後編
あれから私は、カート様が注文したカーペットの調整と理由をこじつけ、2人で偽装の結婚式用のくす玉の試作を重ねる。
火薬で開閉が可能になったくす玉は、形状のバリエーションが無限大で、容量も手動のくす玉より大きい。
これ程の可能性を秘めた道具であれば、純粋で斬新な発想の宝庫である、子ども達の力を借りない手はない。
私はドレイク様のメイドであるミラ様に勇気を出して声をかけ、彼女に協力を要請することになった。
「……貴女に協力するのは正直気が進まないのですが、発明としては素晴らしいと思います。祝いごとに子ども達の想像力が必要だと考えるのも、好ましい認識ですね。私も正直、前の職場が気になっていたものですから、こうして訪問の口実が出来たことだけは感謝致します」
ミラ様はまだ、ドレイク様との婚約解消が私のせいだと思っているのか、所々で素直じゃない言い回しが出てくる。
こんな時は、彼女が慣れ親しんだ保育園の職員や子ども達と交流して、どうにか機嫌を良くして貰いたいと思う。
「ミラ〜! いや、今はもうミラ様ね……。お久しぶりです!」
訪問をいち早く歓迎してくれたのは、保育士時代のミラ様と仲の良かった職員であるヘレン様。
「ヘレン、久しぶり〜! ここではミラでいいのよ、あんまり変わってないわね〜!」
ミラ様が王室のメイドになって2年。
人の流れが早いこの業界では、親しい職員で残っているのはヘレン様だけで、子ども達は殆どミラ様を知らなかった。
「わ〜! 王室のメイドさんだ〜!」
ミラ様の姿を見て駆け出してくる子ども達は、大半が上流階級のご子息。
この子達の将来は、恐らくメイドよりも高給な仕事や立派な家庭が待っているとは思うけれど、王室メイドの証である紺色のメイド服は、階級を問わず女の子の憧れらしい。
「わ〜! みんな可愛いわね〜! ……あら? ヘレン、あの子まさか、ロニーなの?」
子ども達をあやしていたミラ様は、保育園の隅にひとり寂しそうにしている男の子の姿を見つけた。
「……ミラ? ミラなの?」
その男の子は、他の子ども達より一回り身体が大きく、既に卒園していてもおかしくない年齢に見える。
「ミラ〜!」
「ロニー!」
ロニーはミラ様に勢い良く抱きつくと、そのまま泣き出してしまった。
「ミラ、ミラ……みんないなくなって寂しかったよ。もうどこにも行かないで……」
2年も前に保育園を去ったミラ様の事を鮮明に覚えているロニーは、メイド服を掴んで離そうとしない。
流石にいたたまれなくなったのか、他の子どもよりかなり重いロニーを気合いで抱き抱えたミラ様は、ヘレン様に事情を訊ねる。
「ヘレン、ロニーは去年で卒園じゃなかったの!?」
親の収入が多い上流階級の子ども達が保育園にいられる期間は、王国のルールで定められているはず。
ヘレン様は目を伏せ、心苦しい表情で事情を説明し始めた。
「……ロニーのご家族はみんな多忙で、この子は園の中にしか話し相手がいない。でも、親しい友達や職員がいなくなっちゃって、感情が不安定になってしまったの。家に帰っても泣いたり暴れたりするから、ご家族が世間体を気にしてロニーを無理やり園に戻しちゃったの……。私達はお金がもらえるけれど、ロニーの為に何が出来るのか分からなくて……」
「そんな……」
ミラ様は絶句してロニーを床におろし、自らも座り込んでしまう。
上流階級の家庭なら、お金には余裕があるはず。
例え自分達が多忙だとしても、ベビーシッターや、それこそメイドを雇ってでも、子どもが家族の側にいられる環境を作る努力をするべきなのに。
「……ミラ様、ひょっとしたらこの問題は、ロニーの家庭だけではないのかも知れません。ドレイク様なら相談に乗ってくれるはず。私も協力しますから」
カート様の件で、今更ながらドレイク様を見直した私は、元来ドレイク様を慕っているミラ様の相談が、無下に却下されることはないと確信していた。
「……そうですね……ドレイク様なら……」
余計なことと思われても、ついつい言葉が出てしまう私。
ミラ様をどうにかして励ますことで、彼女が平常心を取り戻してくれたら……。
「私達もロニーのご両親と、もう一度よく話し合うつもりです……ところで、今日はどんなご用件でいらっしゃったのですか?」
気持ちを切り替えたヘレン様は、普段見慣れぬ私の顔をまじまじと眺めながら、今日が単なるミラ様との再会では終わらないことに勘づいていた。
