表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青天を翔ける  作者: 灰猫
【第2章】氷解。そして、ある"春"の終わり
21/35

18.その背を押す手は、(天恵9年5月下旬)

 才能は、残酷だ。そんな当たり前のことを、いつだって俺は、突きつけられて生きてきたのに――。


 中学時代、江間恭輔は、八須雄大の憧れの選手だった。学校は違ったけれど、一年生のころから、地区大会の決勝に名を連ねる、地元のヒーロー。そんな存在だった。同じクラブチーム出身だという芳賀佳人との競り合いは、いつだってワクワクしたものだ。

 そんな江間恭輔と、同じ高校になるなど、あの頃の自分は思ってもいなかった――そう思ったのもつかの間、高校生になった彼は、自身の才能に限界を感じて腐っていた。


「それでも、俺は、信じてた……のに」


 一年生のころから、雄大は恭輔のやる気を取り戻させようと、必死になっていた。そんな様子を見ていた颯太にも協力をしてもらい、奔走した一・二年生。けれど、一向に変わらない恭輔の心と、一向に伸びない自身の実力に、いつしか雄大は諦めてしまったのだ。自分には、何もできないと。凡人の、自分には――。


   *


 今日のメニューはビルドアップ走。だんだんとペースを上げて走る距離走だ――なのだけれど、設定ペースが、キツい。集団の一番後ろにつきながら、雄大は荒い呼吸を零した。手足は重く、前を行く恭輔たちとは、大きな実力の差を感じた。

 また二千メートルが過ぎ、ペースが上がった。


「――っ、」


 前との差が、みるみる広がっていく。そう、雄大が全く切り替えられていないのだ。いつだってそうだ。才能というのは、残酷だ――。


――――"結局お前は、諦めてるだけだろ。そうやって自分に言い訳してさ"。


 呆れと失望の色を乗せ、投げつけられた颯太の言葉が、脳裏を過った。凄いやつだと思う。天才たちが見せつける力にもめげず、ひたむきに練習を重ねてインハイを目指すその意思の強さは、マネできるものではない。そう、誰にでもできることではないのだ。


「うるさいよ。誰もがお前みたいに、前だけ向いて頑張れるわけじゃない」

「――全くです」

「っ、六連、先生――?!」


 零れ落ちた呟きに、予想もしない答えが返ってきて、雄大は驚きに振り返った。いつの間にか並走していたのは、先ほどまでマネージャーの横で練習を見守っていたはずの顧問・六連昴だった。


「誰もが順風満帆に行くのなら……誰も苦労しません……っ」


 その言葉には、どこか悔しげな色が乗っていて、雄大は混乱した。この間見せたあの走り、生徒たちに慕われる頭の良さも、六連の全てが、()()()()の人間――悩みなどないように思えたのに。

 ぐ、と背中を押され、前を行く彼らの背中が、少しだけ近くなった。


「ちょ、先生! いいって、俺なんか――」

「では……っ、諦め、続けるんですか?」

「な、こと……。でも、」

「心が嫌だというのなら、……足掻けばいい……!」


 アウトコース側からかけられる声は、常の六連に似合わず、熱いセリフだ。押された背中から、六連の体温が伝わってきて、じわじわと心が温かくなる。その温かさが恐ろしくて、雄大は拒絶の声を上げた。


「あなたに! 何が解るって言うんですか!」

「わかりませんよ……っ、貴方の悩みは、貴方のものだ……っ」

「なら――」

「……がむしゃらに頑張るのが嫌ならば、無理強いはしない! だが、後悔して欲しくないんだ! ……ただ、俺は――」


 雄大の拒絶を切り裂いて、六連は言葉を投げつけてきた。その必死さに、雄大は困惑する。どうして、この人は、こんなにも一生懸命なのだろう。教師だから? 教師だからと言って、皆が皆、生徒の為に親身になってくれるとは限らない。そんなことは、痛いほどに知っている。では――?

 いつの間にか、離れていた前との差は、手が届きそうなほどに、近づいていた。


「――!!」

「……ほら、な。できるだろう?」

「どうして――」

「っ、――ゲホゲホゴホ、……っ、は」


 自信たっぷりな、満足げな声。それが、六連の口から出たと気づくのに、少しの時間を要した。この、雰囲気を――雄大はどこかで、観たことがある気がする――。

 問いかけようとして、雄大は言葉を切った。突如、六連が苦しそうに胸の辺りを掴んで、咳込んだからだ。いきなりのことに驚いた雄大が、伸ばした手は空を切り、次の瞬間。その身体が崩れ落ちていくのが、いやにゆっくりと、雄大の視界に映っていた。


「先生!?」


   *


「ちょ、努武(つとむ)! タンマ、」

「え、颯太先輩――?」


 雄大に並走してトラックを走る六連の姿を目で追いながら、自身のメニューを熟していた颯太は、一緒に練習をしていた後輩の進藤(しんどう)努武(つとむ)に声をかけ、驚きの声を上げる彼を置き去りにして駆け出した。すでに五キロ以上並走を続けている六連が、突然苦しそうに胸を押さえる仕草をしたからだ。


「先生!?」


 監督室から薬を持ち出した颯太が、六連のもとに辿り着く前に、六連の身体が崩れた。驚愕に染まった雄大の声を聞きながら、颯太は舌打ちを零して駆けた。


「ゲホゲホ、ヒュー、……っ、はあっ、ゼイ、っ……」

「先生、薬!」

「はっ、……あり、……ヒュ、ゼイ、っ」


 練習どころではなくなったグラウンドは、驚きに染まっている。吸入薬の音と共に、酷く荒れていた六連の呼吸が、徐々に静かになっていった。上下する胸の動きが普通に戻ったのを見て、颯太は安堵の息を吐いた。何度見ても、慣れるものではない。

 ふと顔を上げると、六連に負けず劣らず青い顔をした、長距離のメンバーが視界に映った。通常運転なのは、凛太郎くらいのものだ。


「どういうことだよ、颯太。説明しろ」

「……ったく……。いつか、こうなると思ってましたよ」

「すみ、ません……」


 言いたいことは、皆同じなのだろう。鋭い剣幕で凄んでくる恭輔に、颯太は溜息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