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青天を翔ける  作者: 灰猫
【第2章】氷解。そして、ある"春"の終わり
23/35

20.先を目指して(天恵9年5月下旬)

 よく晴れた青空の下。臙脂色のタータンのコントラストがよく映えていた。

 五月も最終週の今日。蒼桜高校陸上部の面々は、再び競技場に集まっていた。今日はここで、長野県高等学校陸上競技対校選手権大会――インターハイ長野県大会が行われるのだ。


「うわ、凄い人だねぇ。緊張してる? 慎悟」

「ううん! すっげーわくわくしてる!!」


 隣を歩く慎悟に声をかけると、慎悟はそんな答えを返してきた。予想よりも弾んだその声に慎悟の方を見遣ると、きらきらと瞳を輝かせて、目の前に広がるグラウンドを見ていた。その表情があまりにも輝いていたので、流風は目を瞬かせた。なんという、差だろうか。自分はと言えば、この間の地区大会を遥かに超える会場の活気に、こんなにも圧倒されているというのに。

 きらきらと笑顔を振りまいているその姿はあまりにも頼もしく、流風は自分もこんな風になりたい、と思ったのだった。


「見ててよ、流風。おれ、がんばるよ!」

「うん!」


 今日は、自分は走らないけれど。江間に風祭、そして進藤。そして、そんな先輩方に交じって慎悟までもが走るのだ。楽しみでないはずがない。


「流風。俺たちは先にジョグを済ませとこう」

「! はい!」

「いってらっしゃい」


 凛太郎に促されて、流風はジョグへと向かった。背中から、昴の声が手を振っていた。


   *


「行こう! 恭ちゃん!」

「うるせーよ。……今行く」

「へへっ」


 嬉しそうにこちらを見てそんなことを言う佳人に、恭輔は照れ隠しとばかりにそっぽを向いて、それでも小さく応えた。佳人は何が嬉しいのだか、にぱりと笑って招集所へと駆けていく。その背中を瞬きと共に見つめて、恭輔はひっそりと口角を上げ、追いかけた。

 夏が、始まる。今年の夏はきっと後悔しない、と。そんな予感がした――。


   *


 乾いたスターターピストルの音が、晴れ渡る五月の空に響き渡った。号砲の音に合わせて、水越の手がストップウオッチを始動させるのが、流風の視界に映った。勢いよくスタートラインを飛び出していく選手たち。そんな眼下の光景に、流風はただ息を呑んだ。


「お、お~! 始まった!」

「悪くない入りですね」

「もう、大丈夫でしょ」


 スタート前に何やら仲良く話していた常翔高校の選手と共に、江間は先頭集団の先頭あたりに位置取っていた。バチバチと火花を散らすように競り合いながらレースを進める姿から、流風は目を離せなかった。


「凄い……」

「――まだまだ。あいつはもっと、やれる奴だよ」

「風祭、先輩……」

「ですよね。――昴先生?」

「ふふ。ええ、もちろん。――君たちも、ね」


 風祭につられて振り仰いだ六連は、酷く嬉しそうに頷いた。その瞳に揺れる焔に、ゴクリと息を吞む。

 一体何が、六連や皆(彼ら)をここまで熱くさせるのだろうか。流風とて、走ることは楽しいと、思うことができるようになった。それでも、()()はきっと、もっともっと別物だ。今の流風には皆目見当もつかないその感情の出どころを、いつか自分も感じてみたいと、流風は漠然と思うのだった。


   *


「頑張りましょうね、颯太先輩」

「ああ」


 隣に立つのは、中学時代から憧れてやまない風祭颯太その人だ。その彼に輝く笑顔を向けられ、進藤努武は腹の底から情熱が湧き上がってくるのを感じた。

 男子四百メートル、その予選の舞台に立ち、努武は高揚を押さえられないでいた。初めて風祭の走りを目に留めたその日から、その背中を追いかけて、ここまでやってきた。同じ高校に進学して隣を目指して走っても、なかなか同じ舞台に立つことは出来なかった――今日までは。

 元々、さほどスピードのない努武が、今まで勝ち切れなかったラストを制して掴んだ舞台だ。まだまだ、目標(さき)は遠いけれど――。


「お前は、頑張ってるよ」

「え? なんです、いきなり」

「お前の真摯さには敬服する。だから俺も頑張ろうと思い続けられるのさ。だが――」


 唐突な言葉に努武が首を傾げると、颯太はからりと笑って言った。唐突な高評価に目を瞬かせていると、颯太はそんな努武を見て好戦的に笑み、言葉を切った。そう、それは努武が一等好きな、彼らしい彼の笑顔だ。


「まだまだ、負けてやんねぇ」

「――!!」


 その言葉に、努武は自分を視界に入れてもらえた気がして嬉しくなった。ライバル、と言うにはまだまだ程遠いけれど、それでも――。

 コールがかかった。踏み出すのは、その先の未来(目指した場所)だ。颯太と並び立って、全国の舞台へ。


   *

 

 表彰台の一番高いところから見下ろす景色は、悪くない。例えそこが、一県大会のそれ――目標とする舞台(全国)のそれとは、まだまだかけ離れていたとしても、だ。

 黄金色のメダルを受け取ってぐるりと観客席を見回した颯太は、他の後輩たちに混じってきらきらとした瞳でカメラを構える努武の姿を目に留めた。そして颯太は内心で目を細めた。嬉しそうなその表情の奥、押し殺された確かな悔しさが滲んでいたからだ。


「努武――」


 その表情(かお)を見上げて、颯太は小さく呟いた。悔しくない筈がない。努武に足りなかったのは、あとコンマ一秒。それだけ速ければ、颯太と同じ、北信越大会の切符を手にしていたのだから。

 ぱちり、と。目が合った。かける言葉は、ない。ただ、「信じて待っているぞ」と。そんな想いは伝わるだろうか。颯太とて、この可愛くも頼もしい後輩と高いところで並び走りたいのだ。


「掴むだろ、お前なら」


 絡んだ視線の先、努武の黒く濡れた瞳が、きらりと光った――ような気がした。

 夏は、まだまだ遠い。

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