「あ、はい……実は近日中に、王室と付き合いのある方々の結婚式が行われるのですが、その際に新たに開発された、着火式のくす玉が実用化されるのです。今回、見本を持って来ましたので、このくす玉の効果をご覧いただき、園のお子様達に新郎新婦を祝う、言葉や絵を描いて欲しいと思ったのです」
我ながら危なっかしい説明だ。
この説明の中に、一体どれだけの嘘が塗りたくられているのだろう。
「着火式のくす玉って……火薬で破裂するんですか? 危なくないんですか?」
どうにも半信半疑のヘレン様。
こればかりは仕方がない。私も数日前までは思いつきさえしなかったのだから。
「こちらが見本です。この球技用のボール程のくす玉に、紙吹雪が詰まっております。下から伸びている導火線に着火すれば、小さな破裂音だけで出火する事なく玉が割れるのです。見ていて下さい」
カート様と何度も実験しているので、安全性は証明済み。
入口ぎりぎりまで避難している子ども達とヘレン様を見ていると、数日前の自分を見ているようで微笑ましい。
「……はい、着火します!」
パァン……!
改良を重ねたくす玉は、割れた後の形も原型をとどめ、降り注ぐ紙吹雪も均等に舞い散るように計算されていた。
「すげ〜! カッコいい〜!」
今度は男の子の視線がくす玉に釘付け。
その光景に、ヘレン様をはじめとする職員達も満面の笑みを浮かべている。
「これは、気持ちがいいですね!」
初めてくす玉の効果を目の当たりにした、ミラ様もかなりの好感触。
(偽装の)結婚式が盛り上がるのは確実と言えそうだ。
「あたし、お嫁さんの絵描く!」
「猫さん描く! 犬さんも描く!」
「私達職員は、お祝いのメッセージを書かせていただきます。長い紙に書いて丸めても大丈夫なんですよね?」
子ども達のいきいきとした姿を目にして、職員さんも上手く間に入ってくれている。
「ミラ、僕もおむこさんの絵を描くよ! おむこさん、どんな顔なの?」
くす玉を見て泣き止んだロニーは、新郎がまさかドレイク様の設定である事を知るよしもない。
それでも、この想像以上の効果に歓喜した私とミラ様は、いたずら半分にドレイク様そっくりの似顔絵の見本をロニーに差し出していた。
保育園の子ども達と職員の協力を得られた私と、ヘレン様とロニーに再会出来たミラ様。
そして、子どもを取り巻く問題は上流階級にもあるという現実。
私達にとって今日という日は、決して忘れられない日になるだろう。
保育園の訪問から1週間、遂に偽装の結婚式当日がやってきた。
私をはじめとした新婦側の出席者は、両親と会社の主要スタッフだけ。
それでも女性のスタッフは、王国から貸し与えられた華麗な衣装と、動く王子様を眺めているだけで飽きない様子である。
「……私の書いた進行台本に、問題などございません。サルシャン様も平民の娘として、この式は例え偽物であっても、一生の想い出に残ることでしょう」
クイッと眼鏡の位置を直しながら、予想通り嫌味な感じの第1王子、リチャード様。
でも、流石に進行はよく練られていて、これなら祖母のアデリーナ様も違和感を感じないはずだ。
「ようよう、さっき通りでカートを見たんだけどよ、別人みてえに明るい顔になってたな! あいつは命の恩人だから、俺個人としちゃあ悪い気はしねえが、サルシャンとカートの仲が婚約破棄の原因だってのも、案外事実なのかもな! ハハッ!」
第2王子のグレッグ様は気取らないし、その言動に悪気はないのは分かるのだが、余りにもデリカシーがなさすぎる。
「サルシャン、来てくれてありがとう。今だけは、僕の妻になってくれ」
ドレイク様の声を聞いて、私もやっぱり女なのだと感じた。
互いの衣装を目の当たりにすると、不思議な感情が沸き上がってくる。
そもそも、お互いを嫌って婚約を解消するのではない。
ただ、余りにも突然で、私には私の人生があった。
そしてドレイク様は、王族でありながら余りにも繊細すぎて、そして、女性に対して臆病だった。
ただ、それだけのこと。
「……ドレイク、素晴らしい妻を得た貴方を誇りに思います……。正直申しますと、ひ孫の顔が見たい気持ちもあるのですが、それはきっとこの時代、王族にも許されない贅沢というものなのでしょうね……」
式も佳境に入り、病を押して参加していていたドレイク様の祖母、アデリーナ様もご退場。
認知症が入っているとはいえ、少しばかりの罪悪感を分かちあうこの場の人間の中で、アデリーナ様は唯一その言葉に嘘がないお方。
ご自身に残された時間を認識しているかのようなこの言葉には、誰もが涙を堪えることが出来なかった。
私は、悪いことをしてしまったのかな……?
