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青天を翔ける  作者: 灰猫
【第2章】氷解。そして、ある"春"の終わり
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22.慎悟、大ピンチ!(天恵9年6月上旬)

 城慎悟は、焦っていた。焦りのままに、廊下を走る――そんな昼休みだ。ご飯など食べている場合ではなかった。なんと言っても、人生最大のピンチなのだから。

 そもそも、事の発端は、今から十分ほど前にさかのぼる――。


   *


「城。ちょっとこっちへ来い」


 四時間目がもうすぐ終わろうかというときのこと。ロングホームルームの時間を用いての、中間考査(テスト)の返却。ざわつくクラスで、担任の板宮(いたみや)祥三(しょうぞう)が、難しい顔をして慎悟を呼んだ。


「お前、この調子だと、進級できないぞ?」

「えっ……!」


 板宮が険しい顔をしてそう言い放ったので、慎悟はびくりと肩を揺らした。それは、困る。高校生活は、楽しい。けれど、進級できない――留年となると話は別だ。そもそも、留年、などということになったら、母になんと言われるか――。


「な……なんでですか……」

「なんで、だと? お前、こんな成績で進級できると思っているのか?」

「うっ……」


 板宮が、ぴらりとかざして見せたのは、慎悟の今回のテスト結果だ。中間考査である今回は、テストは主要五教科のみだ。その合計点は、五十二点。()()()()、五教科で――だ。


「赤点……補習どころじゃないな。城、お前……部活なんかやっている場合ではないだろう」

「えっ……」

「六連先生には、私から一言言わせてもらおう」

「え!! そんな、先生!!」

「辞めたくないなら、相応の点を取りなさい」

「――!!」


   *


「相応の点、……ってなんだよ~」


 先ほどのできごとを思い起こしながら、慎悟は板宮に悪態をついた。慎悟とて、好きでこんなに点数が悪いわけではない。出来るものならいい点数を取ってみたいわけで。けれど、現実は、()()――。


「大体こんなの、誰に相談すればいいのさ……」


 慎悟は、思わず足を止めて、呟いた。当てもなく走ってきたけれど、勉強のことなんて、誰に相談すればいいか、慎悟にはわからなかった。本来なら担任の板宮に相談すべきなのだろうけれど、言ったら言ったで、あまりの勉強のできなさに、呆れられる気がする。

 いつも、そうだ。勉強を聞いても、慎悟の理解の遅さに、皆最後は諦めて、答えを教えてくれるのだ。ひとつ躓けば、当然次も解らない――悪い連鎖だ。


「そういえば、流風、進学クラスだったよね」


 一週間後に控えた補習までに、どっさり出されている課題を、流風に助けてもらおう。そうすれば、今回も何とか乗り切れるはずだ。

 走るのは好きだ。大好きだ。走ることも、今の部活の皆も。だから――あの部活で走れなくなるなんて、絶対に嫌なのだ。慎悟は回れ右をして、自身の教室からは一番離れたところにある、進学クラスへ向けて、もう一度走り始めた。


   *


「慎悟さん、ですか……」


 昼休憩へ向かおうとしていた昴は、一学年の学年主任である板宮祥三に呼び止められた。用件は、慎悟のことだった。慎悟は板宮のクラスの生徒だ。板宮曰く、今回の中間考査の結果が芳しくなかった――いや、相当に悪かったのだという。昴自体は慎悟のクラスを受け持っていないので、その実力のほどは知らなかったのだが、見せられた結果の紙に、思わず絶句してしまった。

 すべての教科で赤点――それどころか、五教科を合わせても五十二点、とはこれ如何に。


「なるほど、これは……」

「分かりますか、六連先生。城は、部活などやっている場合ではないのですよ」


 板宮の言葉には、反論の余地はない。そては確かなのだが……このまま慎悟から部活を取り上げるのは、あまりにもかわいそうだ。いつも、生き生きと楽しそうに走っている慎悟の姿を思い出して、昴は思案した。


「そう……ですね。ですが、板宮先生。もう少し、彼にチャンスを頂けませんか」

「チャンス、ですか。……分かりました。今回の補習の結果で、考えましょう」

「ありがとうごさいます」


 まずは、慎悟の学力と意思の実際を確認しなくては。猶予の約束を取り付けて、昴は一安心、と安堵の息を吐いた。補習は一週間後ということだ。

 板宮のもとを辞した昴は、慎悟のクラスへ向かった。


   *


 昼休み。昼食を食べ終わった流風は、今日の課題に取り組んでいた。進学クラスともなれば、出される毎日の課題は多い。クラスの中でも真ん中より少し上くらいの成績の流風は、コツコツやらなければ置いていかれてしまう。そして、置いていかれるわけにはいかなかった。クラスで成績上位半分をキープし続けること――それが、学費免除の条件だから。

 戸惑いを隠せていない鮎川に声をかけられたのは、そんな時だった。


「流風くん。お友達が呼んでるけど」

()()()……?」


 蒼桜高校のクラスは学力別に分けられており、授業も基本は別々だ。よって、クラス外での交流は少ない。あまり身に覚えのない単語に、流風は首を傾げつつ鮎川の指すドアの方を振り向いた。


「慎悟……?」


 そこに立っていたのは、慎悟だった。それも、今にも泣きだしそうに眉を下げた、慎悟だった。その姿に流風が再び首を傾げると同時に、こちらに気付いたらしい慎悟が、勢いよく駆けてきた。


「流風~! 助けて~!!」

「え、な……ど、どうしたの?」


   *

 

「え!? 退部!?」


 涙目の慎悟の話を聞いた流風は、思わず驚きの声を上げてしまった。慎悟の成績にも驚いたが、それにしても、退部とは厳しすぎる。


「だから、課題の答えを教えて……!」

「え、……答え?」

「だめ……?」

「いや、それはいいよ。いい、けど……」


 流風としては、勉強を教えるのは別に構わない。教えることは、自分の理解の確認にもなるから。けれど、慎悟の、()()()()()()という言葉に。そして、それを告げた慎悟の苦い顔に――流風は違和感を覚えたのだった。

 それについて尋ねた流風の問いに返ってきた答えは、――"だっておれ、バカだから。教えているうちに、やんなっちゃうよ" 。


「そんなの! 思うわけないよ」

「流風は知らないんだ、今までだって、皆……!」

「――ねえ」


 熱くなりつつある二人の会話に水を差すように、鮎川が口を挟んだ。


「こんな時こそ、我らが担任――じゃないの?」

「え?」

「――正解」


 割り込んだ声に振り向くと、そこには、穏やかな笑みを湛えた六連が立っていた。

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