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青天を翔ける  作者: 灰猫
【第2章】氷解。そして、ある"春"の終わり
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19.明かされた理由(天恵9年5月下旬)

――――何、が……起こった……?


 流風は、目の前の光景を理解しきれず、ただ呆然と立ち尽くした。

 八須の叫び声に驚いて視線をやると、そこには、六連が蹲っていた。苦しそうに胸を押さえて、激しく咳き込む彼に、風祭が駆け寄って何かを手渡していた。その光景の異常さに、脳が理解を拒んでいた。


「――流風。大丈夫? おいでよ」

「財前、せんぱい……」


 かたかたと震えた身体を抱き締めていると、財前に声をかけられた。ぽんぽん、と肩を叩かれると、少し、心に余裕が生まれた。促されるままに、流風は六連たちのもとへと駆けた。


   *


 カシュ、と乾いた音がして、酷く乱れていた六連の呼吸が、徐々に静かになっていった。上下する胸の動きが、だんだんとゆっくりになり、苦しそうな表情が和らいだ。まだまだ顔色は青いけれど、それを除けば、いつもの六連だ。

 六連が普段の様子を取り戻したので、流風は少し安心した。それでも、生まれた不安は、完全には消えてくれない。今の六連のような症状は、見たことがある。これは――喘息、だ。


「どういうことだよ、颯太。説明しろ」

「……ったく……。いつか、こうなると思ってましたよ」

「すみ、ません……」


 江間が、皆の総意とも言える問いを発した。六連の傍に寄り添っている風祭は、やれやれ、と溜息を吐いている。彼は、きっとこの出来事の原因を知っているのだ。申し訳なさそうに眉を下げている六連は、掠れた声で小さく謝罪を零した。


「僕は……喘息、なんです。運動することで、発作が起きる」

「え、」

「そんな……」


 六連の告白に、皆は言葉を失くした。それは、流風も同じだ。だって、あの走りだ。あんなにも、格好良く速く――そして、あんなにも、楽しそうに走る六連が、()()()()、なんて――。


――――あれ、


 そこまで考えて、流風の頭の中に、六連の自己紹介が過った。


――――"苦手なこと、ですか? ふむ……そうですね。文化系教科の実技……でしょうか。あと、()()運動も" 。

――――"……嘘ではありません。解りますよ。――そのうち、ね" 。


()()が、理由……なんですか」

「……。……ええ、その通り、です」


 ぽつり、と落とした問いに、六連は苦笑と共に肯定を返した。そんな、とショックを受ける反面、流風は今までの六連の様子に納得した。あの淋しそうな表情も、走り終わった後に苦しそうに咳き込んでいた様子も。財前が、江間に五千メートルの勝負を勧めたことも――。

 あんなにも、走ることが好きでたまらない六連は、けれど思い切り走ることが出来ないのだ。


「てめぇ、……馬鹿か! なんで、そんな……」

「僕が……走りたかったから、ですよ」

「嘘吐けよ、」

「嘘ではありません。結局、僕は、未練がましく――」


 目を剥いた江間が、凄い剣幕で六連に迫っていた。その表情には、心配の色が含まれていて、流風は目を見開いた。そして、それを理解しているらしい六連は、それでも、自嘲の言葉を吐いた。それがとても悲しく思えて、流風は気がつくと声を上げていた。


「何が、いけないんですか」

「流風、さん……?」

「好きなものは好きで、何がいけないんですか、先生!」


   *


「失敗、しました」


 練習後。帰途につく生徒たちの波に逆らうように立ち、こちらを見ていた颯太が、何か言いたげに近付いてきたので、昴は、ぽつりとそんな言葉を落とした。それは、弱音――。

 あの騒ぎの中、雄大は一人、思い詰めたように無言を貫いていた。


「結局、厄介なんですよ。()()()()ってやつは」

「成功、経験させてあげたかったのですが。先に潰れるとは、情けない限りです」

「衝動で動くからでしょう。貴方、そういうタイプでしたか?」

「仕方ないでしょう。身体が動いたんです」


 言外に、らしくない、と告げる颯太に、昴は肩を竦めた。

 昴は、ただ我慢がならなかっただけだ。雄大が、辛そうに、あんな悲しい瞳で走り続けるのを、見てみぬふりができなかっただけだ。結果は、見ての通りのザマなわけだが。


「貴方ばかりが気に病む必要はないでしょうに」

「はは、ありがとうございます」


 損な性格ですね、と溜息を吐く颯太。その言葉は、昴を想ってのものだ。それがとても頼もしく感じて、昴は苦笑と共に感謝を告げた。

 こんなにも支えられてばかりで、情けない教師だ。けれど、それでも。それで、皆の悩みが少しでも晴れるのならば――動かない手はない、のだ。


   *


 きらきらと降り注ぐ、初夏の日射しが、グラウンドを明るく照らしている。目に入る木々は、明るく柔らかな葉を繁らせて、季節はゆっくりと夏に向けて進んでいる。

 六連のちょっとした騒動から一週間と少し。部員たちは、今日も今日とて、練習に取り組んでいた。あれから六連は、不調を隠すことはせず、薬を服用しながら、無理のない範囲で選手たちと一緒に走るようになった。


「ありがとうございます、流風さん」

「いや、ボクは、何も……」

「少し、目が覚めた気分でした」


 隣を走っている六連が、突然そんな声をかけてきた。それは、この間、流風が六連にかけた言葉への礼、だった。慌てて首を振った流風に、六連は苦笑した。そんな顔が少し寂しくて、流風は口を開いた。


「楽しめ、って。ボクに言ったのは、先生ですから」


 六連は、速い。速いだけでなく、こちらの走りやすいようなリズムや位置取りをしてくれていると、流風は感じる。六連に並走してもらうと、まるで自分が速くなったように感じるくらいだ。――多少は自分も、成長しているのだろうけれど。

 もうすぐ、大会がやってくる。それまでに、流風は、この間よりも少しでも、皆についていけるようになりたい。

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