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青天を翔ける  作者: 灰猫
【第1章】春風に吹かれて芽吹く
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9.春凪の日(天恵9年4月下旬)

 二人の勝負から、一週間と少しが経った。初日に六連から教わったストレッチを忠実に熟しながら、流風はアップをする皆を眺めていた。

 あれから江間は、人が変わったように練習に取り組んでいた。それは、六連が"練習に真面目に取り組むように"、と言ったからだと江間は言う。けれど流風には、それだけが理由ではないように感じた。きっと、江間は六連に勝ちたいのだ。流風の予想を裏付けるように、江間は瞳に闘志を宿して練習に励んでいた。その姿は、さながら水を得た魚――不良然と凄んているよりもよほど似合っていた。

 次の勝負は、あと半月後――そのとき、一体どんな勝負が見られるのか。


「いい調子ですね、流風さん」

「六連先生!」


 にっこりと微笑む六連に、流風は大きく頷いた。

 流風は、あれからずっと毎日ジョグを続けて、ゆっくりのペースならば、十キロや十五キロくらい苦なく走り続けられるようになっていた。身体を動かすことが苦しくなくなってくると、周りの景色を見る余裕も出てきた。大きな掛け声とともにボールを打つテニス部や、野球場からランニングをしている野球部員たち。そして、声援を飛ばしながら駆け抜ける陸上部員たち――。

 皆のように速く走ることはできないけれど、五キロでぐったりとしていた初めのころを考えると、目覚ましい進歩だと思う。そして――。


「おーい、流風君! そろそろ始めるよ~」

「っ、はい!!」


 八須に呼ばれ、流風は急いで皆の待つスタート地点へと向かった。――そう。今週からは、流風は長距離のメニューに入って、皆と同じ練習をこなし始めたのだ。設定ペースは皆より遅いけれど、同じ距離を走ることができるというのは、なんだかとても嬉しかった。

 マネージャーである水越の合図で、流風は大きく地面を蹴って駆け出した。


   *


 メニューを終えて、荒い呼吸を零す。膝に手をついて俯いている恭輔のもとへ、ざり、と足音が近づいてきた。


「お疲れ様です。しっかりやってますね――いいペースだ」

「……約束は約束、だからな」


 声をかけてきた六連に、恭輔は憮然と答えた。

 六連との勝負に敗れた恭輔は、それからの一週間強、六連の言葉に従って、粛々と練習メニューを熟していた。六連の提示してきたメニューに真面目に取り組んでいて感じたことは、六連は決して無理強いをしないということだ。それでいて、効果を実感するしっかりとしたメニュー。とても新任教師の手腕とは思えなかった。


「……次は負けねぇ」

「それは、楽しみです」

「……チッ」


 ようやく整ってきた呼吸で、恭輔は闘志をぶつけた。六連はといえば、睨みつけるように強く射抜いた恭輔の視線に、心底楽しそうに笑みを深めた。純粋に自分との再戦を心待ちにしている、と伝わってくるそれに、恭輔は照れ隠しに舌打ちを零した。

 練習に真面目に取り組んだ一週間――正直、こんなにも血が沸き立つのは初めての感覚だった。壁にぶつかって、諦めて。それでも諦めきれずに、中途半端に過ごした二年間。それを――。


「やはり君は、走っている方が似合う」

「……」


 六連はあっさりと、そんなことを言ってくる。こっちの気も知らねぇで……。そう悪態を吐きたくなるのを堪えて、恭輔はただ無言を返した。そんな恭輔に、六連はくすりと笑った。

 六連の瞳に射抜かれると、どうしてこうも、全てを見透かされているような気になるのだろうか。


「貴方がどんなに目を反らそうが、今、貴方はここに居る。――それが答えです」

「――!」

「あんた、それ……。びっくりするほどブーメランなんですけど」


 六連の微笑みの優しさに目を見開いた恭輔の後ろから、訳知り顔の颯太が溜息を吐いた。その突っ込みの意味は恭輔にはよく分からなかったが、どうでもよかった。


――――見てろよ、半月後を……!


 このまま終わるわけにはいかない。だから、今は、走らなければ。自身の()()には気付かないふりをして、恭輔は、一か月後の六連との再戦に向けて、闘志を燃やした。


   *


「おつかれ! 流風ー!」

「慎悟くん。お疲れさま」

「流風、速くなったねぇ! 」


 メニューを終えた流風のところに、一足先に上がっていた慎悟がにこにことやってきた。一緒にダウンしよう、と言われて、二人並んで走り出す。最初は、メニューの前も後も走るなんて、おかしいと思っていたけれど、六連にどちらも怪我を防止するためだと言われた。なるほど、それは欠かすわけにはいかない、と納得したのも懐かしい。今はもう、何の違和感もない。

 ちらり、と隣を走る慎悟を見る。流風にペースを合わせてくれている彼は、とても楽しそうだ。いつもいつも、顔を輝かせて走る慎悟。本当に、走ることが好きなのだろう。



「楽しそうだね」

「流風は、楽しくない?」


 問い返されて、流風は考え込んだ。キツさしか感じなかったはじめの頃。けれど、走ることに慣れ、皆の背中を追うことができる、今は――。


「楽しい、……かも」

「そっか!!」

「うん、……うん!」


 首を傾げながらの曖昧な答えだったけれど、慎悟は嬉しそうに顔を輝かせた。そんな彼の顔を見て、流風は確信した。六連の言う、走るのが楽しい、が、少し分かってきたかもしれない。少なくとも流風は、蒼桜高校(ここ)の皆と走りたい。

 明日は、()()()、というものらしい。まだ知らぬ世界に胸を踊らせ、流風は走った。

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