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前編


 「……サルシャン、ちょっといいかな?」


 ある晴れた日の昼下がり。

 

 王室御用達の高級カーペット工場の出荷チェックに余念のない私、サルシャン・ペトロッシを訪ねて顔を出したのは、ダービシャー王国の第3王子であるドレイク様。


 寡黙で自信なさげなドレイク様は、隣に気の強い新人メイド、ミラ様を引き連れて、ようやく周囲が本物のドレイク様であることに気がつく程の存在感。


 そんな彼の目的は、私にも見当はついている。

 いや、むしろ、私の見当が正しくあって欲しいと願っていた。



 「サルシャン様、ドレイク様は貴女との婚約を破棄したいと考えておられます!」


 密談用の控え室が意味をなさない程に大きい、王室メイド、ミラ様の声。


 「ミ、ミラ……破棄なんて言い方は乱暴だよ……。僕は婚約を解消しようと決めたんだ」


 慌ててフォローを入れるドレイク様。

 でも、肝心なことは他人に言って貰う気の弱さというか、煮え切らなさは幼い頃から変わっていない。



 ダービシャー王国には、3人の王子様がいる。

 

 第1王子のリチャード様はクールな学者肌で、一見紳士的に見えるけれど、平民や教養のない人間を見下す態度が鼻につき、国民からの受けは余り良くない。


 第2王子のグレッグ様は陽気なワイルドイケメンで、戦争(いくさ)では兵士の士気の為に前線に赴くことも辞さない熱血漢。

 でも、性格や態度が余りにも「俺様」的で女癖が悪く、国民から人気はあっても、私個人的には受け付けないタイプ。


 第3王子のドレイク様は、アクの強い兄に囲まれていたせいか、引っ込み思案で優柔不断。

 平民や動物にも優しい所は魅力的だけど、強いて言えばそこしか長所がない印象。


 私の家系は、代々王室御用達の高級カーペット店として、平民でありながら王族の方々と交流がある。

 幼い頃のドレイク様を、ほっとけない弟分として見ていた私は、よく彼と一緒に遊んでいたものだ。


 でも、ドレイク様も成人して、周囲の女性達から「王位継承のプレッシャーがない、玉の輿の大穴」という色眼鏡で見られる様になり、その恐怖と不安から逃れたくなった。

 その結果私に、「顔馴染みで、優しいお姉ちゃん」という昔の幻想を抱いたまま婚約を申し込んで来たのだと、私は解釈している。



 「……サルシャン、昨日もまた、カートと会っていたんだろう……。婚約中の女性が、同世代の男と頻繁に会うということは、余り気持ちの良いものじゃないんだ……。婚約自体、僕からの頼みだったことは謝罪するよ。でも、終わりにさせてくれ」


 勝手な婚約騒動に加えて、大きな誤解をしているドレイク様。

 私は我慢出来ず、遂に王子様に弁解することに。


 「そんな……カート様は単なる顧客です! 多忙な両親を除けば、私以上に商品に詳しい者はおりません! そして、カート様は左足が不自由なのですよ! 売約があれば私から赴くのがルールではありませんか!?」


 気の弱いドレイク様だけなら、私の弁解に反論は出来ないだろう。

 でも、隣で話を聞いているメイドのミラ様が顔を真っ赤にしており、反論の機会をうかがっていることは明らかだった。


 「サルシャン様、貴女は王国の歴史というものを理解されないのですか!? 平民である貴女に訪れた婚約のチャンスという意味を、少しは考えて下さい! そして何故、ドレイク様が貴女を選んだのかを……」


 平民出身で、上流階級用の保育園からスカウトされたと噂のミラ様は、気は強いが世話好きで、自分と同世代のドレイク様を下心なしで慕っている様子がこちらにも伝わってくる。

 口調はキツいが、彼女には何の罪もない。

 

 平民の私に婚約オファーが来るのであれば、ドレイク様がメイドのミラ様と婚約しても王室は許してくれると思うのだが、些細なプライドの様なものがあるのだろうか……。


 「……申し訳ありません。私自身も私の両親も、婚約そのものを悪く思ってはいないのです。ましてや、うちの店は王室との長い繋がりがあるのですから……。でも、良い職人が見つからないのです。母が働けなくなった時、彼女の技術を継いでいる人間が私だけになるのです。……そして私も、この仕事を愛しています。辞める訳にはいかないのです!」