「以上で、この結婚式を終了させていただきます! 本日は、私ドレイクの粗相による騒動に皆様を巻き込んでしまい、お詫びの言葉もありません」
最後に、きちんとけじめをつけるドレイク様。
今回の件は、アデリーナ様の心の平和と未来の為に、やらなければならないことと割り切っていいのかも知れない。
私も言い訳のひとつもしたくなっていたが、ここは多少責められても、全ての言葉を飲み込まなければ……そう思える様に、心の整理がついていた。
「会場の皆様、ここでサプライズゲストの登場です! 現在、先の戦争で王国に残された爆弾と地雷の撤去にあたっておられる、退役軍人のカート・スミス様が、爆弾の仕組みを応用した祝賀道具を開発して下さいました!」
ロニーの問題以降、王室に自身の願いを要望する為に、私とカート様の活動に協力してくれるようになっていたミラ様。
彼女の手引きで登場したカート様は、既に私と両親がこっそり仕掛けていた2個のくす玉の下に歩み寄っていく。
「何だぁ!? カート来てたのかよ! 挨拶くらいしに来いや!」
既にかなりのお酒が入っているグレッグ様は、見るもの全てが楽しそうで何よりである。
「王室の皆様、お久しぶりです。皆様のご厚意により、私カートは人生の再出発が可能になりました。先日、そちらのサルシャン様からの提案がきっかけとなり、これからの王国の祝い事をより華やかにする、新しい道具を開発することが出来ました。これも王室の皆様のお陰です」
「華やかな場所を好まないカート殿が、わざわざ道具を開発して持ち込んだということは、これは何かの商談ですかな……?」
終戦後は人前に現れることが余りなかったカート様の積極性に、王国の財務管理を任されているリチャード様は、若干の皮肉を交えて対応していた。
「……おっしゃる通りです。私はこの道具の権利を、王室を通してどこかに買い取っていただき、その収益で退役軍人の仲間を雇い、爆弾と地雷の撤去を急ぎたいのです! 心と身体に傷を負いながら、私のような幸運に恵まれなかった仲間と、王国の未来の為に……!」
鬼気迫る表情のカート様の訴えは、普段平民を見下しがちなリチャード様をも神妙な表情にさせている。
「御託はいらねえ! さっさとその道具を見せてみろよ! 面白かったら俺のポケットマネーも出してやるからよ!」
グレッグ様のこのシンプルさは、こういう時にはとてもありがたい。
「かしこまりました。ミラ様、隣のくす玉をお願いします」
カート様とミラ様は、自身の首あたりまで長く降りていた導火線に火を着け、後方に後退りする。
「……え!? おい、マジで火ぃ着けちまうのか!? あんなにデカい玉なら遠くまで爆発すんだろ! 消せよ!」
外見は一際ワイルドなグレッグ様の狼狽ぶりは、くす玉の効果を知っている私達にとっては最高のショーに見える。
少し気の毒だけど、この結婚式で一番楽しい瞬間だ。
パアアァァン……!
