生たちへは頼もしく笑みを浮かべる六連だ――これでは、どちらが年上か分からない。


「昴先生~」


 二人のやり取りで、いくらか空気の解れた教室で、一人の女子生徒が六連に声をかけた。一番前の席の、一番廊下側。入学式でも名前を呼ばれていた、出席番号一番の彼女は――。


「なんですか? 鮎川(あいかわ)さん」

「え、もう名前……」

「名簿、ありますしね。それで――どうしましたか?」

「……やっぱ、先生なんでも出来るじゃないですか~。何か苦手なことないんですか~?」


 流風が彼女の名前を思い出す前に、あっさりと六連が彼女の名前を呼んでみせた。呼ばれた本人でさえもそれに驚いているけれど、六連はにっこりと笑って、出席簿をひらひらとかざした。ちらりともそれを見ていた様子はなかったから、とっくに覚えていたということだろうか。

 話の先を促した六連に、鮎川はそんな問いを投げかけた。


「苦手なこと、ですか? ふむ……そうですね。文化系教科の実技……でしょうか。あと、()()運動も」

「文化系……って。音痴で画伯――とか?」

「恥ずかしながら、全くその通りですね」


 鮎川はなかなかに酷いことを言っている気がするが、六連はからりと笑った。まさか、と笑っている鮎川に、何か描いてくださいとねだられた六連は、授業でも出てくるというメダカのイラストを黒板に描きだした。の、だが――この楕円のミミズのような代物は、本気でメダカなのだろうか。

 それにしても。生物担当の教師なのに、イラストが苦手となると、授業に困らないのだろうか。そんなことを考えていた流風は、瞬間、視線を流してきた六連と目が合った。


「まあ、絵が描けなくとも、授業には問題ありません。最近は便利なもので――画像なら、インターネットにいくらでも転がっていますから」


 あきらかにこちらを見ながら告げられたそれに、流風はびくりと身体を揺らした。流風は今、考えていたことを口には出していないはずなのに――。流風は首を振って、不穏な思考を掻き消した。偶然だろう。


「先生の苦手なことは勉強だからなー。頼むぞ、お前らー!」

「貴方は頑張ってくださいよ……。A組(うち)は進学クラスなんですから」


 キラキラと良い笑顔を浮かべている丹羽に、六連は大きく溜息を吐いてみせた。それでも、どこ吹く風、といった様子の丹羽に、いつの間にか教室のあちこちから、笑い声が零れていた。

 変わった先生方だ。けれど、きっと楽しい一年間になる。そんな予感に、流風は胸を躍らせるのだった。


   *


 人気(ひとけ)の疎らな職員室は、静かだ。上級生の担任たちはまだ授業の途中なので、現在職員室にいるのは、本当に僅かな教師たちだけだった。


「掴みはオッケーか? どうよ、あんなもんで」

「良いんじゃないですか? 貴方、そういうの得意でしょう」

「だってよー、固いんだもんよ、アイツら。緊張すんのも分かるけどな」


 にこにこと良い笑顔で問いかけてくる丹羽雄翔に、六連昴はゆるりと微笑んだ。元気で調子の良いこの先輩教師は、押しが強いが、他人の心を掴むのが上手かった。

 先程の生徒たちの様子に雄翔は口を尖らせるが、仕方がないことだろう。入学式を終えたばかりの一年生。私立であるこの蒼桜高校では、公立高校に比べて、知り合いも少ないだろうから。その緊張をあっさりと解してみせる、雄翔が凄いのだ。


「それより、昴お前……。運動苦手、って」

「本当のことですから」

「……。ま、いいけどよ。今日は部活は?」

「うちは、今日はオフらしいので。顔合わせは明日になりますね」

「そっか。ま、頑張れよ」


 先程の言葉を、聞き咎められていたらしい。目を細めて詰ってきた雄翔に、昴は肩を竦めて、しれっと答えた。瞬間眉を寄せた雄翔は、けれども溜息を吐いて追及を諦めたようだ。

 いつも人のことを茶化してばいるこの先輩教師の、掛け値なしの激励はなんだか気恥ずかしい。昴は僅かに苦笑を零し、すぐにそれを(わざ)とらしい笑みに変えた。


「先輩こそ、採点、頑張ってくださいね」

「げ……」


 早速行われた、新入生の実力把握のためのこのテスト――五教科分の採点が待っている。そのうちの半分以上は、昴がやることになるだろうが。あくまで担任は彼だ。少しは頑張ってもらうのだ。

 苦々しげな声を上げた雄翔に、昴はくすりと笑った。

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