 正直、相手がドレイク様でなければ、この啖呵を切ることは出来なかっただろう。

 身分の差を考えれば、この発言が罰されても文句は言えない。


 うつむいて黙っていたドレイク様も、こちらの言い分は理解はしてくれている様に見える。

 やがて顔を上げた彼は、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


 「……分かった。君も婚約解消に賛成してくれたんだね、ありがとう。だが、ひとつ問題があるんだよ。知っていると思うけど……」


 ドレイク様の話が終わる前から私の、そしてミラ様の表情も曇っている。

 王族には、厄介な問題が残されているのである。


 「……祖母のアデリーナは、病でもう長くない。認知症も進んでいて、余り人前にも出せない状態なんだ。そんな彼女は、僕の結婚式を見ることだけが生き甲斐だった……。婚約解消の件は、既に周囲の許可を得ているんだけど、勿論アデリーナにだけは知らせていない。それで……彼女に見せる為に、偽装の結婚式だけは挙げて欲しいんだ」


 最悪の結果として、私はこの事態を予想はしていた。

 

 第1王子のリチャード様も、第2王子のグレッグ様も、夫婦仲が順調とは言い難いがご結婚されている。

 余命いくばくもないと噂のアデリーナ様が、ドレイク様のご結婚を待ちわびるのは当然のこと。

 

 でも、こうして目の前に最悪の結果が提示されてしまうと、開いた口が塞がらなくなってしまう。


 「式は極秘にやる。勿論、参加者は厳選するつもりだ。派手なことはやらないし、アデリーナが満足して病院に戻ったらすぐ解散だ。頼むよ!」


 


 結局、王室の名誉と店の商売の都合上、偽装の結婚式を挙げるはめになってしまった私。

 私が式に出席するとあれば、両親やスタッフも出席して工場を休業しなければならない。


 こっちには何の落ち度もないはずなのに……。

 憂鬱な足取りで職場に戻ると、既に報告を受けたのか、両親が憔悴(しょうすい)しきった私を迎えてくれた。


 「サルシャン、ごめんね。貴女の幸せに私達が介入することになってしまって……」


 母は、まるで私がドレイク様との結婚を望んでいた様な話しぶりをする。


 「お母さん! 私まだ、結婚なんてしたくないから! この仕事を一生続けたいし、そもそも私みたいな女が王室に入って上手くやれる訳ないでしょ!?」


 ポニーテールを振り回し、眉間にしわを寄せてまくしたてる私。

 家族を前にして遠慮が要らなくなったせいか、ついつい反論に熱が入ってしまったが、そんな様子を、父は腕を組んで微笑みながら眺めていた。


 「大丈夫だ! お前は半端な男には渡さん! 例え王族であってもな! 今回の問題で王室との関係が悪化したとしても、俺が新しい得意先を見つけてきてやる!」


 こんな時の父は頼もしい。

 でも、そんな見栄を張った後は、こっそり飲む酒代が家計を圧迫することを私達は知っている。




 「今晩は、ペトロッシ洋裁店です」


 日も暮れてきた夕方、私は工場を閉め、人気も少ない王都外れの小屋に来ていた。


 

 現在は平和なダービシャー王国も、僅か1年前には漁業権を争っていた隣国との戦争が行われていて、王都を越えれば、王国はまだ終戦から復興の途中。

 この小屋から500メートル程先には立ち入り禁止区域が設けられており、そこには国境を越えて来る侵入者対策の爆弾や地雷が、まだ多く残されたまま。


 そんな場所に、私の顧客であるカート・スミス様はひとりで暮らしていた。



 「……それは見本ですね、ありがとうございます。どうぞお入り下さい」


 私個人は特に気にしていなかったけれど、日も暮れた頃にこんな薄暗い小屋に男女が2人きりというのは、ドレイク様でなくても心配するかも知れない。

 そう自嘲しながら、私はカート様の小屋に上がり込み、カーペットの見本を床にそっと置く。


 「……うん、これはいい! 足に負担がかからず、長い作業も快適に出来そうです。これでお願いします!」


 カート様の左足首は、先の戦争で地雷を踏んだことにより消失している。

 でも、彼の犠牲で第2王子のグレッグ様が命を救われた形となり、王室から義足と見舞金、そして住居が贈呈され、カート様の望む仕事の権限が与えられたのだ。


 「カート様のお仕事は、爆弾や地雷の研究をしながら危険を撤去する事だとお聞きしましたが、何故、そんな危険なお仕事をおひとりでやろうとしたのですか?」


 私がカート様の立場だったら、足首を失ったショックと戦争を憎む心で、きっと自分の殻に閉じこもってしまうだろう。

 細身で眼鏡をかけた、柔和な外見からは想像もつかない彼の強い精神力に、少しずつ惹かれている私がいる。


 「……正直、そんな仕事は誰もやる者がいないのです。人間は、破壊の道具だけは毎日進歩させているけれど、再生の道具は考えもしない。いや、考えた所で、時間とお金が足りなくて、医学や環境保護も、結局亀の歩みの様にしか進歩していないと感じます」


