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第1章 第9話 家族

「……ただいま。母さん、父さん」

「なんだ、光輝(お兄ちゃん)か」

真光(まこ)は?」



 いつからだろう。両親が僕を名前で呼ばなくなったのは。



「……知らない。テニス部か遊んでるかだろ」

「心配ねぇ。あんまり治安のよくない学校だから」

「家から近くて特待生取れたからってお兄ちゃんと同じ学校に入らないでもよかったのにな」



 いつからだろう。僕が優秀でみんなから愛される天才の兄でしかなくなったのは。



「……俺たちはがんばって入ったんだからそういう言い方は……」

「まぁあの子のことだし大丈夫か。お兄ちゃんは早く手洗いしてきなさい」

「今日は真光の好きなキムチ炒飯だぞ。テニスの優勝祝いだからな」



 引き立て役にすらならない、踏み台にすらならない底の底。表彰台の上に立つ真光しか見ていない両親の視界には僕の姿など映らない。



「……俺、辛いの苦手なんだけど……」

「あら、そうだったかしら」

「好き嫌いするのはよくないぞ」



 例えるのなら、観葉植物。成功を期待されない。ただそこにいて迷惑さえかけなければいいだけの存在。



「……うん。ごめん……」

「それにしてもがんばるわねぇ、あの子は」

「この前の大会結構大きかったんだろ? そんなにがんばらなくてもいいのになぁ」



 別に両親を責めるつもりはない。優秀な方を愛でるのは当然のことだ。



「で、でもあいつ……朝練あるのに行ってな……」

「それなのに1年でエースなんでしょう? すごいわねぇ」

「要領がいいって言うんだろうなあいつは。ああそれにまたテレビのインタビューがあるんだってさ。お兄ちゃんもコメント考えとくんだぞ」



 愛されるというのはなんて幸運なことなのだろう。欠点すらも美点になる。



「なんて言えばいいんだよ……俺は……」

「そんなのいつも通り努力家な妹を持って誇らしいとか、自分もがんばらないととかでいいんじゃない?」

「本当に自慢の娘だ。勉強だって全国で10位以内なんだろ?」



 僕が両親から愛されていたのは1年間。妹が生まれてくる前までの期間だけだ。



「でもさ……なんか授業中寝てて怒られてるみたいだし……」

「本当にすごいわねぇ」

「よく親戚に言われてたよな。お兄ちゃんの分の栄養全部お腹の中でぶんどったって。あれもほんとなのかもなぁ」



 それは名前からでも窺える。光り輝く僕と、真の光である真光。電球と太陽みたいなものだ。元々両親は女の子が欲しかったらしいし、僕は望まれて生まれてきたわけではない。となると1年間愛されていたというのも怪しいか。



「お……俺たちだって……毎朝4時に起きて、勉強して……ランニングして……。ちゃんと毎日授業受けて……夜だって……」

「パパ聞いた? 真光、アイドルにスカウトされたんだって。その時はお友だちに断ってもらったらしいけど……」

「駄目だ駄目だアイドルなんてけしからんっ!」



 期待されなくてもよかった。期待されるようになればいいだけだから。でもそれは不可能なことだった。



「放課後だってずっと勉強してて……中3の冬、偏差値1上がって……今ならもっと……!」

「あのね、お兄ちゃん。無理にがんばらなくてもいいのよ?」

「そうだぞ。お兄ちゃんはお兄ちゃんができることだけやればいいんだから」



 結局僕は何者にもなれない。きっと一生天才の兄として、比較対象にもならないまま終わっていくのだろう。一番近い家族すらそう思っているのだから。



「違う……! 俺たちは……もっとがんばるから……光輝をもっと、見て……!?」

「あ、真光そろそろ帰ってくるって」

「じゃあケーキ出さなきゃな! 今日は優勝祝い……」

「そんなの、僕は納得できない」



 気がつけば僕は。母さんと父さんの首を掴んでおり。



「死ね」



 アノンの黒い光とはまるで違う、白い光が2人を包み込んでいた。

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