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第1章 第10話 人生の証明

「とりあえず命に別状はありませんが、おそらくしばらく意識は戻らないでしょう」



 ベッドで目をつぶったままピクリとも動かない両親の横で医師は言う。



「しかし一体どうしたんですか? 家の中にいて高圧電流を浴びるなんて……」

「ははは。きっとコンセントが古くなっていたんですね。そろそろリフォーム時ってことです」



 そう朗らかに返したのは僕の妹、制蛇真光。2人が倒れた後すぐ帰宅した真光が救急車を呼び、全ての手続きをしてくれたのだ。



「では私たちは一度帰宅します。明日は午前中に父の会社や親戚に保険等の話を聞いてからこちらに寄りますので、昼前にまたよろしくお願いいたします」



 そう。本当に全て。僕より1歳年下なのにもかかわらず、大人たちと対等に話している。情けない限りだが、今はそれどころではない。



(アノン、どうして僕に身体を返した)



 あの時。僕が両親への殺意を覚えたその時。どうやっても戻らなかった身体が、僕の元へと返ってきた。そして今もまだそれは続いている。



『さぁな。おそらくだが、お前の意識が勝ったんじゃないか。7の俺に対して3しかないお前の意識が、俺を上回った。今も尚、だ』

(……あの時。お前がもっとちゃんと2人に言ってくれてたらこんなことにはなってなかった。蜂須賀さんや古見さんの時のお前はどこに行ったんだよ……)


『……それについては、言葉もない。ようは俺とお前は同じってことだ。結局俺も覚悟が足りなかったんだよ。劣等感の元凶と向き合う覚悟がな。悪かった』

(いや……僕こそごめん。悪いのは僕だ。僕の覚悟が甘かった)



 裏人格が覚醒した人間が収監されるのは、こういうことなのだろう。人を容易く殺せるだけの力を持った化物が人間のフリをしているんだ。こんな危険なことはない。



(でも助かったよ、僕が無能で。発電の力を使いこなせてたら本当に母さんたちを殺しているところだった)

『それは裏人格と同じだろうな。俺は電気を纏うか肌に触れたものに流す「帯電」しかできない。逆にお前は帯電の使い方はわからないが、空気中に放つ「放電」ができる。脳の使い方の違いってやつだ』



 なるほど、ますます無能ってわけだ。洗脳ができる帯電なら使い道はあるが、放電なんて人を傷つけることしかできない。



(……アノン、身体を乗っ取ってくれ)

『言っただろ。今はお前の意識が強すぎる。一度寝ればその配分も変わるんだろうが……』

(それじゃ遅いんだよっ!)



 そう。遅すぎるんだ。僕は自分を、コントロールできない。



(僕は真光を、殺したい……!)



 もちろんそんなことは思っていない。でも脳の片隅に、間違いなくこの気持ちは存在する。



 ようやく。ようやくだ。真光を超える力を手に入れられた。それが人殺しの手段でしかないとしても。僕はこの力を真光に見せつけたくて仕方ない。



(頼む、アノン……。もうこれ以上、僕に僕を失望させないでくれ……!)

「おにぃ、帰ろ?」



 真光が顔を覗き込んでくる。両親が意識不明だっていうのに優しく、温かい笑顔だ。僕が2人を傷つけたっていうのに。それを知らずに、ただただ優しく抱きしめてくる。



「大丈夫だよ。全部私がやっておくから。おにぃは何も心配しなくていいからね?」



 ただただ眩しくて、仕方ない。



「ああああああああっ!」



 自尊心と嫉妬が入れ混じり、爆ぜる。白い電撃を放ちながら。



「お、にぃ……!?」



 真光が僕から離れ、愕然とした表情を浮かべる。滅多に見ることのできないその真光の表情を視界に捉え、僕の輝きは増していく。



「止まれ止まれ止まれ止まれ……!」



 何度唱えようが光が消えることはない。病室に満ち、爆ぜ、傷つけていく。



「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 気づけば僕は逃げ出していた。逃げるところなんてないというのに。大勢の人間に進化能力を見せつけてしまったというのに。



 これで僕が実験動物になるのは確定的。下手したら親族である真光や両親も収監される。そう思うと、どうしようもなく電撃の勢いは増していく。



「なんでっ! なんでっ! なんでっ!?」



 いつからこんな醜いことを考えるようになった。こんな、構ってもらえないから迷惑をかける子どもみたいな幼稚なことを。こんなことをしたって真光には絶対に勝てないというのに。



(もう、だめだ……)



 逃げながら、思う。



「死にたい」



 何よりも強く、そう思った。



「おにぃ……」



 逃げ込んだ病院の屋上に、真光が息一つ切らさずに駆けつける。



「ううん……あなたは誰。おにぃと全然違う。まさか裏人格に目覚めた……?」

「……さすがだよ。本当にお前は何でもできるな、真光」



 俺は。前髪をかきあげながら向き合う。真の劣等感の元凶へと。



「あなたがおにぃの身体を乗っ取ってママたちを傷つけたの……?」

「珍しいなそれは不正解だ。俺たちの両親を殺そうと思ったのは光輝自身だよ」


「……じゃあそのおにぃはどこに行ったの」

「心の中に閉じこもっちまった。お前を傷つけないためにな」



 そう。だからこそ俺は、やらなければならない。光輝を、俺自身を傷つけてしまった責任をとって。



「……お前も知ってるだろ。俺はお前に勝ってる部分なんて一つもない。お前よりも遥かに努力してるのにな。その理由がわかるか?」

「……裏人格に、吸い取られたから」


「その通りだ。光輝がお前に勝つために学び、培った全ては脳の7割に吸収されちまってる。普段の光輝は残りカスの集合体みたいなもんだ」

「そんなことない! おにぃは……!」


「慰めはいらないんだよ。今からそれを証明する」



 光輝は努力を重ねてきた。そしてその全てが、俺の中にある。つまり俺が真光に勝つことが。



「俺たちの人生は無駄じゃなかったと証明することなんだよ」



 暗くなった空に、黒い電撃が爆ぜた。

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