 自らの辛い過去と向き合っているかの様な、苦々しい表情のカート様。

 確かに、私が生まれた頃には、王国に爆弾や地雷など存在しなかった。


 「……立ち入り禁止区域に設定して、子どもや観光客をきちんと見張れば、爆弾や地雷を放置していても、遠い未来に火薬が機能しなくなるのでしょう……。でも、その間に鳥や犬、猫達が犠牲になってしまうと、ドレイク様も私の考えに賛同して下さいました」


 カート様の口から語られる、予想外の名前。

 彼の要望の全ては、てっきり命を救われたグレッグ様が聞き入れたものだと思っていたのに……。


 「……カート様、実は私、第3王子のドレイク様と婚約していたことになっていたのですが、今日、その婚約を解消されたのです。私には何の選択権もなく、婚約の空騒ぎに加えて、身内の為に偽装の結婚式を挙げなくてはならなくなり、今日は1日、怒りに満ちていたのです……」


 身内以外には極秘にするはずだった、私とドレイク様の婚約騒動。

 思わず口を滑らせてから、事態に硬直しているカート様の姿が目に入り、自分の軽率さを恥じる。


 「……そんな私は、カート様が爆弾にお詳しいことを知っていたので、今日は式場を爆破したいくらいのもやもやを抱えていました……。でも、今のお話を聞いて頭を冷やしたのです。目の前の仕事や感情に左右されず、もっとドレイク様を知ろうとしていれば、より穏便な解決法があったかも知れないと……」


 夜に王都の外れの小屋で2人きり……このシチュエーションのせいなのか、それとも、カート様から滲み出る包容力のせいなのか、今日の私は少しばかり喋り過ぎていた。


 「……そんなことがあったのですか……。貴女がドレイク様の奥様になられたら、きっと素晴らしい家庭が築けると思いますが、今のお仕事を辞めなくてはいけませんからね……。難しい所ですよね……」


 言葉を慎重に選びながら、それでも言葉に困った様子のカート様。

 

 このままでは、いずれ長い沈黙が訪れるだろう。

 恥はかき捨て、今日の私は下らない話が止まらない。

 

 「カート様、式場を爆破したいなどという私の妄想は論外として、爆弾の技術を祝いの場や喜びの場には活かせないものなのでしょうか? 破壊の道具以外の役割を毎日進歩させることが出来れば、カート様のお仕事にもやがて希望が生まれると思うのですが……」


 「…………」


 カート様は顎に手をあてながら、暫し固まってしまう。

 ああ、また余計なひとことでドツボにはまってしまった……と、私が今日何度目かの自己嫌悪に陥っていたその時、彼から思わぬ提案が寄せられた。


 「……人が紐を引っ張らなくてもいい、くす玉の様なもの……それならすぐに作れるはずです! サルシャン様、式はいつですか? 皆を驚かせましょう。爆破を喜びに変えてみせましょう!」


 ご自身では考えたこともなかった、爆弾の技術を応用したもの作り。

 カート様の表情はみるみる活気が増し、それに釣られた私も臨時のアシスタントを買って出る。


 

 「……よし、試作品完成だ!」


 即席で作り上げたくす玉は形も不揃いで、取りあえず紙くずを詰め込んでみただけの、言っては何だがゴミ箱を逆さにして導火線を垂らした様な物体。

 原理としては、微量の火薬の破裂でくす玉の接着口を開け、中身が落ちてくるというものだ。


 「火を着けますよ。念の為に入口まで離れていて下さい」


 爆弾と地雷の撤去作業にあたっているカート様が、無用な爆発を起こす訳がない。

 そう知りつつも、やはり着火の瞬間は背中に緊張が走る。


 パァン……!


 小気味の良い破裂音とともにくす玉の口が開き、中から即席の紙吹雪が床に降り注いだ。

 

 「やった!」


 その瞬間、喜びのあまりすっかり童心に帰った私達は揃って床に滑り込み、残りの紙吹雪を全身に浴びて満足の表情を浮かべる。


 本当に久しぶりの、心からの大笑い。

 

 普段は心に陰をまとっているカート様の、子どもの様に無邪気な笑顔は、私の胸をどこか心地よく締めつけていた。


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