第1章 第2話 平等の強制
(頼むぞアノン……。頼むから変なことしないでくれよ……)
僕の裏人格、アノン。気弱で無力な僕とは真逆の、強気な俺様系人格に乗っ取られた僕の身体は、昼休みを終え屋上から教室に戻ろうとしていた。
『聞くが、光輝。変なことってなんだ?』
(それは……暴れたり、よくないこと言ったり……)
『安心しろよ。俺はお前の意思の延長線に過ぎない。お前が思っていないことはできないさ』
(……お願いだから、普段通りにしててくれ……)
今の僕にはそう言う……いや、思うことしかできない。どうやったらアノンから身体を取り戻せられるんだ……。もし裏人格が発現したとバレれば、僕だけではない。家族にだって研究の手が伸びるかもしれないのに……。
『さぁ、ついたぞ』
僕のクラス、2年A組に到着したアノンは、無造作に扉を開き、僕の席がある最後列へと闊歩していく。
「あっはは。それでさー……。なに見てんの?」
そして僕の机に脚を組んで座り、友人と談笑している蜂須賀茉鈴の前に立った。
「そこ俺の席なんだが」
(ちょっ……ちょっとストップ!)
さっそく僕の願いを無視したアノンを心の中で止める。
(わかってるだろ!? 蜂須賀さんははうちのクラスのトップなんだぞ!?)
髪を金色に染め、制服を着崩した綺麗な女子生徒。まだ4月半ばでクラスが纏まっていないのにも関わらず、その強気な態度と攻撃性であっという間にカーストトップに躍り出た、絶対に関わり合いたくないギャル。それが蜂須賀さんだ。
(そんな人に敵対したらどうなるか……)
『そうだな。でもお前も思ってただろ? 好き勝手振る舞ってるこいつがうざいって』
そりゃあ……思うけどさ……。でも実際に行動するってなったら……!
「はぁ? なに? 文句? あたしが誰かわかってんの?」
ほら! めちゃくちゃ怖い顔で睨んできてる!
(アノン! 早く謝って!)
「悪いがモブの顔を覚えるほど暇じゃない。どうでもいいからさっさとどけよ」
(アノン!?)
な……なんで喧嘩売ってるんだよ……! これも僕の意思だっていうのか……?
「……うっざ」
僕に煽られた蜂須賀さんはそう小さく吐き捨てると机から立ち上がり……。
「調子乗ってんじゃねぇよ!」
僕の脇腹をその長い脚で蹴り上げ、再び机に腰を掛けた。
「なんであんたみたいなクソ陰キャの言うことなんかぎゃぁっ!?」
傲慢な笑みを浮かべていた蜂須賀さんの身体が机から吹き飛ばされる。僕の右手が、蜂須賀さんの頬を叩いたことで。
(あ……あぁ……!)
なんて……ことを……!
「お前らもそろそろ自分の席戻れよ。授業始まんだろ?」
床に這いつくばる蜂須賀さんを一瞥することもなく、僕の身体は空いた椅子へと座った。
(アノン! お前、何やってるんだよっ!)
『あ? 暴力を振るわれたから返しただけだろうが。何か問題あるのか?』
問題って……あるに決まってるだろ……!
(蜂須賀さんは! 僕なんかと違ってカーストトップで、女子だし……そんな人に暴力振るうなんてありえないだろっ!)
『カーストトップだと何してもいいのか? 女子だと暴力を振るっていいのか? お前が相手なら。全ての行いが無罪になるのか?』
……ようやくわかった。裏人格の、アノンの実態が。
アノンは僕の味方だ。誰よりも僕のことを理解し、誰よりも僕のことを大事にしている。だって他でもない自分自身のことだから。
同時に最大の敵でもある。僕の欲求を満たすためならどんなことでも平然と行う。たとえそれが席を使われて嫌だ、なんていうちょっとした不満でも、アノンはそれを解消するために全力で排除しようとする。
言うなれば理性がない状態。それが今の僕だ。善悪の区別なんてない。僕の望みはたとえ犯罪だったとしても叶ってしまうだろう。
『お前もあいつも同じ人間だ。上も下もないんだよ』
正直、蜂須賀さんが痛い目に遭って少しスカッとした。そしてアノンのその言葉に、心が楽になった。
だが同時に。この心がアノンを生んだのだとしたら。僕は僕自身が、怖くなった。
ここまでご覧いただきありがとうございます。ここまであまり女子が登場していませんが、次回からラブコメ本格スタートになります。お見逃しないようぜひブックマークをしていってください。☆☆☆☆☆を押して評価もお忘れなく……。