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青天を翔ける  作者: 灰猫
【第1章】春風に吹かれて芽吹く
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12.目指すは、――(天恵9年5月上旬)

「それでは、回収しますね」


 週明け、火曜日。六連が皆にそう声をかけると、部員たちはひらひらと、手にしていた紙を振ってみせた。

 日曜の記録会の終わりの集合で、六連は、皆に()()宿()()を出した。曰く、自己ベストと、次の試合の目標タイム、そして今年の最終目標を書くように――と。配られた紙には、それぞれのタイムを書く欄が設けられていた。


 流風としては、日曜日の記録会が最初のレースだったので、ベストも次の目標も、そう迷うことはなかった。ただ、問題は一年後の目標。自分が一年後、どれだけやれるかなんて、今の流風には、とてもじゃないが想像がつかなかった。


「それじゃあ、始めましょうか」


 回収を終えた六連のそんな微笑みと共に、風祭が号令をかけた。今日もまた、練習が始まる――。


   *


――――あれ?


 いつものように走り始めてすぐ、自身の身体の感覚の違いに、流風は首を傾げた。


「違うでしょ」

「財前先輩……!」

「そういうもんだよ、レースの後ってのは」


 大した感慨もなく、平淡に、財前はそう告げた。江間のように剥き出しの感情も怖いのだけれど、こうして感情の揺れがないのもまた怖いものだと、流風は最近常々思う。まあ、この先輩はそういう人だと、もう分かっているけれど。

 そんな流風に、財前はくすりと笑った。


「忙しそうだね」

「先輩は――」

「ん。――ひまつぶし」


 どうして陸上を? と続くはずだった言葉は、虚空に溶けた。先を読まれたと驚く間もなく、流風は目を瞪った。その寂しげな瞳に揺れる、かすかな期待の色に。


「今年は、退屈しない気がする……かな」


 遠い目をした財前に、流風は目を瞬かせた。


   *


「それでは、私は先に戻りますね。あまり根を詰めすぎないように」

「はい、ありがとうございます」


 テニス部の顧問・新島(にいじま)に苦笑され、昴は微笑んで返した。ぱたん、と扉が閉まると、昴一人となった監督室には再び静寂が降りた。

 ぱらりぱらりと紙を繰っては、昴は笑みを浮かべていた。先程皆から集めた紙――そこには、各々の目標が書かれている。


『インハイ出場。――風祭颯太』


 一番先に目に飛び込んできたのは、颯太のそんな言葉。力強い筆跡で書かれたそれは、絶対に実現させてやる、という強い意思を昴に伝えてくる。流石主将、と笑みを零すと、ぱらりとページをめくる。


「これは……」

『絶対にあんたに勝ってやる。――江間恭輔』

「うーん……やりすぎましたかね……」


 昴は思わず、そんな呟きを零した。恭輔が陸上に前向きになればいいと思い、仕掛けた勝負だったが。別に、昴との勝負に固執して欲しかったわけではない。光栄なことだが。


「――そうですよ」

「! ……ノックぐらいしてくださいよ、びっくりするでしょう。――颯太さん」


昴が頭を抱えていると、背後から声をかけられた。少し驚いて振り返った昴は、そこに立っていた――()うに帰宅していると思っていた――颯太に、溜息を息を吐いて抗議の声を上げた。


「中で倒れてるかもしれない人相手に、そんな余裕ありません」

「そんなこと――」

「ないとは言わせませんよ、前科一犯。……知ってますよ、今日も走ったんでしょう」


 昴の抗議は、颯太にばっさりと切って捨てられた。心当たりがありすぎるので、何も言い返せない。そもそも、皆が帰宅した後に、隠れて練習をしているところを見られていたとは。

 苦笑した昴に、颯太は呆れたように肩を竦めた。


「恭輔の奴に火を付けたからには、責任取ってくださいよ。――って言いたいとこですけど。貴方はもっと、自分の身体のこと考えたほうがいい」

「耳の痛い話ですが――それでも()()走りたい、と言ったら?」


 絡んだ視線の先、颯太の瞳には、苦い心配と、微かな期待が入り混じっていた――。


   *


――――全く……、人の気も知らないで……。


 あんなことがあっても、相変わらず危機感の薄いこの顧問に、颯太はこれ見よがしに溜息を吐いた。

 六連が皆に隠れて走っていたことは、前から気になっていたが。ただ、いつもより少し、強度の高い練習をしていた六連が心配になって、監督室へと戻った颯太だったが――そんな颯太を迎えたのは、いつも通りの元気な六連だった。そのことに、ひっそりと安堵の息を吐く。


「恭輔の奴に火を付けたからには、責任取ってくださいよ。――って言いたいとこですけど。貴方はもっと、自分の身体のこと考えたほうがいい」

「耳の痛い話ですが――それでも()()走りたい、と言ったら?」


 苦言を呈しても、暖簾に腕押し。そう分かっていても、言わずにはいられなかった。()()()六連、もう見たくない。それでも返ってきた答えに、どうしようもなく期待している自分がいるのもまた、事実なのだ。

 才能に打ちのめされた恭輔を、引き上げられるだけの才能。けれども、この顧問(六連昴)の正体を知ったとき、アイツはそれでも、目指し続けることができるのだろうか――?


   *


『もうちょっと頑張ってみようかな。――財前凛太郎』

「……これは……」

「……アイツ……」


 目標――とは言えない凛太郎の意気込みに、瞬間、颯太と六連は無言で視線を交わし、そして同時に頭を抱えた。

 この後輩も、相変わらずマイペース過ぎる。けれど、颯太は知っていた。いつも、どこか憂いを帯びた瞳で居眠りを続けていた彼が寝ている姿を、最近はあまり見かけなくなっていることを――。


『勝ちたい!! ――城慎悟』

『頑張る。――鳴無流風』

「……まあ、おいおい見つけてもらいましょう」


 ぱらりと紙を捲って、次に現れたのは、中長パートの一年生二人が立てた目標だった。凛太郎と同じような内容なのに、微笑ましくなってしまうのは、人徳なのかなんなのか。

 まあ、流風に関しては、まだ陸上すら始めたばかりだ。くすりと笑った六連が、そう言ったので、颯太は頷いた。


「……一番根が深い問題は、雄大だと、俺は思いますけどね」


 ぱらり、と紙を捲って、颯太は言った。六連は真剣な顔で、考え込んでいる。その無言がどうにも、解決の難しさを物語っているようで、颯太は遣る瀬ない気持ちになる。雄大のそれは、煽れば簡単に挑発に乗ってくる、ある種単純な恭輔とは、訳が違うから。


『十六分半を切る。――八須雄大』

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