第1章 第1話 覚醒
『とーべ! とーべ! とーべ!』
5階建ての校舎の屋上でそんな大合唱が巻き起こる。「とべ」の意味はただ一つ。屋上のへりに立たされている僕に飛び降りろと言っているのだ。度胸試しで2m以上離れている隣の校舎の屋上に飛び移るという建前で。
ようするにいじめ……いや、このレベルになると最早自殺の強要だ。でも逆らえない。後ろには5人もの男子生徒が僕を逃がすまいと囲んでいる。
なぜこうなったかはわからない。ただ昔から僕は何をやってもダメダメで、幼稚園から高校2年生の春の今までずっといじめられ続けていた。
「さっさと跳べよゴミ」
跳ぶのを躊躇っていると、優しさの欠片もない刃物のような言葉が背中に突き刺さる。奴らにとっては僕なんてただの玩具でしかないのだろう。壊れても構わない玩具。どうせ壊れるのなら、派手に壊れろと思っている。
「……わかって……ます……」
クラスメイトだが、敬語を崩すわけにはいかない。怒りを買って突き落とされれば生き残る可能性は0。まだ自分から跳んだ方が可能性はある。
とはいえ……この距離。普通の人なら跳べるのだろうが、僕ではおそらく無理だ。運動も……勉強だって。しっかり真面目に取り組んでいるのに、こいつらみたいなやんちゃな奴にも劣ってしまうのが僕だ。
結局はそういう星の下に生まれた人間なのだろう。何をやっても上手くいかない。努力したって意味がない。だから僕は。
「ああっ!?」
飛び越えられずに、落ちていくのだ。
「うひょー!」
向こうへと届かず、6階の高さから落下する僕の頭上から興奮した声がする。だがそんなことどうでもいい。
死にたくない死にたくない死にたくない。ずっと言いたくても言えなかった言葉が頭の中を渦巻いていく。
それでもその願いが重力に逆らえるわけもなく。僕は地面に――。
「――え?」
落ちることなく、上っていた。校舎と校舎。その間を、壁を蹴りながら。
でも、おかしい。僕は身体を動かそうとしていない。たとえ動かせたとしてもこんなアクロバティック、僕なんかができるはずもない。
(なんで……?)
そして気がつけば声すら出せなくなり、そんな僕は向こうの屋上へと軽やかに着地していた。
「な、なんだよこれ……!?」
向こう岸のクラスメイトが動転しているが、僕が訊きたい。なぜ身体が勝手に動く。なぜ前髪をかきあげている。
「どうした? 次はお前らの番だぞ?」
なぜ僕が思っていることが、口から勝手に漏れている。
「どうなってんだよこれ……!? こいつ運動はできなかったはずじゃ……!」
「ほら、さっさと跳べよ。それともチキってんのか? 世界の最底辺、制蛇光輝にすらできたことが怖くて怖くて仕方ないのか?」
「な、舐めてんじゃねぇぞっ! こんなん誰だってできるんだよっ!」
無意識に煽る僕に対し、怒りを露わにするクラスメイトたち。当然いじめの標的の反抗を認められるはずもない。
「さっさとそこどけよ。今すぐ跳んでぶちのめしてやるからよぉ」
「は? なんで俺がどかなきゃならねぇんだよ。さっさと跳んでこい」
「なぁ……!?」
だが僕の身体はピクリとも動かず、ただクラスメイトたちを舐めるように睨んでいる。
「わかるぜわかる。どいてもらわねぇと突き落とされるかもしれないからビビってるんだよな」
「誰がてめぇなんかにビビるか……」
「ま、俺は跳べるけどな」
瞬間、僕の身体は宙を浮いており、
「おらぁっ!」
飛び移りながら正面にいた男の顔面に蹴りを放っていた。
「ぐへぇぇぇぇっ!?」
「まだ身体には慣れないな。本当なら踏み潰したかったんだが」
吹き飛ばされた男を一瞥し、全く意味がわからないことを口走る僕。
「お……覚えてろよっ!」
そしてクラスメイトは、気絶したであろう男をおぶって屋上から逃げ出していった。
(なにが……どうなって……?)
『お前にはできないことを、俺が代わりにやってやったのさ』
心の中で、僕の声が交差する。本当にどうなったんだ……? 僕の身体は一体……!
『わかってないようだから教えてやるよ。俺はお前の裏人格だ』
(裏人格……!?)
裏人格というと……最近論文が認められたとかで有名になったあれか……!
普段人間は脳の3割しか使っていないが、極度のストレスを感じることで、残りの7割が目覚める……とかいうやつ……。
(つまりお前は……僕の第二の人格……!)
『そう。お前が光輝だから、俺は闇呑とでも名乗っておくか』
……10年以上のいじめと、転落死のストレスによる裏人格の覚醒……。だとすると壁を蹴って上がったのも納得だ。裏人格は人間が普段発揮できない7割もの能力を引き出すことができるという。だがこうなるとまずいぞ……!
(裏人格が目覚めた人間は世界でも数例……まだまだ未知の部分が多い。発現した人間は研究所でモルモットになるとか……。どうにかして隠し通さないと……! 闇呑、身体を返してくれ!)
『はぁ? 嫌に決まってるだろ』
闇呑は言ってしまえば僕自身。この危機的状況をわかっているはずなのに、なぜか闇呑は頷かない。
(なんでだよ……。僕だけならまだいい。でも家族だって巻き込まれるかもしれないんだぞ!?)
『あのなぁ……お前は俺だ。つまり俺のこの考えは、他ならないお前の意志でもあるんだよ』
(そんな……わけが……!)
『お前だってわかってんだろ? いや、望んでいるはずだ。今まで俺たちを貶し、見下し、虐げてきた連中への復讐を』
それは……ないとは言えない。言えない、けど!
(闇呑っ!)
「悪いが俺は止まる気はない」
僕の心の声を、言葉が封殺する。
「俺が復讐してやるよ。お前にできないことを、全てな」
そして始まる。ドSな僕の裏人格の、暴走が。
ここまでお読みいただきありがとうございました。基本は復讐もの、ざまぁ系の作品になります。なるべく毎日更新目指してがんばります!
おもしろい、続きが気になると思っていただけましたら下の☆☆☆☆☆を押して評価を。そしてブックマーク、いいねのご協力をお願いいたします。
読者の方の応援が続きを書く力になりますので、よろしくお願い致します。