試作段階とは比較にならない大音量。
しかしながら、無用な火花が上がることは勿論ない。
綺麗に割れた2個のくす玉からは、今まで見た事もない大量の紙吹雪と、保育園の職員さんが書いた新郎新婦へのメッセージ。
そして、子ども達が描いた動物やドレイク様、そして私の似顔絵が式場に舞い散っていく。
「うわぁ〜! 綺麗ね〜!」
現物を見たことのない店のスタッフ、そして王室の方々も感動を隠せなかった。
「凄え! 凄えぜカート! これ、俺が全部買ってやるよ! 女どもを侍らせてパーティーだぜ……うごごっ!?」
興奮のあまりに悪ノリしたグレッグ様の後頭部に、彼の奥方の回し蹴りが炸裂し、流石のタフガイもテーブルに突っ伏して気絶する。
「……以上です。ありがとうございました!」
全てをやり切ったカート様は、降り注ぐ紙吹雪を浴びながら、商談の結果を気にしない程の晴れやかな表情を浮かべていた。
あれから商談は無事に成立し、カート様は受け取った報酬を、爆弾と地雷撤去の退役軍人雇用に使うことに。
商売人としての本音を言わせてもらえば、権利を自ら保有して、くす玉が売れれば売れる程カート様の懐が潤うやり方もあったと思う。
でもそれでは、カート様の仕事が爆弾と地雷の撤去ではなく、爆弾のような祝賀道具を作り続けることになってしまう。
それはカート様の望むことではないだろうし、私としても嫌になったと思う。
「……サルシャン、今日はありがとう。僕はずっと、君とカートが会うことを良く思わなかったけれど、こんな素晴らしいものが出来るのであれば文句はない。それに、子ども達が描いた似顔絵の1枚が、気の弱そうな所まであまりにも僕にそっくりで笑っちゃったよ」
私服に着替えたドレイク様は、見た目こそ普段の弱気なドレイク様と変わらないものの、その内側からは、僅かながら自信や責任感のようなものが滲み出ていた。
ドレイク様が笑ったという似顔絵は、きっと同じく気の弱そうなロニーが描いたものに違いない。
「ドレイク様、こちらこそありがとうございました。正直、1週間前までは、この式に出るのが嫌でたまりませんでした。くす玉のアイディアも、いっそのこと式場を爆破したいという苛立ちから生まれたものなのです。でも、今は式に参加して良かったと思います。カート様やミラ様と一緒に行動して、本当のドレイク様を知ることが出来ましたし……」
この雰囲気は、これで破局するカップルのものではないような気もした。
でも、ここで他人に戻るからこそ、これからお互いの誤解を解くことが出来るのだと思う。
「……サルシャン、婚約とまではいかなくても、これからもお互い、困った時は仲良くやっていきたいんだけど、どうだろう……?」
今の私には、ドレイク様のこの言葉は悪い気はしない。
でも、お互いに違う道をはっきりと歩まなければいけない時が来ている。
「……ドレイク様、お言葉はとてもありがたいです。でもきっと、もう遅いのだと思います。私には私の人生がありますし、ドレイク様の人生も、貴方が望みさえすれば、幸せはすぐそこにあるのです。もしかしたら、隣に……」
私はそう言って、ドレイク様の隣に仕えるミラ様にいたずらっぽく視線を送り、それ以上の言葉は残さずに式場を後にした。
そして式から3日後の朝、アデリーナ様は病院のベッドで眠るように亡くなられている。
あれから2年の時が過ぎ、頼れる仲間を得たカート様達は、国境周辺の爆弾と地雷を全て撤去することに成功。
祝賀用のくす玉は大ヒットし、やがて原理を応用した片手サイズのクラッカーなど、これらの商品は隣国からも求められる、ダービシャー王国の名物産業となる。
また、火薬の扱いに優れるということで、退役軍人の希望者はくす玉工場での仕事を得ることが出来た。
ドレイク様はミラ様と正式に結婚し、上流階級を含めた子ども達の問題に取り組んでいる。
そして私も、退役軍人としての使命を終えたカートとの結婚式を来月に控えている。
とは言うものの、今からカートをカーペット工場で通用する職人に鍛え上げる自信は、ちょっとないかも知れない。
そんな時は、工場と店の経営者として、父親の仕事を継いで欲しいと願うこの頃だ。
(終わり)