第1章 第7話 好きなもの
「制蛇くんも本好きだったんだね。知らなかった」
アノンが何らかの指令を出すと、古見さんはなぜか突然テンションを上げて図書室の中を歩き出した。
(何したんだよ……)
『実は本が好きって記憶を流した』
(どうするんだよ……。僕本なんて全然詳しくないんだけど……)
『俺もだ。だからこそだろ』
古見さんの後を追うアノンは、蜂須賀さんの時とはずいぶん様子が違う。積極的じゃないというか、Sっ気が感じられない。
(アノン……)
「制蛇くん、話聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ」
様子が違うといったら古見さんもだ。いつも無表情か、どもっているしかない彼女がなぜか笑顔……と言っても満面ではないが、うきうきした顔で僕に話しかけている。
「それで好きな本の話だけど……」
「俺のことより忍のことを教えてくれよ」
「え?」
少し遠くにいた古見さんがてちてちと寄ってくると、迎えるようにアノンが一気に詰め寄った。
「お前の全部、俺に教えてくれ」
「ぇ、ぁ、ひゃ……ぃ……っ」
顔を近づけられた古見さんは、真っ赤になりながら瞳を左右に揺れ動かす。普通の人相手よりも激しいその反応に、僕も少し照れてしまう。
「す、好きなもの……。ほ、本でいい……?」
僕の身体から逃げるように古見さんは距離をとると、背中を向けてそう慌てだす。そして身体を本棚に向けると、一つも迷うことなく手を伸ばした。
「こ、この本……。これと、これと……。あとこの作者! おすすめ! 他には……」
(慌てすぎじゃないか……? 僕の顔そんなに嫌だったのかな……)
『それは知らないが、人間好きなものの話をされたらテンションが上がるもんだろ。こいつは本のことを話せる友人がいない。だからそこを突くことにした。ま、好きなものなんてない俺たちにその感情はわからないけどな』
僕のことなど気にも留めず、古見さんは小さな腕の間に本を溜めていく。大きな胸のせいで傾きが生まれていてとても危なっかしい。
「あ、あとこの辺……。図書室の奥にあるせいで全然人来ないけど、マイナーだけどおもしろい本がたくさんあるの! たとえばこれとか叙述トリックがすごくて……あ、ごめん! ネタバレしちゃった!」
(古見さんと友だちになるにはこれが一番いいってことか……)
『友だち? なに言ってんだ。それ以前の話をするために俺はここに来たんだが』
わけのわからないことを言うと、アノンは高い所につま先立ちで手を伸ばす古見さんへと近づき、
「きゃっ!?」
古見さんの身体を反転させて正面へと向けさせると、本棚を背にさせて蜂須賀さんの時のような壁ドンを行った。
「せ、制蛇くん……!?」
「次は俺がお前に好きなものを教える番だ」
古見さんの腕から、本がバラバラと落ちていく。
「俺は復讐が好きなんだよ」
せっかく築き上げた古見さんからの好感度と一緒に。